恐怖! TS美少女、地獄のポキッキーゲーム!!
「お願いだから! 当たってもさきっちょだけだから!」
友人である大悟の見事な土下座を見て、僕はわざとらしくため息をついた。
「無理無理。土下座までされると流石にキモすぎ。いくら僕が美少女になったからって、とち狂いすぎだろ」
本日は11月11日。
そう、あの有名な、ビスケットの棒にチョコが付いた名作お菓子、ポキッキーの日である。
死ぬまでに一度でいいから美少女とポキッキーゲームがしてみたい。
健全な男子なら当然の、皆共通の願いだということは良く解っているが、本物の美少女と、僕のようなTS美少女の間には、越えられない壁があると思うのだが。
「そう言わずに頼むよ……。俺、男とポキッキーゲームなんて地獄は嫌なんだよ……。真琴となら全然オッケーだから俺。頼むよ、汗臭いブサイクな男同士でやったら、一生トラウマものだろ?」
自分の部屋の床にだらしなく寝転がったまま、早速土下座はやめた大悟に肩を揺すられているせいで、僕の長い髪がわさわさと揺れて床に擦れた。
大悟がわざわざ部屋に来るって言うから、面倒だけどせっかく整えてたのに……。
童貞歴が長いと発症するという噂のTS病が、僕の場合高校一年のときに発症してしまった。
早すぎる悲劇だ。
哀れな童貞が、ある日突然美少女に大変身!
ニュースではそういう病気があることは知っていたし、美少女になれると聞いて、正直うらやましいような気持ちすらあった。
しかしいざ自分の身に起きてみると、悲しいやら、悔しいやらで、最初はえらく混乱したものだ。
TSして以来、僕は髪をなんとなく伸ばしてみている。
最初僕を心配して、よくそばにいてくれていた大悟との話の流れで、なんとなく伸ばしてみることになったのだ。
しかし正直、洗うのも整えるのも大変だし、やっぱりそろそろ切ろうかな。
当初この大悟に言われたから伸ばしている、という現状も、なんか癪だし。
で、本題のポキッキーゲームについて。
大悟が言うには、クラスのアホな男子とのトランプで負け、罰として誰かとのポキッキーゲームを写真に納めることを強制されたのだという。
ひどすぎる罰ゲームだ。罰を受ける奴はさておき、その相手のことを何にも考えていないところが特にひどい。
やらなきゃいいじゃん、と思うやつもいるかもしれないが、僕たち高校生にとって、罰ゲームとは絶対の掟。破ることは許されない。
しかし、なんかむずがゆいなあ、もう。
僕とならオッケーとか、軽々しく本人に言うなよ、ほんと。
「うー。やっぱり絶対嫌だ。最近お前、何かにつけて僕とそういうのやろうとしてんじゃん。この間も罰ゲームとか言うから、お前と腕組んで登校してやったの覚えてるだろ? 僕、あの後二日も熱出して学校休んだんだからな。あれって大悟アレルギーだよ絶対。忘れたとは言わせんぞ」
まあ実際、熱なんて出てなかったけどな。 なんか妙に恥ずかしくて、学校サボりたくなっただけだが。
「してるとこの写真だけ撮ればいいんだろ? 悪いことは言わないから、お前のかーちゃんとしとけ。な?」
まあ、こいつの顔じゃ、クラスの他の女子なんて絶対協力してくれそうにないし?
僕としても、今さら他の女子が相手になると思ったら、それはそれでなんとなくむかっ腹は立つしな。
「うえ……。真琴、そりゃ禁句だぞ。かーちゃんとポキッキーゲーム、その言葉だけでもう犯罪だわ。……あー最悪。一瞬想像しちまったよ。……責任とれ。上書きしろ。真琴のちゅー顔で俺の脳ミソ上書きしろ」
大悟は僕のベッドに腰を降ろしたまま、頭をかきむしりながらさわいでいる。
気持ちはわかるがその考え方はおかしい。
「僕だって元は男だからな? それもとびっきりのブサイクだったんだ。脳内で想像しろよ。絵面がひどいだろ?」
しかも大悟は、体のデカさにだけは定評のある、ザ、大男。残酷なまでに絵面が悪い。
「ん? あー……。でも、まあ他の男子に頼むくらいなら、昔のお前に頼んだほうがましだったかも。家族と同じくらい見慣れてたしな」
なんだこいつ! 急に薔薇の花咲かす気か!
