1-1:おばあさんの家へ向かいました
◇◇◇
「ある森の中の小道を女の子が歩いていました」
揺れる荷車の上で、流れていく木々を見送りながら呟いた。車輪が跳ねる騒音で、御者をしてくれている叔父には聞こえていないはずだ。まぁ、聞かれていても、返事でもしてくれれば退屈しのぎになる。
独り言を続ける。
「女の子はいつも赤い頭巾をかぶっていたので、赤ずきんちゃんと呼ばれていました」
どうして童話を語りだそうと思ったのか。それは私が見た目上、赤ずきんちゃんと同じように、赤色のケープを羽織っているからだ。それと暇だから
「赤ずきんちゃんはある日、母に言われておばあさんのお見舞いに行くことになりました」
急に母から、祖母の家に行けと言われたのは私も同じだった。ただ、童話の女の子は日帰りの行程だったが、こちらは馬車で半日進み続けてようやくたどり着くような辺鄙な場所にある祖母の家に、しばらくの間厄介になれという指令だ。
最初のうちは景色を見たり、動物を見つけてどう料理するかを想像したりして時間を潰していたが、飽きてしまった。叔父は寡黙な人だし、ちょっかいをかければその分進みが遅くなるから、邪魔をするのも良くない。
「道を歩いていると狼と出会いました」
――やぁ、お嬢さん。どこへ行くんだい?
――森の奥のおばあちゃんの家にお見舞いに行くのよ
――お見舞いならお花を摘んでいってあげると良い。向こうに沢山咲いているよ
「狼に唆された赤ずきんちゃんは寄り道をし、その間に狼はおばあさんの家に先回りし、おばあさんを食べてしまいました」
馬車が止まる。
「車で来れるのはここまでだ。あとは徒歩になる」
そこは鬱蒼とした森の入口だ。獣道と見間違いそうになるような小道が奥へ奥へと続いている。
年に一度来ているから、この道を進んでいくと祖母の家があることは知っている。ただ、初めて来た時や、暗くなった後ではたどり着くのは困難になるだろう。祖母は森の中で狩りと菜園で暮らしている。相当な歳のはずだが、どうせ元気にやっていることだろう。
童話ではないが、もし狼が祖母を襲ったとして、おそらく食料になるのは狼の方だ。
「ありがとう叔父さん。母さんによろしく」
「気をつけろよ」
「大丈夫だよ」
荷車から降りて叔父に手を振ってから森に入る。少し歩いただけで、木々に隠れて荷車が見えなくなった。全くなぜこんな森に住んでいるのか。
しばらく道なりに進む。道といっても、まばらに打ってある杭や、溝に架かる橋代わりの板、枝から垂れ下がるオーナメントを目印に草の少ない所を進んでいくので、気を配らないと迷子になる。
「途中で花でもあれば摘んでいってあげるか……」
そうしたら、祖母は狼に襲われるかもしれない。ただ、どう想像しても狼が食卓に並ぶ結末にしかならない。
「……。オオカミはおばあさんの家に先回りし、おばあさんを食べようとしました」
牙を剥いて襲い掛かる狼。巨躯を利用して精神的にも圧迫感をかける。そこらの人間ならば固まってしまうだろう。
「おばあさんは用心深かったので、既に構えていた猟銃で狼の喉元を捉えていました」
祖母は扉を確認もなしに開けはしないし、猟銃じゃなくても、ナイフでも鉈でも、武器はいつでも手に届く範囲に置いている。母曰く、あそこまで行くと偏執狂なので、絶対にマネしないようにとのこと。
道の途中で小川に差し掛かる。近くにある岩を確認する。印が彫ってある。道はあっているので、ぴょんと小川を飛び越えて道を進む。
「赤ずきんちゃんが家に到着すると、中から香ばしい匂いがしてきました。おばあさんは赤ずきんちゃんを迎え入れると、出来立てのステーキをふるまってくれました」
そういえば狼喋ってたな。
「……流石に言葉を話すやつを食べるのはちょっとやだな」
そうこう妄想しながら進み、日が暮れてきた辺りでようやく狭い視界が開けた。
祖母の家は鬱蒼とした森の中にぽっかりと空いた穴のような場所に建っている。その空間と森を切り分けるように、柵が張り巡らされているので、扉まで歩いて中に入る。扉を開けると、括りつけられた鈴が静かな森の中に響いた。
来客の合図とでも言おうか。ちなみに柵を越えたり壊したりすると鳴子が作動するようになっている。
玄関のノッカーを叩く。
「おばあさん、いる?」
扉が開く。
「ルゥ、待っていたよ。夕飯を用意しているから、手を洗ってきなさい」
家の中からは香ばしい焼いた肉の匂いがしてきた。
「……狼肉じゃないよね」
「鹿肉のステーキだよ。なんだいその不満なのか満足なのか良くわからない微妙な顔は」
◇◇◇