1-7:村と、母から受け取ったもの
◇◇◇
二人を連れて森の中の道を進み、街道に出た。祖母の家までの道と違って、しっかり道だった。これならそんなに危険があったように思えないが、どうして親子三人揃って逃げなかったのかをヘンゼルに訊ねてみたところ、そもそも外に知り合いはいなく、行く当ても無かったためとのこと。
食料なんかは採取と釣りで普段は過ごし、父親が木材を売りに出かけたときなんかは買い手の行商人から物を買っていたらしい。とはいえ父親一人では捌ける木材も多くはないため、貧しい生活をしていたようだ。
祖母の家の家庭菜園や狩りなどは、上手くやっていたんだなと気づかされた。身内に行商をしている叔父がいるというのも大きかったか。
街道では誰ともすれ違うことはなく、ひたすら長い距離を歩く羽目になった。途中野宿をすることになるが、二人は文句を言わずについて来てくれた。食べ物は持ち出したもので足りなかったので、途中で釣りをした。
湖のほとりで枝から糸を垂らしていると、ヘンゼルがぽつりと呟いた。
「こういうのって、旅って言うんだよね」
「旅だね。その日暮らしの放浪の旅」
釣り竿をひょいひょいと動かして魚をおびき寄せる。
「小さい頃はもう少し良い暮らしをしていたんだ。それで父さんに本を読んでもらったことがある。一人で旅をする男の子の物語なんだけど、少し憧れていたんだ」
「その想いはもうない?」
「どうだろう……。魔女に捕まる前、継母に森に捨てられたときにその……ちょっとだけワクワクしたんだ。でも……」
ヘンゼルは視線を膝元に向ける。ヘンゼルの膝を枕にして眠っているグレーテルの寝顔は安らかだ。
「結局は魔女に捕まってひどい目にあって、……前も、グレーテルに助けられた。今回は代わりに僕が頑張ろうと思ったんだけど、結局足を引っ張っただけで――」
「あー、ヘンゼル、引いてる引いてる。連れなかったら今晩はご飯抜きになるんだから、気を抜かない」
「えっ、あ、ほんとだ」
竿を急いで引っ張って糸を手繰り寄せるヘンゼルを見て、彼はグレーテルにとってどのような存在なのか、彼自身気づいていないのだろう。ヘンゼルにべったりな彼女を見ていれば、この双子は二人で一つと言ってもいいようなものだとわかる。
良し悪しは置いておいて、この二人が離れるところは想像できない。
「う、い、糸が切れそう……」
「がんばれ」
その日の夜は魚を2匹、3人で分けて食べた。
旅と言っても、外で寝ることになったのは1夜だけで、2日目の午前中には村にたどり着いた。
しかし様子がおかしい。畑は焼け、家や倉は壊れ、村人たちは一か所に集まっている。
「どうしたの?」
集まっているのは炊き出しをしているところだった。皆表情が暗い。
「おや、お嬢ちゃんはルナールさんところのルゥちゃんじゃないかい? それに、その二人は……?」
「ヘンゼルです」「グ、グレーテル……です……」
「二人とは森で出会ったの。家族がいなくなってしまったから、村に来たんだけど……」
よく見ると、集団は老人しかいない。
「他の皆は?」
「……」
老婆は深刻な顔をして黙り込んでしまう。この老婆からは昔、縫物を教わったことがある。性に合わなくてサボっていたが……。彼女には確か家族がいたはずだ。
別の老人が代わりにと口を開く。
「皆、疎開したのじゃよ」
「疎開?」
「数日前、この村に王国の兵隊が来て、じきにこの村も戦場になるから村を捨てろと言われての、それで皆村から出て行った」
「そ、村長……」
周りの老人はその老人(そういえば村長だった。普段顔を合せなかったから覚えていなかった)に困惑した表情を向ける。
「?」
「気にするな。ルゥとそこの二人は、ワシの伝手で王国の近くの村に行きなさい」
あぁ、これは嘘をついているから周りの老人の反応が変なんだ。
困惑している者、安堵したようにそうするのがいいと言う者、何か言いたげにしている者、端の方にいた老夫妻は涙しながらこの場を静かに去っていった。
それに、母はどうなったのか。何の知らせも寄こさずに一人だけどこかへ行ってしまうということは考えられない。
「母さんは? 流石に私を置いて一人でどこかに行くとは思えないんだけれど」
「ローゼさんは……」
言いよどむ。
「母、ローゼはどうしたんですか?」
村長の額に汗が浮く。
「村長、ローゼさんには世話になった。言伝も受けているだろう? どうして教えないんだ」
老人たちの中では若い方の男が村長に詰め寄った。確かこの男は倉庫の管理をしていた人だ。
「世話になったからこそ……その娘に重い運命を継がせたくないと思うのだよ」
重い運命?
