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赤ずきんちゃんクリード  作者: 絵畑なとに
1章:森
3/15

1-2:夜の森

◇◇◇


 祖母の家に来てから3日が経った。夕飯のときに祖母に訊ねる。

「母さんが私をここに送った理由って何?」

 何度か聞いたが、その度にはぐらかされてしまっている。

「それは、お母さんの仕事が忙しくなってきたからで……」

「それは聞いたよ。仕事って何?」

「ルゥにはまだ難しくてわからないよ」

「……」

 確かに私はまだ子供だ。年齢的にもそうだし、知らないことも多い。しかし、長い説明を寝ずに聞けないとか、途中で理解を放り投げて駄々をこねるような子供ではない。話してくれれば理解に務めるつもりだ。

 だが、祖母もまた私の性格を全く知らないわけでもないはずだ。1年ごととはいえ何度も話している。そもそも、私が同年代よりも考えるようになったのはこの祖母の影響なのだ。

 ……毎年森の中に放り込まれて訓練されれば、いろいろ考えることも多くなるというものだ。

 その祖母が口を開こうとしない。

「ごちそうさま。お皿、洗い場に置いておくね」


 口を噤んでいるのは隠さざるを得ない何かがあるからだ。寝る前に祖母に一つ訊ねる。

「ところで明日、村に帰っていい?」

「駄目だよ」

「そっか。おやすみなさい」

 返事は素っ気なかった。こういう風に軽く返されるときは、大抵こちらの行動は実力行使で止められてしまう。

 森の中でのハイキングが嫌で止めたいと言った時も、軽く「駄目だよ」と言われ、抱えられてハイキングコースのど真ん中に連れていかれたのを覚えている。

 今回も似たように、泣いても喚いても何も変わらないだろうし、目のあるうちは一人で村に帰ろうとしても連れ戻されるだろう。

 替えの服に着替えて、床に就く。

「……やるなら目の無い時じゃないといけない」

 祖母はそろそろ、子供の成長の早さというやつに驚いてもいい頃だと思う。


 夜が更けたころ、家の灯りは全て落ち、月明かりだけが手元を照らす。

 祖母の元では、夜の森歩きの訓練は行わなかった。夜は危険だから、子供の私にはまだ早いとか。

 去年の訓練でハイキングを最速で完了させられた経験は、我ながらかなりの自信が付いたと思う。だから、村に帰った後も一人で森へ入ったりしていた。夜中の森の中も毎日のように通った。その成果もあって、闇の中でも木の根に足を取られることも、方角を見失わずに進むことも覚えた。

 これだけの成長を、祖母は知らない。

 そこにチャンスがある。

 窓のセキュリティは昼間に細工を施してある。開けても祖母には感づかれまい。庭を抜けて柵を越える。鳴子を作動させない方法は心得ている。

 あとは森の中を行くことになる。ただ、最短ルートは通れない。祖母は勘がいいし、足が速い。遅くとも明け方には私がいないことに気づいて、探しに出るだろう。足跡の残りやすい正規のルートは駄目だ。それに少し外れたくらいでも駄目だ。遠回りしつつ、街道に出る。出る位置も悟られにくいように場所をずらす必要があるだろう。

 そうなると、1日でたどり着けるかはわからないので、食料として菓子を鞄に詰めてある。量は心もとないが、弁当を用意したり農作物をこっそり取っていったりしたら意図を悟られる。子供がこっそり夜に食べる用に隠し集めている菓子、という体で集めていたので、これは多分安全だ。

 夜の森の中を走る。ひとつめの崖を飛び降りる。3次元で動けば、探す側は目を光らせなければならない範囲が広がる。そこで時間が多少は稼げるはずだ。森の中を移動すると、動いたものの痕跡は結構残る。そういう場合、別の何かの痕跡をたどるようにすることで、欺瞞を狙う。

