2-3:月夜の襲撃②
◇◇◇
馬車は2頭だてで1頭でも動かなくはないのだが、1頭だとかなり進みが悪くなってしまう。早めに連れ帰って目的地へと急ぎたい。
若木の枝が折れているのを見つける。地面に目を向けると土が凹んでいる。暗い道先に目をこらすと、点々と痕跡が続いているのが分かる。
追って進むと、木々の間で馬が歩いている姿を見つける。声をかけようとして止める。
自分以外にも何人か森の中にいることは入る前から感じてはいたのだが、そのうちの二人が馬を見ているところだった。先程の襲撃者たちだろう。それぞれの顔は覚えていないから見える顔がさっきいたかは分からないが、逃げていった方向が一致する。
木の裏から様子を覗う。そういえば彼らは執拗に馬を逃がそうとしていた。足が欲しかったのだろうか?
二人はそっと馬に近づいていき、縄を馬にかけた。顔が月明かりに照らされて表情がはっきりとする。血走った目は見開かれている。口角から涎が垂れている姿はまるで飢えた獣だ。
獣のような彼らは、人の動きで馬の首に縄をかける。連れて行くつもりかと思ったがそうではない。縄の先は近くの木の幹に回されている。逃げ出さないようにということらしい。
そして彼らの目的は分からないが、鍬が頭上に振り上げるために構えたのを見て今からやろうとしていることは分かった。
シャベルを押し出すように投げつける。
ざくりと足下に刺さったシャベルに驚いて二人は一度動きを止める。そしてシャベルが飛んできた方向、つまり私の方を見た。今度は逃げ出す気配がない。顔に困惑も恐怖も浮かんでいない。先ほどとは何かが違う。なんとなく、獲物を前にして邪魔されている獣みたいだ。いや、まさにそういった状況なのかもしれない。
彼らが持っている武器は農具である。それに加えて痩せているとはいえ彼らは大人の男だ。
こちらも長い物を持っていれば、その操作において負ける気はしない。しかし、シャベルは彼らの足下にある。おとなしく返してくれることはないだろう。
こちらに残った武器は腕に固定されたナイフだけだ。これで戦えるか?
……いや。
一瞬逡巡したが、真正面から戦わなければならないような状況でもないだろう。それに今は夜で、森の中だ。
一度死角へと隠れる。追ってくる気配はない。やはり彼らの目的は馬自体なのだろう。何故かは分からないが、馬を殺そうとしている。殺して……食べるのだろうか?
まぁ追ってこないならやりやすい。
闇を縫って木々の間を回り込む。こういうのは得意だ。
馬の前で周りの草木を揺らす音に警戒し出した二人だが、見えているわけではなさそうだ。見えていないのなら――
二人で背中合わせにでもなられたら死角は無いから、成功率は低い。だが、彼らはそういったことには疎いようで音のした方を揃って注視してしまっていた。その方向には既に何もない。
宙を舞う。
二人を捉えて、そのうち一人の右腕に手のひらを叩きつけるように。落下する自分の体重を乗せてナイフで切りつけた。浅いが十分。
森に男の叫び声が上がる。
その次の行動が始まる前に、落ちていたシャベルを拾って無事な方の男の喉元に突きつける。
次こそは男たちの顔に恐怖が見えた。農具を取りこぼし、彼らは背を向けて走り去った。
「……ふぅ」
フードをかぶっていて良かったと思う。人は表情を見て相手の心を推し量る。もしもこの緊張した顔を見られていたら、彼らは逃げ出さなかったかもしれない。彼らは大人の男で、こちらは少女だ。体格だけを見れば彼らが有利だ。人数も2対1。
彼らを逃走に駆り立てたのは、痛みと、少女といえど正体が分からないということへの恐怖だろう。
化け物か何かだと思われていれば、この後の展開も楽なのだろうが……。
「お馬さん、えーと……どーどー?」
馬と顔を合わせる。目が合ったところで、この子は興奮しているが暴れ出したりしないと感じた。
縄を切り落とす。
木々の向こうから男たちの声が戻ってくるのが聞こえた。灯りも揺れ、どうやら仲間を連れて戻ってきたようだ。大人数で来られるとまずい。
馬に飛び乗って背にしがみつく。
「行って!」
首を叩いて合図にする。理解してくれたようで、馬は森の中を駆けだした。
途中、反応に遅れた襲撃者の一人を尻目にしたが、気にせずに馬を走らせる。肩に回した手であいずを出して方向を調節する。この方法が合っているのかは分からないが、馬はその合図を理解してくれたようで意図通りに駆け抜けてくれた。
この馬とは仲良くできる気がする。
木々を抜けて道に、そのまま馬車の元へと戻った。
馬具は壊れてしまっていたが、応急処置でざっくりと直す。方法は御者が指示する。縄をこう、いいかんじに、ぐるっと、よく分からないがとにかく巻いたり縛ったりしたら馬と馬車がつながった。不思議だ……。
御者が怪我していたのは足だけだったようで、無事な腕で手綱を握り、馬を進める。この間、襲撃者が森から出てくることはなかった。暗闇の中を探しているのかもしれない。そうなら上手く撒けたということだろう。
また月夜の道を進み出す。
夜の道をひたすらに進んでいくと、町にたどり着いた。夜の町は暗くともどこかしらの家の窓からは明かりが漏れ、人の気配を感じさせた。村長の案内で御者は馬を操り、一軒家に馬車を停めた。どうやら村長の知り合いがいるらしい。
村長は扉を叩き、中から筋肉の塊が出てきた。
「「う、うわぁ」」
荷台から一緒に見ていたヘンゼルと二人で、驚きの声を上げる。まさに筋骨隆々というか。身長は2m近くあり、扉をくぐって出てきた。太ももはおそらく、グレーテルや私の胴周りと同じくらい太い。
その大男に村長は事情を話し、二人は協力して怪我をしている御者を家に運び込んだ。ほとんど大男が持っていて、村長は御者の身体がどこかにぶつからないように補助をしていた。
その後は子供三人が家に入ることになり、その途中で看板を見つけたので読むと、ここはどうやら診療所らしい。
家の中に入るとさらに大きくなったように見える男を前にすると、その存在感と威圧感に圧倒される。村長は特に気にしていないようだ。そして、どうもこの診療所の主は大男らしく、彼は医者ということだった。
彼はすぐに御者の手当てを始めだしたので、自己紹介は行われなかったが会話の中で彼は"ムスケル"と呼ばれていた。……筋肉という意味なのだが。まさにというべきか。
「驚いたじゃろうが、安心してよいぞ。彼は旧知の仲でな。予定通りであればもう少し明るい時間にここにたどり着く予定じゃったが……なんとかたどり着けて良かったのぅ」
湖の白い魔女とクッキーづくりをしていなければトラブルは避けられていたかもしれないなと思うと、申し訳なくなってくる。
「……ルゥ、おまえのせいではない。選択は時に予想外の出来事を引き起こすだろう。だが過去の選択を変えることはできんのじゃ。その時々の選択についてよく考え、……後悔の無いようにするのじゃよ」
その後、筋肉の化身ムスケルの厚意でリビングで食事をとり、休むことになった。
私とヘンゼル、グレーテルは暖炉の前を使ってよいと言われたので、そこに毛布を敷いて眠る。
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