四話
「みいくん、このお花は何て名前?」
五鬼は道の端で屈むと、白く小さな花を指さして首を傾げた。
転んだ五鬼の血の滲んだ膝小僧を川辺で洗って貰い、二人で黄苺を食べて以来、五鬼はすっかり三鬼に懐き、三鬼を追い掛け回していた。
これ幸いと兄達が三鬼に五鬼を押し付けてしまったが、文句を言いながらも面倒見の良い三鬼は、今日も五鬼の遊び相手になってくれている。
三鬼は五鬼の隣にしゃがむと、葉を撫でながら言った。
「これは、はこべらの花だな。一月七日になったら七草粥を食べるだろ?あの中に入ってるのが、こいつの葉っぱだよ。」
鬼界には元が人間であった者も多く居る為、あちらの風習が鬼界に伝わり根付いたものも多くある。
特に、縁起の良いものは多く取り入られていて、七草粥もその中の一つであった。
「七草粥!私、知ってるよ!せり、なずな、す…すずな?すずすず…」
「すずな、すずしろ、だろ。」
「そうそれ!すずな、すずしろ…ほ、ほ、ほーほけきょ!」
「何でほーほけきょなんだよ!それじゃ、鶯だろ!」
「あはは!間違っちゃった。」
「ったく、…いいか、春の七草ってのはな、せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、これぞ七草!って覚えるんだよ。」
三鬼が淀みなく諳んじたのを聞いた五鬼は、目を丸くして三鬼を見上げると手を叩いて賞賛の声を上げた。
「すごーい!みいくん、凄いっ!!ねえ、もう一回、言って!もう一回!」
「え?う、うん…せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、これぞ七草だ!」
「凄い!みいくん、凄い!えーっと…せり、なずな、ご、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ!すずな、すずしろ!これぞ七草!」
「そう!それ!ちゃんと言えたな!」
「うん、みいくんの言う通りに言えたよ!」
五鬼は両手を握り締めると勢い良く立ち上がって、何度も土を跳ねながら七草の名を繰り返し言った。
三鬼はそれを笑いながら見やり、今度は物知り顔でわざとらしく顎に手をやると秋の七草を諳んじてみせる。
「いいか?秋にも七草はあって、秋の七草は、はぎ、ききょう、くず、ひよどりばな、おみなえし、おばな、なでしこって言うんだぞ。」
「すごーい!みいくん、凄いっ!」
得意気に披露した三鬼に、先程と同じく手を叩いて賞賛する五鬼だったが、実は、この中に間違った花がある事を知らない。
三鬼も、その花同士が似ていた為に間違って覚えてしまったのだが、それをこの先、兄の一鬼に指摘されるまで気付く事は無く、この時は二人で間違った秋の七草を声を高らかに言い合った。
そうして、五鬼が間違ったまま秋の七草を覚えた頃、ふと疑問に思って首を傾げながら三鬼に尋ねた。
「でも、みいくん、私、秋の七草は食べた事ないよ?」
「馬鹿だな、秋の七草は食べるものじゃないんだよ。見て楽しむもんなんだ。」
「見て楽しむ?」
「そう、秋の七草はな、秋になって七草を見て、綺麗だなって楽しむものなんだ。それが、ふぜーがあるってもんなのさ!」
「ふぜー?」
「うん!ふぜーだ!」
「ふぜーって何?」
「ふぜーはふぜーだよ!」
「そうなんだ。みいくんは何でも知ってて凄いね!」
「そうだろ?」
そう言って胸を張った三鬼の手を取り、五鬼は笑いながら今度は赤紫の小さな花を指さして名を聞いた。
「みいくん、これは?このお花は何て名前?」
「それはカラスノエンドウだな。実になったら両端を切って、草笛にもなるんだぞ。」
「みいくん、凄い!じゃあ、こっちは?」
「それはアカツメクサだよ。」
「みいくん、凄いね!ねえ、ねえ、こっちは?」
「それは、え、えっと、……こ、今度、教えてやる!あんまり、いっぺんに教えたら、おまえ忘れちゃうだろ?だから、今度な!」
三鬼が誤魔化す様に言った言葉は、けれど、五鬼にとっては嬉しい言葉だった。
だって、今度教えてくれると言う事は、次も三鬼と一緒に遊べるのだから。
「うん!みいくん、約束だよ!今度会ったら、教えてね!絶対だよ!」
「え!?う、うん、分かったよ。今度、教えてやるよ。」
あからさまに失敗したと言う顔の三鬼に、五鬼は「約束だからね!」と繰り返す。そんな五鬼を見下ろし、頭を掻きながら「はい、はい」と返事をする三鬼と二人、日が暮れるまで遊ぶのが、やがて五鬼の日常へとなっていた。