 工夫をしながら進んでいく。時々、磁石を糸で吊って方角を確かめる。夜闇は距離を失わせるが、それでも大体の位置を掴めている自身はある。

「ふふっ」

 やはり夜の森での自主訓練は正解だった。昼間しか訓練していなければ、どれだけ進んだのか、どっちに向いているのか分からずに迷っていただろう。それに――

 草木をかき分けて何かが移動する音がした。

 祖母か? いや、祖母ならばこんな分かりやすい音は立てない。……という心理を利用した罠か? それとも単に動物か。

 闇の奥を確認したい気持ちも湧くが、こういう時は停止ではなく行動だ。周りの環境を確認する。ここら辺は木々が密集している。ロープを使って木に登る。枝を伝って別の木の枝に飛び移る。枝がしなる前に根本へ、また別の木へと、上を移動していく。それでしばらく進み、密度が低くなったところで地面に降りる。

 闇からまた物音がして、その先に鋭い眼光が浮かんでいた。

「獣……狼?」

 あまり良くない。童話の女の子のように狼に食われるのは御免だ。闇の中で彼らから逃げるのは不利だ。できれば対峙するのも避けたい。こちらにある武器はナイフ1本だ。……せめて弓くらいは持ってきた方がよかったと反省する。

 仕方ないので、ランタンに火を灯す。もし祖母が既に捜索を始めていたら、位置を報せるようなものなので明かりはできるだけ使いたくなかったが、ここで負傷する方がもっと良くない。

 ……実は、祖母に連れ戻されてもいいかもしれないとも思っている。ただし、できるだけ翻弄してから捕まる必要がある。こちらを抑えておくことが難しいと判ってもらえれば、あの過ぎた子ども扱いも多少変わるだろう。

 ランタンから松明に火を移す。家で用意すると悟られる恐れがあったので、即席松明だ。使えば煤が落ちる。この痕跡については見落としてくれることを願うしかないだろう。

 火を灯したことで、獣の気配が遠ざかった。

 ほっとしたのも束の間、闇の中光る獣の瞳の数が増えた。

「うそでしょ」

 唸り声の数も多い。

 これはダメだ。良くない。向こうが最初からこちらを狩るつもりでいると察しがついた。

 木の上で夜を過ごすか? まだ目的の距離を移動できていない。

「一か八か、逃げながら進む!」

 ランタンは仕舞う。火の灯る松明を片手に、闇を切るように走りだす。獣たちも一斉に飛び出した。一陣は木の幹を盾にして回避する。

 進む先の茂みに気配を感じたので小石を拾って投げる。獣の悲鳴が上がる。ひるんだ隙に突破する。坂を下るついでに香草を見つけたのでもぐ。松明の穂に巻いて香草ごと燃やす。煙を体に浴びながら走り、立ちはだかった獣の頭上を、枝を掴んで飛び越える。

 松明の燃料が尽きそうなので補充したいが、近くには落ちていなさそうだ。足の速い狼が追いついてきた。明かりの追加は難しいと判断して、飛び掛かってきた狼にくれてやる。火のついたままの松明を食えば暫くは動けないだろう。追いすがってきた別の狼が反応する前に一旦陰に退避、気づかれる前にまた走る。


 1時間は走り続けたと思う。流石に息が上がっている。狼はすぐ近くにはいない。何体かに対してこちらも攻撃したのが効いたのだと思う。ただ、向こうは匂いをたどれるから、休んだらまた追跡を開始するだろう。……殺していないはずなので、諦めてくれると助かるのだけれども。あの群れの復讐心がどれほどかにもよる。

 動悸と荒い息を抑えるために深く息を吸いながら、ゆっくり歩く。方角は少し逸れたが、距離自体は稼げたはずだ。なにせ必死に走ってきたのだから。できれば狙った方角に進めているといいけれど。

「狼って本当にしつこい……次に追ってきたらステーキにしてやる」

 とりあえず歩く。


 意外にも諦めてくれたのか、それとも警戒してこちらの察知範囲まで近づかないだけか、とにかく襲撃は止み、ようやく空が明るんできた。森の中は相変わらず薄暗いが、足元の様子を集中しなくても見れるくらいになった。しかし流石に疲れた。

 ちょうどいい洞窟を見つけたので近づく。動物の痕跡はない。人の物も。

「これは神様が休めと言ってそう」

 少し休んで、その後にまた進もう。

 菓子を取り出して口にする。

「おいし……」

 砂糖はいい。祖母はあんなだが、料理は上手だし、菓子も美味しい。どうして森の中で一人で住んでいるのだろう。村で料理を振舞えば、たちどころに人気者になるだろうに。いや、あの性格じゃ無理か……。


◇◇◇

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