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赤ずきんちゃんクリード  作者: 絵畑なとに
1章:森
7/15

1-6:菓子の家の魔女

◇◇◇


 扉を開ける。

 昨晩の襲撃で部屋は荒れに荒れていた。棚が倒れ、食器や窓ガラスの破片が散乱している。

 ヘンゼルとグレーテルの方を見る。二人の表情は暗い。青ざめていると言ってもいい。視線の先を追うと、窓辺まで続く赤い血痕と床に刺さった斧があった。斧は窓から差し込む朝日に鈍く輝いている。

 あの時、シャベルを握って彼と共に闘っていたら何とかなっただろうか……? それは分からない。もしかしたら追い返せたかもしれないが、そうはしなかった。それを負い目に思っているのだろうか。自分の気持ちが分からない。だからか、二人に父親のことは諦めて逃げるしかないと、そう伝えることはできなかった。

「どうせ……」

 グレーテルが血痕を追って窓辺に立つ。

「どうせ逃げられないわ……そ、それなら」

 その泣き顔を見て息が詰まった。

「どうせ死ぬのなら、お父さんの元で死ぬわ」

 私には彼女を止めることができない。そう思った。

「ごめんよ、ルゥ。君は気にせずに行って」

 ヘンゼルとグレーテルは兄妹だ。知り合って1日も経っていない私では想像できない絆というものがあるのだと思う。

 獣たちの狙いは彼女ら双子らしいし、気概の無い者を連れて行動するのはリスクが高い。二人と心中を共にする理由もない。

 グレーテルは家を出て森の奥へと歩いていく。ヘンゼルは彼女の横で斧を片手に、もう片手で手を握って木々の影へと消えていった。

「……」

 見送っている間、痛くなるほどにシャベルを握りこんでいた。


◆◆◆


 グレーテルの手を握っている間は強くなれる気がする。隣で歩く彼女の顔を見る。彼女は悲しそうな表情をしながらも、瞳の奥では何か目指すものがあるようだった。

「父さんのところに行って、どうするつもりだい?」

 正直なところ父さんは見つからない気がしている。血痕を追って進むよりも、反対側に逃げた方が幾分かマシだと思う。

「ヘンゼルが小屋にいたとき、私は魔女の手伝いをさせられていたの」

 ――僕らは継母に森の奥で捨てられ、彷徨っていたときにお菓子の家にたどり着いた。甘い香りに連れられてその家に入ると、そこは魔女の住処だった。僕は小屋に閉じ込められ、グレーテルは僕を人質に取られ魔女の手伝いをしていた。