村長は沈痛な面持ちだ。
「……それは、そうだが……。せめて預かったものくらいは渡した方がいい」
村長は少し嫌そうな顔をしたが、渋々といった感じでポケットから取り出した物を私に差し出す。
「鍵? どこの?」
「ワシもそれが何の鍵かは知らんが、ローゼさんからお前さんに渡してくれと預かったものだ。……何であろうと、お前さんは気にせず、安全なところに行って幸せに暮らせばいいからな」
それは、そうなのだろうが……。
鍵を見つめる。
この形は、どこかで見たことがある気がする。何だったか……。
「ありがと。とりあえず家に行ってそれっぽいのを探してみる」
「家に?」
「なにか?」
「……い、いや。ワシもついていこう。ヤーナさんはヘンゼルとグレーテルに飯を食わせてやってくれ。もうそろそろ迎えが来るはずじゃから、来たら彼らを優先で乗せてやっておくれ
ローゼさんのことについては歩きながら話そう」
話に置いて行かれていたヘンゼルとグレーテルは老人たちに囲われて炊き出しを貰うことになった。私も少しおなかが減っていたが、鍵も気になるので家に行くことにした。家には母が残した何かの他に、何かしら食べるものがあるだろうからそれを食べよう。
集団から少し離れたところで村長がこちらを見て言った。
「ルゥ、辛いかもしれんが、家は燃え落ちておる」
「……え」
と言葉では驚くが、その可能性が頭になかったわけではない。村の惨状を見れば、あまりいい想像はできない。畑は焼けた跡に黒い煤が残る。いくつかの家を残して、多くの建物が焦げた骨組みを残して潰れている。
「兵隊が言うには、敵国の糧になるから全て焼けということだった。……ローゼさんはワシらが残れるように交渉の先陣に立ってくれたんじゃ。それでワシらは生きてこの村を出れることになった」
「そう……。それで母さんはその後どこに?」
「兵隊に知り合いがいたようでな、去っていった兵隊と共に行ってしまった」
兵隊と。母にそんな知り合いがいるというのは聞いたことがない。単に話さなかっただけということもあるだろうが……。村長を見る。確かに隠し事をしているが、先ほどの言葉が嘘であるような様子は見せていない。村長が嘘の上手い人だったらこの分析も的外れではあるのだが。
家にたどり着く。
「ワシは表で待っているから、何かあったら呼ぶんじゃよ」
「うん」
家というか、家のあった場所。村長の言う通り、真っ黒になって潰れた材木しか残っていない。ここから何かを探せるならいいのだが……。
鍵、鍵……。
「あ、」
そういえば昔、母が一度見せてくれたことがあった。宝箱だと言って、地下室に鍵の掛かった箱を置いていたことを。その鍵ではないだろうか?
焼けた床面から地下室の入口を探す。扉は煤で真っ黒になっていたが、まだ地下への階段を封じる役目をはたしていた。
手で持ち上げるには瓦礫が邪魔だったので、シャベルでどかしていく。このシャベルをまともに使ったのは初めてかもしれない。森の中では獣を倒すのにばかり使っていた。
扉を持ち上げて階段への道を開き、そこから下っていく。地下室までは火は周っていないようで、埃っぽいが無事だ。宝箱を探すついでに、棚にあった瓶詰のジャムを取る。蓋が硬かったのですぐに食べるのは諦める。ちぇ。
宝箱はどこにあったかなと探していると、床に何かを掘り返した跡があったことに気が付いた。
「宝箱なんて小さい頃に見た切りだと思ったら……埋めてあったのか」
穴には鍵のついた箱が入っていた。重そうなのでその場で開ける。鍵穴にしっかりとはまり、すんなりと回転する。かちゃりと錠が解放される音がした。蓋を持ち上げると、中身には赤いローブと、籠手と、そして不思議なナイフがあった。
ナイフは何かの装置のようにも見える。握るには形が悪い。箱型で、大人の手でも少し幅広すぎるだろう。何かを通す穴もあるし、手で持って使う普通のナイフとは違う気がする。
一緒に入っていたものを見る。籠手は革製で、腕の内側に紐か何かを通す穴が空いている。ちょうどナイフについていた穴と同じ位置だ。箱の隅を探ると、留め具用のネジが出てきた。六個の留め具で試しに籠手とナイフを組み合わせてみる。籠手からナイフが飛び出ている形になった。
ひどく不格好な武器だ。少なくとも日常で用いる道具ではない。だが、武器にしては不便な形をしているし、何より手の内側に刃物があるなんて手を怪我しそうで危ない。
だが、この形が正しいという直感があった。
籠手の紐の結び目とか形状とかから、より自然な感じになりそうな左腕に装着する。すると、ナイフの刃がちょうど手首から突き出るような形になった。
手先を伸ばしているとちょうど手のひらに刃が隠れる。
「……これは」
手のひらを反らせば、刃は突き出て、刺突用の武器になる。
「これは……殺すための道具だ」
母がなぜこれを残し、箱に入れて私が手に取るように仕向けたのかは分からない。
刃は暗くも清らかにきらめく。
母は、これを使ったことがあるのだろうか……?
◇◇◇
森編終了です。
ブレードのついた籠手。母が残したアイテムを手に、ルゥは何を思うのか……。
次は2章です。