いくら幼なじみでも、男同士の見た目では僕はちょっと無理だぞ。
僕は起き上がり、ベッドに腰を降ろして、乱された髪を両手で撫で付けた。
「んん! まあ、お前の性癖がイカれてるのはよくわかった。でもね? 僕だってどうせポキッキーゲームするなら、かわいい女の子が相手の方がいいんだよ。こんな体になった今でも、それは変わってないから」
残念ながらTSしてしまった以上、どうせならTS百合道を極めたい。
それが目下の僕の野望である。
TS病の恐ろしいところに、その性的対象がガラッと変わってしまうことが多い、という点が挙げられており、実はTS百合っ子が誕生した症例は、今のところかなり少ないらしい。
この件は一部社会問題にもなっているほどだが、今のところ僕のそういう対象は女の子のはず。たぶん。
最近なんだか、クラスの女子の透けブラとかにドキドキしなくなってきた気はするけど。
でもまだ大丈夫大丈夫。うん、僕は変わってない変わってない。
大悟は、窓から外を遠い目で眺めながら、力なく笑っていた。
「やっぱりダメだよな。さすがに今回は無理だって、わかってたよ。……知ってるよ、俺ブサイクだもんな。せめてイケメンだったら、真琴だってもう少しは考えてくれたかもしれないけどさ……」
大悟の表情は、なんだか本当に少し寂しそうに見える。
……まさか、本気で言ってるのかな。
……なんだそれ。イラっとするわ。なんだよこいつ。
「なあ、やめろよそういう卑屈なこと言うの。僕、お前の顔は別に嫌いじゃないし。そこらのよく知らないイケメンとちゅーするくらいなら、お前の方がマシくらいには思ってんだけど」
大悟はこちらを振り返り、ベッドに仁王立ちになって僕をにらみつけてくる。
「じゃあ俺と本気でちゅーできるのかよ。どうせそれは無理って言うんだろ? 結局言うだけじゃねーか……」
なんだそれ。決めつけんなよくそ大悟。
「はあ? できるわ! その気になればちゅーくらい! なめんな!」
「はい、ありがとうございます。じゃあ早速ポキッキーゲームやってみましょうね。さあ早く」
素早く僕の横に近づいてきた大悟の口には、いつの間にか細い棒状のお菓子、ポキッキーが咥えられている。
……ハメられた。
我ながら、なぜこんな古典的な罠にかかってしまったのか。
しかし、しかし、男に二言はない。TSしても僕の心は立派な男子なんだからな……。
「く、わかったから、じゃあ、ゆっくりだぞ。絶対ゆっくりだぞ」
僕は大悟の咥えたお菓子の先に、恐る恐る口先を近づけていく。
「わひゃってるきゃら。ひゃやくひゃやく」
お菓子咥えてるから、なに言ってるのかよくわからないが。
見慣れているはずの顔がゆっくり近づく。
なんか、なんだこれ。なんか、顔が熱い。近い近い……。
ポキッ。
うああ、はじまったあ……。
なんか、お菓子を通じて振動が……。
ポキッ。 ポキ……ポキポキポキ!
「あああああストーップ!! ダウトおお!! 大悟お前、完全に狙ってきてるじゃん! そんなん口先当たるどころか、歯まで当たって血が出るわ! っていうかそもそも、写真撮ってないじゃん! 目的変わってんじゃん!」
なぜか急にスピードが上がったポキッキーゲームに、僕は思わず顔を背けて緊急回避した。
大悟は口をモゴモゴさせながら、悪びれもせず次のお菓子を準備している。
「いや……ほら、お約束っていうか、まあ、正直狙うよねこれは。真琴みたいなかわいい子が近くにいたら、そりゃちゅーもしたくなるわ。むしろお前が悪いじゃん? 俺が被害者じゃん?」
おおう……。
でもなんか、この間ネットで見たなそういうの。
TS病については、まだあまり詳しい研究が進んでいないのだが、身近な男性の性的対象がなぜかTSっ子に向かってしまうことが多いらしく、副交感神経がどうとかこうとかで、一種の精神疾患だとか何とか。
「……そっか、なんかごめん。すぐ一緒に病院行こう。最近ネットで噂になってたんだよ。僕がずっとお前とばっかり一緒にいたせいだ。大丈夫。しっかりお医者さんに診てもらおうな」
僕は女の子の体になってからも、何だか他の女の子たちとは馴染めず、結局幼なじみの大悟とばかりつるんでいた。
こいつもこいつで、昔と変わりない態度で接してくれるから、嬉しくて、居心地が良くて……。
ついつい一緒に居すぎてしまったんだ。
でもまさか、僕のせいで大悟がおかしくなるなんて。
大悟は能天気に笑う。
「ああ、ネットの噂のやつな。アホかお前。ほんとに病気なわけあるか。 TSっ子と一緒にいたら、たいていお前みたいにかわいすぎるから、そいつのこと好きになっちゃうって意味だから。……マジなの真琴。ネットの冗談を真に受けんなよ。ちょっとお前のこと心配になるよ……」
え、そうなの?
