19 サユリ
「待って今、開けるから」
サユリは解錠してドアを開いた。
「急に呼び出してどうした?」
「これを渡したかったの」
サユリは父が好きな高級ウイスキーを差し出した。昼間、街に行った時に買ったものだ。涼介には二人で乾杯をするためだと偽った。
「おお、シングルモルトの17年ものじゃないか」
「お店のお客さんからもらったの。でも、私はウイスキーとかの味は分からないからお父さんに飲んでもらおうと思って」
「こんな高価なものをもらって、本当にいいのか?」
「当たり前でしょ」
「ありがたい。それにしてもすぐに出てこないから心配したぞ」
「ごめんなさい。うたた寝していたの」
「疲れているんだな。あんまり無理するなよ」
「お父さんこそ」
「じゃあ、これはありがたくもらっておく」
部屋にあがろうともせず、ウイスキーの瓶を大事そうにかかえてすぐに帰って行った。
(私のところに長居すると本妻が嫌がるのね)
サユリは電話でタクシーを呼んだ。
ほどなくしてタクシーが来た。
部屋を出る前に、中を見渡した。
(もうこの部屋に戻ってくることは無いのね)
忘れ物が無いかと確認するとタクシーに乗り込んだ。
「どちらまで」
「駅まで」
駅に着くと、サユリは東京までの切符を買った。
(ついにこの町から出て行けるのね)
途中の駅で特急列車に乗り換えた。
窓の向こうは夜が駆けていた。
窓ガラスに映る自分の顔は少し寂しげだった。
[現在の給付金の残金4954万円]




