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砂丘  作者: 奥野鷹弘
11/11

  ――季節は巡りゆき、年をまたいだ冬の頃。

  黒色に染めあげた山地は外出先であった。


  漆黒のダッフルコートは、吹き付けられた雪を吸収しては新たな雪を身につけ水滴へと変わる。



  山地は進むべき道を『自分の道』へと苦戦してきた。そして、街中を潜り抜けていく。


  風はビルとビルの間を遊ぶように通り抜け人間に冷たさを教える。

  教えるとはいえど、それは風の冷たさを教えるのではなく、人それぞれにある感情の温度を伝える。この温度を『冷たい』と感じるか『温かい』と感じるか、本人次第だ。

  ちなみに山地はこの風を『温かい』と感じた。



  彼は顔を上げた。

  青色が少ししか見えない曇りの空の下で。

  雪が目薬をするかのようにふわふわを舞い落ちて、ためらいもなく顔に着地する。まもなく雪は人間の体温によって姿を変えた。

  マスクからわずかにはみ出る生暖かい息。白い霧となって世界へと消える。夏とは違い、目に見えた形で『生きている』を物語る。

  白と黒とグレーのコントラストのなかで時は動く。



  山地は混み上がる気持ちをふるいにかけるように、足元を見つめながら深呼吸をした。深呼吸は不思議なもので、どうでもいいことは思考から離れ、取り組んでいくべきことが胸に留まった。吐ききって残ったとされる身体の酸素とリラックスしても取りきれない肩の重さを指針にして未來を描いた。

  年を越してふた月目をを迎えたあたりの今日を起点に。

  いまなら見える気がすると思った心を起爆に。

  『自分の"生きたい"道』を見えたかのように、うっすらと微笑んだ。


 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


  ――心という仮想現実の世界で『砂丘』にいた山地圭介。

  耐え難い想いを自傷行為として、想い出の木々を切ってきて砂漠化してきた山地圭介。

  他人の涙の海に身を委ね溺れ、自分を亡くしていた山地圭介。

  どんなに風が吹いていても、その風はあくまで風であり、他人の空気を読めなかった山地圭介。

  星という名の自分を愛してくれる人たちを、ただただ眺めていた山地圭介。星ひとつ欠けたのなら、自分をより良くして生きていけない大三角形という名の人間関係。

  目指すべきゴールを変わる度、太陽の陽は落ちて新たな朝を迎える…………



  引きこもっていた気持ちが少しでも前を向き歩けるのならば、山地圭介は砂丘を抜け出せるであろう。

  雨が降り、緑を育てることが出来るのならば、砂丘は……ひとつの島として自然(らくえん)を築き上げるであろう――


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  山地は純粋に「この身を包んだダッフルコートが、雪の白さで自分を染めることが出来たら良いのに…」と愚痴った。


  昨年の猛暑に比例して、今年の冬は豪雪で世界は真っ白なこの頃。


  山地圭介はなぜそう思ったのであろうか。

  この話を少しだけして幕を綴じようとおもう。



  ――記録的猛暑日となった昨年の夏。

  彼はその猛暑日と重なって仕事への熱心さから休憩時間を置き去りにし熱中症を患わせた。本人の問題でもあるのだが、社会的な立場もあって会社は現場管理不行き届きとなった。

  水島玲子から渡された水分しかり、社長から差し出された炭酸水もまた、少しでも水分補給をしていたのなら何か違ったのかもしれない。まるで何か手放してしまっているような炭酸水はジュースではなく、立派な飲料水であることに違いない。いや例えそれを飲まなかったにせよ、それが切っ掛けで社長と深い話が出来たかもしれない。後悔は先にたたず……と言ったところだろうか。

  そんなこんなで熱中症で倒れ、病院で治療のうえで退院した山地圭介はそのまま会社を休職し、退職願ににて個人の想いが受理をされ、退職届を会社へと郵送した。昨年末の大寒波の来る冬だった。

  それは彼の気持ちを変えた。

  彼が自分の好きだったミルクティーを美味しく感じられたその時の後の出来事である。記憶が薄れるぐらい前に手を伸ばしたきり、離れていたミルクティーを口にして堪能している時だった。机には一時避難された小銭とミルクティーの入ったお気に入りのマグカップだけが置かれている。山地は何をしているかというと右手にスマホを耳元に押し付け、かすかに残る甘いミルクと砂糖の香りを口から漏らすように半開きで、席を立ってその場で佇んでいた。

  彼が美味しいと感じたミルクティーは……例えばいま他のひとに取ってみればもう二度と飲めない美味しさなのである――。


  山地圭介に不幸の知らせが入ったのである。

  また、あとを追うようにまた一人……この世界を後にした。





  山地圭介は顔をグッと上げた。

  青色が少ししか見えない曇りの空の下で。

  空が甘えるかのようにふわふわと雪を舞い散らして、ためらいもなく顔に着地させる。当たり前かのように雪は人間の体温によって、水に変わった。

  マスクからはみ出る荒い息。白い霧のように可視化しては世界へと消える。あの夏とは違い、目に見えた形で『生きている』を物語る。

  白と黒とグレーのコントラストのなかで時は動く。


  大寒波による豪雪により、この地方は社会麻痺を引き起こした。何か社会麻痺まで起きないと気付けない心理。

  麻痺まで起きたこの出来事に皮肉に心を強く揺さぶられた。

  なにかが起きなければ知ることの出来ない、当たり前にあった大切さ。普段のバスさえ乗れないことを皮切りに、退職とは別に気軽に会えないと知った同僚たちの笑顔。会うことに対して引け目を感じていたのに、胸を裂くぐらいに愛おしくて苦しい。自分から逃げた罪を何かの意図で白く出来るのなら、笑顔を無償で振り撒いて一人一人に抱き付きたい。

  早く春を迎えたい……。




  喪服は人の本音を語る。

  漆黒のコートを羽織った山地圭介もまた、本音を語る。




  「 …な、……好きだったんだよ」



  山地の表情から何十年ぶりに涙がこぼれた。

  砂丘だと思われていた島は、青々とした木々で埋め尽くされた。




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  日焼けをした未来の山地圭介が、今の青い山地圭介が作った砂の城を崩しては微笑んでいる。キミにはその城よりも大切な事があるのだと……


  社長が託した心の時計は役に立ち、無邪気な心を取り戻しつつある。逆回りにした時計、すなわち『行き過ぎた心』を取り戻す協力をしてくれた。


  もう少し心に余裕が出来たなら、思い出と想い出をつなぎ合わせて木と木でハンモックを作ろう。

  ツリーハウスを建てよう。




 ――――今回の思い出をわすれない――――。

山地圭介は身内の仏様に手を合わせ静かに合掌をした。

苦しんだとは思わぬようなたたずまいで、安らかに叔母さんは永眠った。


山地の想いで化粧直ししたのが正解だったのだろうか。

普段見ていた顔よりも優しく柔らかくも見える。

嫌われているとしか思えてなかった今回の叔父さんと叔母さん。旅立つなんて知る由もなかったから何も考えずにいた。失って気付く…自分の本当の想い。

『ありがとうございました。』

罪滅ぼしではないが、理解承知のうえで普段しない化粧をさせてあげる。声は聞こえない。

きれいな姿で叔父さんと再会をしてくれたのならば、何も悲しむことはない。突然死をした叔父さんのもとへと……。




山地圭介は帰宅後、両親を目の前にしてまた涙をした。

言葉に出来ないほどの想いを抱えて。

話に華を咲かしながら。


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