なんだよ、一瞬まじで心配してしまったじゃん。
ていうか大悟、今なんて言ってた? なんか混乱してて話があんまり頭に入ってこないんだが。
大悟はこちらを馬鹿にした感じで、いやらしくニヤニヤ笑っている。
「だっせえ……。ていうかさ、そもそも真琴が前に、その、胸触らせてくれたときがあっただろ? あのせいだから。あれで俺の性癖狂ったんだよ。あんな反応されたら誰でもどちゃシコだわ」
「あ、あれはほら、お前にもおっぱいくらい恵んであげないとかわいそうかなって思ったんだよ! 僕だけいつでも自由にこのやわらかおっぱい触り放題なんて、不公平かと思って……。ほら、女子だって友達同士なら、ふざけて触りっことかしてるらしいじゃん? おっぱいは全然オッケーだと思ったんだよ」
なにせ美乳だから僕は。美少女にして美乳だから。
「え? じゃあお願いしたらもう一回オッケーなん? おっぱいならオッケーなの?」
大悟はちょっと真剣な感じで食いついてくる。
顔が近い。
さっきからちょっと、全体的に距離が近いよ。
お前が近くに来ると、なんか頭がぼーっとしちゃうんだってば。
「違うよ……。あのときは自分以外に触られる感覚がわかってなかったの。今はダメだから。あのときのお前以外には結局誰にも触らせてないから」
ちょっと予想より、人に触られると敏感だったもので。
自分で触るのと人に触られるのは全然違う。人体の不思議。
「俺にしか触らせてないとか……はあ……かわいすぎかよお前」
僕から目を反らしてため息をつく大悟。
か、かわいいって言った? 言ったよね?
「まあ、今はそれより本題のポキッキーゲームだ。真琴はめちゃくちゃかわいいんだからな。俺がおかしくなっても仕方ないだろ。そういうわけでほら、次は写真ちゃんと撮るから。いつまでグダグダ言ってんだよ。さっさとやるぞ」
大悟はさっさと次のお菓子を咥え、携帯のカメラをそそくさと起動させている。
かわいい? 僕が?
いやかわいいよ。かわいいよ僕。美少女だよ。でもそれより大悟の言葉のニュアンス的にさ。
いやまて、そんなことよりも。
「いやまてまてまて。なんで大悟がそんな上から目線なの? しかもその言い方な。かわいい子なら誰でもいいみたいじゃん。だからいつまでたっても童貞なんだよ。僕じゃなきゃだめ、くらい言えよ。じゃないと協力しないからね」
うーうん、まあ、言い方が悪いのかな?
せっかくならこう、何というか、雰囲気が欲しいというか。
大悟は一瞬こちらを見て、首をかしげてくる。
「いやだからさ、真琴がいいんだってば。真琴とポキッキーゲームしたいわけよ。あわよくばちゅーしたいんだって。さっきから言ってんじゃん、お前が好きなんだってば」
大悟は一旦咥えていたお菓子をあきらめ、むぐむぐ食べながら、次をまた咥えてこちらに近づいてくる。
あーもう、何だって?
なんかさっきから頭がぼーっとして、体が熱くて、何言われてるのか良くわかんないんだよ。
ポキッ。
またはじまった……。
近すぎる大悟の顔から、目が話せない。
ポキッ。
なんか、不思議と、嫌じゃないというか、ゆっくり、このままゆっくり、こうしていたいというか……。
ポキッ。
ポキッ。
カシャ!!
「……うー。今の、写真のタイミングおかしくなかった? がっつり、その、当たってるとこ写ってないか?」
あああああ。なんだこれなんだこれ。
心臓が。顔が。唇が。
僕、今どんな顔してる?
大悟にはちょっと見せれないぞこれは。
「いやほら、時差があるからさ。俺の携帯古いから、押してから写真撮れるまで2秒くらいかかるんだよ。てか、真琴の方からその、してこなかったか? なんかタイミング狂ったんだよな。……ふふ、ていうかこの写真の真琴、目が半開きになってるわ。うける」
笑っている大悟が、どんな表情をしているのか、ちょっと今は見れない。
今、目が合ったら、僕は、おかしくなってしまうかも。
だけど馴染んだ大悟との関係性が、僕に自然と言葉を続けさせる。
「はあ? 調子に乗るなよ。僕は今や絶世の美少女だぞ? せめてちゃんとかわいく撮れや。ていうか僕のファーストキスの写真、絶対他の奴に見せんなよ」
んん?
ダメだダメだ。
言葉遣いはさておき、さっきから僕、本物の女の子みたいな反応になっちゃってないか?
こういうときは、一回深呼吸。
落ち着いて、次に言うべきことは。
「……撮りなおし。ほら、早くしろよ、もう一回」
自分が、自分じゃないみたいな、ふわふわしたこの感じ。
大悟とポキッキーゲームなんて、地獄としか言いようがないはずなのに、不思議と嫌な感じではないし。
とりあえずもう一回試してみれば、この自分のおかしな感覚のことも、もうちょっとわかりそうな気がするんだよな。
TS最高! TS最高!
このお話を少しでも面白いと思って下さったそこのあなた!
ぜひ作者ページから連載中の作品もご覧下さい!
TS作品じゃないけどね!