2-2:月夜の襲撃①
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道の両脇を木々が遮るようになると、月明かりが届く少し先までしか見えなくなる。御者はランタンを灯して進む。ところで、馬車の乗り心地は良いとは言えない。最近はサスペンションが発達してかなりマシになったと、行商をしている叔父は言っていたが、それでもたまに小石を踏んで浮かび上がったり、地面のでこぼこで上下に激しく揺れたりする。そんな中で眠るというのは、かなり特殊な技能だと思う。
そう、かき集めた布の上で眠っているグレーテルを見て思う。荷台が大きく揺れて、荷物の箱がガタンと大きな音をたてたが、寝息は穏やかなままだ。双子の片割れのヘンゼルはというと、こっちはこっちでまだ外の風景を眺めて楽しんでいる様子だった。
自分もそれなりに耐性はあるつもりなので、辛くはないのだが……彼らのようには過ごすことができない。
半ば尊敬の意を持って二人を見ていると、馬車が止まった。
「ついたの?」
御者台に座る二人に声をかける。
「いや、道を塞がれてる」
見ると、道に立ちはだかるように大人数が暗闇の中にいた。数は10くらいか。
「こんなところに盗賊か……?」
ランタンに照らされている御者の顔には焦りの色が浮かんでいる。
「珍しいの?」
「盗賊がいるっていう話は聞いたことが無い」
「ここは町が近い主要道路じゃ。夜とはいえここでの襲撃は盗賊たちにとって賭け金が大きすぎるはずじゃが……」
「どうします村長。こちらは武器なんて持ってないですよ」
「ううむ……」
そうこうしている間にも連中は馬車を取り囲みだす。森の中にも隠れているようで、何人かの気配を感じる。
しかし、顔が見えてきたあたりで違和感を感じる。なんだか覇気がないというか、戦意が感じられない。持っている武器も剣や槍ではなく、鍬とか鋤とかの農具だ。まぁ、それでも危険に変わりないが。
「何の用だ!」
御者が声を張り上げて訊ねる。しかし農具で武装した集団は答えない。答えないことを答えとするとかそういうことではない。彼らは誰が返事をするのか決めていないのだ。互いに見合って、誰かが言葉を返すのを待っているようだ。
「何の用かと――」
「来てるよ!」
脇の茂みに潜んでいた2人が馬を繋いでいる場所にこっそりと近づいていた。
「お、お前たち、やめろ!」
男ら二人は、斧で馬具を破壊し始めた。
「やめろ、馬が暴れる!」
御者は止めようと腕を伸ばした。そして馬は息を荒げ始め、馬具が砕け落ちると同時に後ろ足で男の一人を蹴とばした。車体が跳ね上がり、御者もつんのめって台から落ちる。
「ああ゛っ」
御者は地面に落下して悲鳴を上げ、馬は嘶いて壊れた馬具を振り落としながら木々の中へ走って行ってしまった。
「い、いかん……」
村長のこめかみに汗が浮かんでいる。
確かに、良くない状況だ。
襲撃者たちは一連の流れを眺めているだけだったが、仲間らしい男が蹴り飛ばされたのを見ると、"仕方なさそうに"農具を構えてにじり寄ってくる。
このままだと何をしでかすか分からない。
シャベルを抜き、御者台に立つ。
「……!」
動物は威嚇をするとき、牙を剥いて口を大きく開ける。要は武器を見せつけているのだ。争いになれば、お前もただでは済まさないぞという。それを意識して、シャベルの剣先を月明かりにきらめかせるように角度をつけ、ゆっくりと持ち上げ、肩に乗せる。
顔は母の残したローブのフードを被って影の下に隠れているはずだ。子供であることはここでは不利だ。だが、大きなローブで体格もある程度は大きく見せられると思う。あとはできるだけ意識して、シャベルの大きな剣先をランタンの前に持ってきて、影を作る。
はたして、元から戦意低めだった多数はそれをみて足を止めてくれた。彼らはばつの悪そうに目を泳がせている。しかし、馬車に手をかけた男の一人だけは違う雰囲気で、他の襲撃者たちを煽るように声を上げた。
「何してんだ! やるしかないんだよ! 早く来て手伝いやがれ!」
その言葉にやる気を失いかけていた連中の目が変わりかけていた。
マズいな。
「馬さえ手に入れれば俺たちは――」
直感を信じる。このまま喋らせておいては周りの連中が一斉に襲ってくる。だから、担いだシャベルを持ち上げ、台を飛び出て、男を頭上から殴りつけた。
ガツンと音を立てて、男は黙って地面に伏す。……平たい部分で殴りつけたから死んでないと思う。たぶん。とりあえず倒れて沈黙している。次は馬車と襲撃者の集団の間に立ち、シャベルの切っ先を向ける。
言葉は出てこないが、とにかく全員の機微に目を光らせる。襲ってくるようなら、対処しなければならない。
「……」
数秒くらいの間があり、襲撃者たちはおずおずと暗闇の森へと逃げていった。
とりあえず、何とかなったようだ。
「御者さん、無事?」
「あ、足が……折れたようだ」
「ルゥ、ヘンゼル、手伝ってくれんかの、彼を荷台に乗せるのじゃ」
「う、うん」
荷台に隠れていたヘンゼルはまだ緊張が解けていないようだ。老人と子供二人で、何とかして御者を支えながら荷台まで連れていく。
「一刻も早くここを離れて町に向かいたいのじゃが……」
「馬が1頭ではかなり遅くなってしまいます。連れ戻さないと……」
「それなら、私が行くよ」
この中で夜の森で馬を追跡できるのは、おそらく自分しかいない。
「さっきも思ったけど、君は一体……」
子供なのにという顔を向けられる。どれもこれもおばあちゃんの訓練の賜物なのだが、そう答えても納得はされないだろう。
「ルゥ、気をつけるのじゃ」
「うん」
とはいえ武器はもう一つくらい欲しい。と、そういえばあれがあったなと、母からの贈り物の一つ、ナイフ付きの籠手を持ち出す。腕に装着してベルトを締める。やはり飛び出たナイフが使いにくい。なんでこんな形をしているのかは分からないが、ものは試しだ。
殴りつけて気絶させた男は縄で縛っておいた。馬に蹴られた男は即死だった。どうしようもない。後片付けは村長が担当することになった。
馬車と残った村長たちを尻目に、馬が逃げていった木々の闇の中に入る。
思っていたよりも早く夜の闇の中を走ることになってしまった。
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