17 入金という二人で初めての共同作業
二人でこれからのことを話しているうちに窓の外が明るくなってきた。
「まずは、サユリの口座にお金を移そう」
「ええ」
「だけど、それにはここから1時間くらい離れた街までいかないといけない。サユリは車はあるかい」
「軽だけどあるわ。裏の駐車場に駐めてある」
「それなら、これから行こう。今から支度して出れば開店と同時に手続きすることができる」
涼介はサユリの運転する軽自動車で街に向かった。
「東京に行ったらまずどうするの」
「最初はホテル暮らしになると思う。落ち着いたら部屋を借りよう」
「ずっとこの町から出たかった。それがこんな風に実現するなんて思ってもみなかった」
サユリがハンドルを握りながら言った。
「どうして私がこの町を出たいか知っている?」
「いや」
「私、漁協の組合長の愛人の子なの。母もこの町のスナックでホステスをしていて、客で来た父の愛人になり私を生んだの。狭い町だから私が愛人の子だということは知れ渡っていて、学校でもいじめられてきた。友達のいなかった私はアニメを見ることだけが楽しみで、大人になったら声優や歌手としてアニメの世界で活躍することを夢見ていた……」
「この町じゃなくて、よその町で暮らす選択肢はなかったのかい」
「父はこの町に不動産をたくさんもっていたので、私達の住む家をただで貸してくれていたの。学歴も資格もなくて幼い私をかかえていた母はよその町で家賃を払って生活してゆくという選択肢はなかったわ」
「そうだったんだ……」
「だから高校を卒業したらこの町を出て一人で東京にゆこうと思っていた。でも……」
サユリの声が涙で詰まった。
「なにがあったんだい」
「17歳の時に母に食道癌が見つかったの。分かった時は手遅れだった」
「……」
「母の治療費と生活費を稼ぐために高校を中退して、年齢を偽ってホステスになった。母は半年で亡くなり、それからは今の生活よ」
「一人になったんだから、この町を出るということは考えなかったのかい」
「一人で東京に行ってどうするの? 愛人の子で、何の資格も無くて、学歴は中卒よ。それに母が亡くなった時はまだ未成年者だったのよ。まともな仕事に就くことなんてできない」
そんな話をしているうちに街に着いた。
まず涼介は自分の口座がある銀行に行き預金をすべて下ろすことにした。
最初の地方銀行では、預金の引き出しの伝票を提出して待っていると、奥の応接室に来るように言われた。
応接室に入ると支店長が出てきて、多額の現金を下ろす理由を訊かれた。
涼介はサユリのことを婚約者として紹介し、二人の新居を探していたら、掘り出し物の物件を見つけたので、手付と半金を入れるためにすぐに現金が必要だと嘘をついた。
支店長は納得したようで手続きを進めてくれた。
もうひとつの銀行は大手のメガバンクだった。運転免許証で本人確認をしただけで、すんなりと2000万円を下ろすことができた。
その後、二人でサユリの口座がある銀行に行って入金した。
窓口の女性は積み上げられた札束に目を丸くしていた。
サユリの口座には合計で4950万円を入金した。
帰り道、昨晩から食事をまともしていないことに気が付き、ロードサイドのステーキ店に入り、ステーキのセットを食べた。隣にガソリンスタンドもあったので給油も済ませた。食事代とガソリン代の合計1万円は涼介が払った。
[現在の給付金の残金4954万円]




