21 東京での生活
涼介のことを騙すつもりはなかった。
いや、それは嘘だ。やっぱり涼介を騙したことになる。
サユリは自分の預金口座に4950万円もの大金が入っているのを見たとたん、自分のうちの何かが目を覚ました。
(私が一生かけても手にすることができないお金だわ)
涼介と銀行から帰る道すがら、運転しながら考えた。
二人で逃げると言っても、涼介は指名手配されるかもしれない。部屋を借りることもできず、ホテルからホテルへと宿泊していたらすぐにお金は底を尽きるはずだった。
涼介は7年間くらいあっと言う間だと言っていたが、サユリはそうは思わなかった。
(7年間も逃げ回る生活なんて、まっぴらだわ)
だが、5000万円近くの現金はすでにサユリの銀行口座に移されていた。捕まればサユリも共犯になるかもしれなかった。もう後戻りはできないのだ。
(逃げるなら一人で逃げたい)
一人なら費用は半分で済む。
涼介のことは嫌いではなかった。だが、まだ会って1週間もたたない涼介にそこまで特別な感情は抱いていなかった。赤スパは本当に嬉しかったが、それだけだった。
だから芝居をした。
帰り道に二人で乾杯するためと偽り、高価なウイスキーを自腹で買った。そして、見つからないように父に、夕方自宅に来てほしいと連絡した。
全ては思惑通りに運び、サユリは一人で東京に出てきた。
東京に着くと、サユリは涼介には隠していた別の銀行口座に資金を移動させた。これは涼介から学んだことだった。
そして、ホテル住まいをしながら、声優や歌のレッスンを受けた。
だが、東京には才能のある子が大勢いて、レッスンを受ける度に、他の受講生と比較して落ち込んだ。
友達もいない東京で一人で暮らすのはだんだん辛くなってきた。
そんな時、新宿の路上で呼び止められて、一時間3000円でお試しで遊ばないかと誘ってきたホストがタマキだった。
半信半疑でついていったが、本当に1時間で3000円で遊べた。もちろんそれは初回だけの特別サービスだったが、指名を入れても、ただ飲んで話をするだけだなら一回で1万5000円くらいだった。
寂しかったサユリは、次第にタマキの店に通うようになった。
(このままじゃいけない)
そう一念発起して、サユリはアパートを借り、声優の専門学校に通うことにした。食事も自炊して節約し、声優か歌手でデビューするという東京に来た目的を果たそうと思った。
サユリは声優を養成する専門学校の入学試験を受けて無事に合格した。入学すると入学金と授業料、施設費など合計で140万円がかかった。
140万円はキャッシュカードで引き出せる限度額を超えていたので、サユリは通帳と印鑑と免許証を持って銀行に行き、140万円を窓口で下ろすと、その足で入学手続きをした。手続きが済むと校舎内を案内してもらい、簡単なガイダンスを受けた。
全部終わると夕方だった。
サユリは夕日を見た。
(少し周り道をしたけど、やっと自分の夢の実現に向けて第一歩踏み出すのね)
まっすぐ帰ろうかと思ったが、足は歌舞伎町のタマキのいる店に向かっていた。
(学校が始まったら、ホストクラブ通いは止めよう。でも入学を祝ってくれる人は誰もいない。話し相手はタマキしかいない。今日だけは特別で、自分への入学祝として、タマキ君のところに行こう)
そう自分に言い訳をした。
サユリは『フリーフォール』のあるビルの階段を降りた。
学校に入って本格的に声優の勉強を初めたらホストクラブ通いはやめるというのは自分で決めたことだが、タマキの顔を見て、もう会えないかもしれないと思うと落ち込んだ。
そんなサユリをタマキは気遣ってくれた。
(今夜が最期なら何か思い出になることをしたいわ)
そう思っていたらシャンパンコールが始まった。
(そう、シャンパンだわ。自分の門出を祝ってシャンパンを開けるのよ)
サユリはシャンパンを頼んだ。
シャンパンコールの余韻に浸っていると何やら店内が騒がしくなった。
「お客様、困ります」
「ええい、うるさい」
その声にサユリはギクリとした。
声の主を確かめようと振り向いた。
そこに立っていたのは漁協の組合長の薮本、そう、父だった。
[現在の給付金の残金3980万円]
18話までは涼介の視点で物語は語られてきました。
例の事件に発端は似ており、ある日突然大金を手にした青年が、お金を隠すことに執心し、ホステスに入れ込むという、〈青年→金・女〉という物語としては比較的単純な構造でした。
ただ、金は生きるために必要で、性は種が続くために必要なので、人間の生の根源的テーマでもあります。
(なんか、小難しい言い方でごめんなさい)
ここからは、第二幕となり、群像劇になります。
ジェットコースター的な展開にもなります。
最期に涼介とサユリのオチもあります!!
ご期待ください。
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また、いつもアップするとすぐに読んてくださっている皆様、本当にありがとうございます!
これからもがんばります。