「魔女がヘンゼルを食べるって窯に火を入れていたとき、私は魔女を蹴とばして窯に押し込んだの」

「……そ、そうだったのか」

 魔女を殺したとは聞いていたが、思っていたよりも思い切ったことをしていた。

「たぶん、殺せてなかったんだと思う」

「でも火のついた窯に閉じ込めたんだろう?」

「うん。窯のフタを閉じて重たい樽を置いたから出てこれないと思う。ふいごも吹いていっぱい燃やしたから、普通なら生きてなんかいないはずなの」

「そ、それはそうだね」

 少しグレーテルのことが怖くなる。

 ……いや、彼女はそうまでして僕を助けてくれようとしたのだ。今度は僕が彼女を助けないといけない。父さんの斧を握りしめれば、その重さが力になってくれる気がする。

「でも魔女だから、もしかしたらまだ生きていたのかも。……お父さんがただ死ぬんじゃなくて、連れていかれたのはきっと、食べて力を取り戻そうとしてるからだと思うの」

「食べて……?」

「魔女はね、人間を食べて力をつけるんだって。あの魔女はそう言ってた」

「ってことは……父さんはもう食べられているのかな……」

「……」

 グレーテルの顔がいっそう影を増した。

「……それならもう魔女は生き返っていたりしないかな」

 父さんを食べて力をつけたというのなら、僕らは魔女が開けた大口に飛び込んでいくようなものだろう。

 グレーテルは首を横に振る。

「捕まってた時、なんでヘンゼルを早く食べてしまわないのか聞いたことがあるの。そしたら、人を食べるためには料理をする必要があるって言ってた」

「もしかしたら父さんはまだ食べられていないってこと?」

 それなら少し希望が持てる。


 それから血の跡を追い続けて進むと、魔女の家にたどり着いた。前に見たときと同じ……ではないような気がする。魔女に捕らわれる前は甘い匂いを放つ、華やかなお菓子の家だった。それはそれで異様だったが、今はというと、ところどころ黒ずんだ建材からは菓子が腐ったかのような匂いがする。だが不思議なことに虫が集っているような様子もない。むしろ、地を這う生き物たちは周辺から姿を消しているようだ。

 左手に握ったグレーテルの右手を見る。彼女も怖がっていると思ったのだが、顔を見て、怖がっているのは自分だけなのだと気づいた。だが、この状況で恐怖しないことは正常だろうか?

「行こう? 魔女をちゃんと殺せば、きっと終わるから」

「う、うん……」

「窯の中から魔女を出して、今度は頭を切り落とすの。そうすればきっと殺せる」

 そりゃぁ、頭を切られて死なない人間はいない。だが、その自信は何なのだろう……。グレーテルを突き動かすのは何なのだろう。ここまで来て彼女が分からなくなったが、だからと言って連れ戻すことはできない。僕を見なくなったわけじゃない。行こうと言った時も、目を見てそう言った。

 グレーテルの考えていることは分からないが、それでも僕が信じてくれると信じているのだということはわかる。それならば、僕はグレーテルを信じよう。

「……そうだね。行こう」

 魔女の住処に向かって一歩足を踏み入れると、家の影から黒色の狼が姿を現した。いないわけがないとは分かっていたが、いざ目の前にすると足がすくむ。ただ、それは僕よりも覚悟を決めていたようだったグレーテルも同じようで、握った手がこわばっているのを感じた。

 斧を胸の前に持ってくる。父さんが扉の前で僕らを守ったように、僕もグレーテルを守らないといけない。

 グレーテルと顔を見合わせる。互いに頷いて、握った手を放す。二人で家に向かって走る。飛び掛かってくる狼に斧を振り下ろし、

「あっ」

 地面を叩いてしまった。

 狼に避けられてしまったのだと、目の前で牙を剥いて開く大穴を見て理解する。

「ヘンゼル!」

 グレーテルの悲鳴が聞こえた。反射的に瞼を強く閉じてしまう。

 しかし怖がっていた痛みは現れず、代わりに狼の断末魔らしき音がした。目を開けると、そこには赤い頭巾をかぶった、一人の女の子がいた。

「ルゥ!? どうして君がここに」

 知り合って間もない女の子のルゥは、ついさっき分かれたばかりだったはずだ。彼女には関係がないのに……。

「いいから早く斧を拾って。獣は私が足止めするから。その隙に魔女の家に」

 ルゥの言葉は冷静だ。彼女は出会う前に獣から逃げてきたと言っていた。もしかしたら常に追い回されているのかもしれない……。それはそれでかわいそうだが、シャベルで黒い狼を両断する姿はたくましい。

「う、うん」

 斧を拾って家に向かって走る。その間にも狼が飛び掛かってくるが、それらをルゥが撃退していく。彼女の年齢は僕たちと同じくらいのはずだけれど、その動きは物語に出てくる英雄のようで、挙動を追うことすらできない。

 扉にたどり着いてドアノブを引っ張る。しかしどうやら鍵がかかっているのか、開かない。押しても引いても動かない!

