二話
五鬼と法月の三鬼は幼馴染ではあるが、そもそもの始まりは互いの兄同士が幼馴染の関係にあった為だ。
鏑鬼家の次男と三男は双子の兄弟で、その双子と三鬼の兄は何処に遊びに行くのも一緒の仲の良い友人同士だった。
三鬼の姉である二鬼は、少女めいた遊びには一切興味の無い子供であったが、それでも、三鬼にとっては姉と遊ぶよりも兄に付いて周る事が多く、鏑鬼の家にもよく遊びに来ていたのだ。
丁度、この頃は五鬼の妹である六鬼が産まれたばかりで、母親が六鬼に掛かり切りになっていたのもあったが、そもそも五鬼は兄達が大好きで、邪魔者扱いされながらも一緒に遊んで貰おうと、幼い手足をちょこちょこと動かしては、彼らを追い掛け回していた。
だが、走っては直ぐに転んで泣き喚く五鬼に、ある日、兄達は困って妹の世話を三鬼に無理矢理押し付けた。
当然、押し付けられた三鬼は堪ったものでは無い。
反発して声を上げる三鬼を置いて、兄達がとっとと逃げ出したのを、五鬼はあまり分かっていないまま、ただ目の前に立つ三鬼の着物の袖を握っていた。
「こんなことになるなら、家で母ちゃんの手伝いでもしてれば良かった。」
ブツブツと文句を言う三鬼を、首を傾げながら見上げていた五鬼だったが、三鬼の黄金色の頭の上を一匹のアゲハ蝶が飛んで行った事に気が付くと、その興味の対象は三鬼から蝶へと変わった。
ひらひらと大きな羽根で空を泳ぐ蝶を捕まえたくなった五鬼は、文句の止まらない三鬼を置いて走り出していた。
手の中に捕まりそうで、なかなか捕まらない蝶を追って、前も見ずに走る五鬼は、当たり前だが盛大に転んだ。
そうして、膝を擦り血の滲んでいるのを見て、大泣きする。
わんわんと泣き叫ぶ五鬼に驚いた三鬼が慌てて駆け寄って声を掛けるが、五鬼は泣き止まない。
「おい、ちび助、そんなんで泣くなよ!」
大きな声でそう言われた五鬼は、三鬼に怒られたのだと思い、更に泣く声を大きくした。
「うわっ、何だよ…っ、泣くなって!」
片手で耳を押さえながら、眉根を寄せた三鬼が五鬼に言った。
「…っ、だって、だって、血が、血がいっぱい出てるの…っ!」
「それくらい、どうってこと無いだろ、」
五鬼の膝小僧をチラリと見やった三鬼は、僅かばかりの出血を確認して呆れた。
だが、五鬼にとっては一大事なのだ。それを分かって貰えない悲しさと、膝の痛みで喉が鳴った。
「うっ、ひっ…ひっ、」
「!?…っ、分かった!!分かったから!泣くなってば!ほら、そこの川で傷を洗おう!」
しゃくりあげた五鬼に怯んだ三鬼は、五鬼を背中に担ぐと川辺に座らせて泥がついたままの膝小僧を洗ってやった。
冷たい水と三鬼の乱暴な手付きに、五鬼の目からポロポロと涙が零れて行く。
そんな五鬼を見て焦った三鬼は、辺りをキョロキョロと見渡して、何かに気付くと立ち上がって五鬼の側を離れて行った。
置いて行かれたと思った五鬼が、再び泣き始めるその前に帰って来た三鬼は、五鬼の手を取り黄苺の実を握らせる。
艶々と光る丸い果実が五鬼の小さな掌にコロリと転がった。
「ほら、食えよ、甘くて美味いから。」
三鬼が困った様に笑って指さすのと、手の中の黄苺を繰り返し見ながら、おずおずと口の中に黄苺を放り込んだ五鬼だったが、
「…酸っぱい、」
甘さよりも酸味の強い黄苺に顔を顰めた。
「え!?嘘だろ……うっ、すっぱっ!!」
口に入れたと同時にあまりの酸っぱさに直ぐに吐き出した三鬼が涙目で嘔吐くのをポカンと見ていた五鬼だったが、暫くすると、三鬼のその顔が面白くて大きな声で笑った。
「…何だよ、笑うなよ、」
「だって、変なお顔!あはははっ」
「変じゃねえし!」
「あはははっ、変だったよ!みいくんのお顔、変だった!あははっ!」
泣いていたのも忘れた様に笑い続ける五鬼に、口をへの字にした三鬼だったが、やがて五鬼に釣られて笑い声を上げる。
途端、静かな川辺は二人の笑い声で賑やかになって、枝に止まっていた小鳥が迷惑そうに飛び立って行った。
それを見て、また二人で笑う。
この日から、五鬼は兄達では無く、三鬼を見つけては追い掛け回す様になっていた。