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赤ずきんちゃんクリード  作者: 絵畑なとに
1章:森
4/15

1-3:狼

◇◇◇


 まぶたに光が差す。眠っていたんだなと自覚してから目を薄く開けると、太陽が高い位置から覗き込んでいた。洞窟の入り口近くでそのまま気絶してしまっていたらしい。

「起きたかい。ずいぶんとやんちゃするようになったね、ルゥ」

「お、おばあちゃん……」

 身体を起こすと、祖母はサンドイッチを差し出していた。受け取って一口食べる。

「今はお昼かぁ……」

 それならば祖母に追いつかれてしまっても仕方が無い。少しだけ休むつもりだったのに、ぐっすり眠ってしまっていた。

「まだまだ子供だねぇ。赤ずきんちゃん?」

 反抗の印に頬を膨らませて返事をする。

「夜の森は獣の支配下だよ。獣除けの方法も知らないで走り回るとは、よく思い切った真似をしたね」

「知ってる獣と違った」

「……ここらの森は魔女が住んでいてね。魔力にあてられた獣たちは凶暴になるんだよ」

「魔女……」

 祖母を見る。

「いや。違うよ」

 祖母が魔女ではないなら、魔女は相当に化け物なのだろう……。

「さぁ、帰るよ」

 追いつかれてしまったのだから仕方ない。従って祖母について行くことにする。

 立ち上がると祖母は厳しい顔をしていた。

 木々の向こうに嫌な気配が漂ってきたのに気づき、私も祖母と同じように顔をしかめる。

「夜に出会った獣はあんな姿だったのかい?」

「確かに四足だったし、牙もあったよ。でも……」

 毛皮の代わりに黒い泥をまとい、爪跡の代わりに黒い泥濘を地面に残す。鋭い眼光の代わりに夜の闇のように暗く深い穴が一つ、顔に空いている。それに、体躯はあんなに大きくはない。

 童話の女の子が訊ねたように、私も誰となく訊ねてみる。

「どうしてそんなに大きな口をしているの?」

 祖母が代わりに応える。

「それはお前を食べるためさ、赤ずきんちゃん」

 物語ではおばあさんと女の子は狼の腹の中におさまってしまうのだが、現実では腹を空かせた狼のような獣と、おばあさんと女の子が対峙することとなった。

 祖母は猟銃を獣に向けると、すかさず弾を放つ。フォアエンドを素早く前後させ、銃口の煙が晴れないうちにもう一発撃ち込んだ。

 祖母の表情が晴れない理由は、獣は一瞬ひるんだだけで倒れていないことであった。

「ルゥ、先に家に戻っていなさい!」

 自分の身は自分で守れる。……と言いたいところだが、こちらはろくな武器を持っていないし、散弾を顔面に受けて怪我すらしない怪物に通用する攻撃が思いつかない。

 ただ、祖母にも対抗手段があるとは思えない。

 つばを飲み込む。

「おばあちゃん、私も――」

「ルゥ!」

 叱咤は命に従わなかったことについてか、それとも敵から目を離したことについてか。その真実についてはどうでもよく、獣の足元から伸びる黒い蔓のようなものが、頭部を狙っていた。気づいた時には、まるで蔓自体が生きているかのように、風切り音と共に私を打ち据える。

 防御した腕が軋む。存外に重く、受けきれずに弾き飛ばされた。

 頭に食らっていたら流石にマズい威力だ。

 地面を蹴って一歩さらに下がると、振り下ろされた蔓が鼻先をかすめる。

 祖母が銃で追撃を入れると、蔓は引っ込んでいった。

「行きなさい!」

 ――私も役に立てる

 祖母の必死な表情を見たら言葉が出なかった。

 踵を返して走りだした。


 ひたすら走っていたら、いつの間にか祖母の家にたどり着いていた。

 ――おばあちゃんが闘っている間に、私が様子を見て弱点を探る。そうすれば突破口が見えるかもしれない。

 ――でも祖母はその手を考えていないなんてありえないのでは? なのにそれを提案しなかったのは、私が様子を見るなんてできるような相手ではないということか。それとも、十分な時間闘っていられるような相手ではないということか?

 ――祖母が負けたら私が狙われる。すぐに逃げ出すという判断は間違っていなかったかもしれない。

 ――でも、ただ祖母が私があまりに弱いと思っていたのなら、私は祖母を見捨てたことになるのでは? 反論して、説明して、ちゃんと私のできることを伝えられていたら、もしかしたらそれが最良だったかもしれない。


 来た道を見る。

 日はまだ出ているのに、暗い森しか瞳には映らない。足跡は消せない。

 家の中に入る。

 祖母は急いで家を出たようだ。鍵はかかっていなかったし、ところどころ散らかっている。弾薬箱が無造作に開けられているのを覗き込んで、不安が増す。祖母はひと掴みしか弾薬を持ち出していない。

 弾薬箱ごと持って玄関に走り、ドアノブを掴み、

 ――もう遅い。ここに戻るまでに時間がかかりすぎている。

 ――弾薬が増えたら祖母は助かるか? 散弾では獣の注意を引くくらいしかできなかったのに?

 ――それに、弾があって何とかなるなら、祖母は弾を持ってきてくれとそう言う。

 ――行くべきか? でも行って逆に足手まといになったら……。

 もしかしたら祖母も一通り気を引いた後に逃げているかもしれない。そんなところに戻ったら、私だけが一人で襲われてしまう。銃もないのに弾薬だけ持って。

 しかし、あの怪物から一人で逃げられるのだろうか。私は祖母が囮になってくれたから逃げてこれたが、祖母はどうだろう。

 狼から逃げ切るのは難しい。ましてやそれが異形なれば。

 だが祖母はすごい人間だ。この森の中で一人で生きているし、おばあさんなのに私よりずっと動ける。腕っぷしも強いし、銃の腕も猟師を生業にしている者よりも上だろう。そんな人ならば、怪物からだって逃げおおせるかもしれない。

「だめだ、正解が分からない」

 玄関の前で進みだそうとすると、祖母が無事でいて、言いつけを守らなかった私だけがあの黒泥の獣と対峙する姿が目に浮かぶ。

 玄関を背にすると、祖母がいまだ闘っていて、弾が無いことに苦心し、それが原因で獣の攻撃を受けてしまう姿を想像してしまう。

 私は弾薬箱から手を離せず、玄関の扉も開けられず、ただ立ち尽くす。


◇◇◇

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