「だ、ダメだ……」

 背後では襲い来る狼とルゥが闘っている。何とかしなければいけないけれど、扉は動かない。

「ヘンゼル、どいて……!」

 グレーテルは僕の前に割り込み、持っていた斧を取り上げると、高く振り上げた。唖然としていると、

「えぇーい!」

 振り下ろして扉を叩き割った。振り下ろされた斧は扉の向こう側で扉を押さえていたかんぬきを叩き割っていたようで、グレーテルが続けざまに扉を蹴とばすと勢いよく開いた。

 それと同時に中から異臭が噴き出してきた。魔女の家から香っていた腐った菓子の匂いを煮詰めたような、重苦しいほどの甘い匂い。思わず鼻を噤み、グレーテルが突然発揮した膂力に呆然としていた僕を本来の目的に引き戻す。だがグレーテルは気にも留めない様子で部屋の奥へと進んでいく。双子でいつも一緒にいるが、魔女の家から脱出してから彼女は大きく変わった。

 とにかく部屋の中に入る。

 ルゥも中に入り、開いた扉を形だけ閉じて外にいた狼たちをしめだす。

「押さえておくから、行って!」

 扉に狼が体当たりをしているようで、ルゥはシャベルをつっかえ棒にしつつ、扉を押さえてくれていた。

 頷いて、先を進むグレーテルについていく。

「ま、まってグレーテル」

 突き進んでいくグレーテルは、足を止めて一点を見つめていた。

「これが窯……?」

 蓋が閉じられ、その隙間から黒い泥が溢れ出ている。黒い狼と同じ黒い泥だ。

 これを開けないといけない……。グレーテルはお構いなしに窯のかんぬきを外した。

「うっ」

 蓋が外れ、溜まっていた泥が外に向かって吐き出された。

 その中から黒い人の形をした……これが魔女の死体なのだろう。そう理解するまで少し時間がかかった。

「ェゲ……ゲ……グレぇ・てルもどっテ……キたのね」

「し、死んでないの……?」

 真っ黒な遺体のはずの口が開き、そこから声だけが聞こえる。

「オイしそぉ……おぉナへんぜェーる……」

 背筋がぞわぞわする。目の前にいる喋る遺体は、確かに僕を捕まえて小屋に押し込んだ魔女だ。

「こぉ、ちにぃ……キテオ

 最後までいう前に、斧が魔女の頭を叩き割った。

「グ、グレーテル……」

 血の代わりに飛び散った黒い泥がグレーテルの頬についていた。

 彼女は今までに見たことのない顔をしていた。それはたぶん、怒りだと思う。僕も父を死なせただろう魔女に対して怒りはある。小屋に閉じ込められたことも憎いと思う。それでも、グレーテルほど怒ることはできないでいた。


◆◆◆


 奥の部屋で不気味な囁き声がしていて、何かを叩きつける音がして静かになった。押さえていた扉も攻撃が止んだようで背中にたたきつけられる衝撃も消えた。

 どうやら終わったらしい。家の中にあった真っ黒な泥も消えていくし、匂いも清涼に戻っていく。

 斧で空いた扉の隙間から外を確認する。獣の姿はない。

「終わったかな……」

 二人の元へ行くと、床に突き立てた斧を見つめているところだった。父親の仇ということになるのだろうから、感傷に浸っているのかもしれない。それとも単純に脅威を取り除けたことに対する安堵か、または魔女とはいえ命を奪ったことについて考えているのか。彼らの気持ちは分からない。

「獣たちは消えたよ。魔女は……終わった?」

「あ、あぁルゥ。ありがとう。……終わった、と思う」


 あとは二人で大丈夫だろうということで、家の外で待つことにした。二人は家で父親の痕跡がないか探している。

 空を見上げると、木々の間から見える青は澄んでいる。鳥が飛んでいるのを見つけて、ようやく平穏が訪れたような気がした。

 祖母を襲ったあの巨大な獣は、魔女が息絶えたことによって一緒に消えたのだろうか。だとすれば、もう一度祖母を探すために森を調べてもいいかもしれない。

 しかし、それよりも先に双子と一緒に村へ向かおうと思う。二人だけで森の中で生きていくのは難しいだろう。村に置いてもらえれば二人も安心なはずだ。

 開いたままの出入り口から二人が出てきた。二人はそれぞれ斧を持っていた。

「え、何それ」

 斧は斧でも、輝く金の斧と、銀の斧だ。見た通り貴金属といった感じで、売れば相当値が付くはずだ。それを二人は重そうに魔女の家から持ち出していた。

 まぁ、所有者だった魔女は死んでいるし、敵だったわけだから文句はない。それに先立つものも必要だろう。

「ルゥ、君は僕らが死んだ魔女から財宝を奪ったと思っているんだと考えているんだろうけど、そうじゃないんだ」

「こ、これはね、お父さんの物だったの」

 グレーテルが元のおどおどした調子で説明するには、貧乏になった時、継母が勝手に売り払った家宝の2本の斧だということだ。それが何故魔女の家にあったかは不明だが、とにかく魔女の家から見つかった。父親の痕跡は見つけることができなかったが、父親の記憶の欠片でもある斧を見つけたため、それを持って帰ることにしたという。

「まぁいいけど……それどこまで持って行くの? 村まで持って行くのはおすすめしないかな」

 村の皆は悪人ではないが、決して全員が全員善人であるとは言い切れない。目立つ財貨は持って行かないのが吉だ。それに、重そうだから森を進むのには邪魔だ。大人ならともかく、体格の小さな私たち3人では大きすぎる荷物だ。

 とりあえず森の中の双子の家まで持って行くことになった。


 森の中を進んでいく。

 重たい斧を引きずりながら二人はゆっくりと進み、私は先頭に立って道筋を示す。ついでに多少は歩きやすい道を見つけて教えておく。

「あっ」

 途中で二人して木の根に引っかかって転んだ。そのはずみで斧がすっ飛んでいき……泉に落ちた。まぁまぁな勢いで飛んでいったため、少し深そうなところまで行ってしまったから回収は困難だろう。

 とため息をついたところで、泉から女性っぽいのが出てきた。

「あなたたちが落としたのは、この金の斧かしら? それともこの銀の斧……あら」

 呆然としていると、泉から出てきた背の高い女性はヘンゼルとグレーテルににじり寄る。

「「?」」

「……おちびさん、あなたたちのお父さんはどうしてる?」

「えっと、父さんは……」

「……」

 魔女に殺された。とは答えにくい。この女性が何者かは分からないが、ここで素直に答えられるような心持ちでもないだろう。

 しかしグレーテルは少し悩んだ後にきっぱりと言い放つ。

「父さんはもう、いないわ」

 すると女性は悲しそうに目を伏せた。

「……。この斧、二人には重いでしょう? 少し魔法をかけてあげるわね」

 そういうと、一振り。瞬きの間に2つの斧は腕輪に変わっていた。

「このバングルはそれぞれ金の斧と銀の斧よ。腕に着けて、大切にしてね。いつまでもお父さんのことを忘れないように」

 ヘンゼルに金の、グレーテルに銀のバングルが渡される。二人は不思議そうにそれを受け取る。斧が変化してできた腕輪だ。どういう理屈かは分からないが、とにかく特別なものであるとは思う。

「それであなたは……お友達?」

 その女性は次に私に声をかけてきた。

「え、えぇまぁ」

 友達……というのかは分からないが。

「これからもみんな仲良くね。それじゃぁ元気でね~」

 女性は手を振りながら泉へと消えていった。

「……な、なんだったんだ?」

 とりあえず重たい荷物が消え、代わりに腕輪になった。全く持って謎だが、歩みは早くなるだろうからプラスに考えられなくもないか?

 荷物が軽くなって進む速度が上がって、昼下がりには双子の家までたどり着くことができた。

 そこで食事をとり(二人はなんと料理ができなかった。私も料理はしない方だが、まさか鳥の捌き方も知らないとは……)、朝まで眠ることになった。二人は疲労がたまっていたのか、すぐに眠りについた。私はというと、まだ心の隅に引っかかるものがあり、なかなか寝付けなかった。

 あまりに眠れないので、屋根に上って月を見ていた。

(二人が倒した魔女と、祖母の言っていた魔女は同じものだろうか。これで終わったとすれば、祖母はどうなっただろうか。村に二人を連れて行ったあと、もう一度森に入って探してみよう。)

 そんなことを考えていたら屋根の上で眠ってしまった。


◇◇◇

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