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その男はハゲだった  作者: 清河 桂太
ガゼロット編
9/89

個人の正義と、集団の正義


 ディンブルゲン自警団の最高責任者は、団長であり、その次が所長である。

 この所長とは街の入り口にある詰所の長の事を差し、団長と団員の間に位置する中間管理職的役割だ。

 綾が保護されアイリーンが所属する北詰所の所長は、朝っぱらから真っ赤になった顔に青筋を浮かび上がらせていた。


「この馬鹿者がぁぁぁぁぁっ!!!!」


 朝一番で叱責を浴びせられて、アイリーン・ストラフォスは恐縮したりしなかった。

 直立不動のままあくびをかみ殺しているのを隠そうともせず、怒鳴る人間の姿を眺めやる。

 そう、人間。その男は自警団においては珍しい、人間だった。

 人口の7割が亜人であるディンブルゲンの性格上、亜人が犯罪に走った時に即座に対応する為に、自警団の構成員は九割が亜人で占められている。現場に出ている実働隊にいたっては全員が武闘派の亜人だ。

 ディンブルゲンに住んでいると忘れがちだが、他の都市では未だに亜人に対する風当たりが強い。公式の席に亜人がいる難色を示す、同じ空気を吸うのも嫌だという連中がいるのだ。

 そんな連中との無用のトラブルを避ける為、ディンブルゲンでは外の人間と接する役職には人間が就く事になっている。商隊や政治家等がこれに当たり、自警団の重鎮も例外ではない。

 書類処理やその他の指揮など、重要な役割もあるにはあるが、一番重要なのが喧し屋を黙らせる為のお飾り。それが自警団における人間の扱いである。

 そのお飾りの中の一人がアイを怒鳴りつけている男だ。


「どーやったら夜勤で迷子の面倒をみてるだけで、二人も死人が出る!?」

「いや。だって襲い掛かってきましたし」

「やり過ぎだ明らかに! 電撃加減するくらい出来なかったのかお前は!」

「いやー。いらっときちゃいましてねー。

 あいつらがあの子を追い詰めてたんだーって思ったら、こうむかむかと」

「むかむかで一人殺すな! 団長に直接どやされたんだぞ俺は!」


 白々しさ爆発の態度で応ずるアイに、所長は声帯が許す限り怒鳴り散らすが……態度を改めろとは言わない。

 この位の態度を認めるくらいの信頼関係が、二人の間にはある。

 元々この二人は、自警団に入団した時の同期である。キャリアとノンキャリアの差はあるが、多少気安くなるのは仕方が無い事だった


「……いやいや所長。そうは言っても、あいつ等かにゃり性質が悪いですよ」

「知っている。報告は受けているさ……見たことも無い材質の装備だったらしいな。

 ……鑑識に調べてもらったが、ドワーフ族でも扱った事の無い金属だったそうだ。電撃でぶっ壊れてて試射は出来ないが、壁に残った弾痕から見て殺傷能力は高そうだというのが鑑識の見解だ」

「そうそう! 動きも素早かったですし……」

「私が怒っているのは! お前ならその程度の相手手加減できるだろって事だ!」


 なんという事は無い。所長はアイの実力を信頼しているからこそ、こうやって口から泡を飛ばしているのだ。

 それを聞いた途端、アイの表情が引きつる。前の所長のように、亜人差別からの叱責でないとは分かっていたが、改めて言われると酷く居心地が悪かった。


「ま、まあ……にゃんというか、その……」

「――まぁいい。その話は一旦終わりだ。

 お前、昨日の夜に南市街で起きた騒ぎは知っているか?」

「いきにゃりはにゃしが飛びますね……」


 勿論知っている筈が無い。綾に襲い掛かった不審者を始末してから今まで、ずっと後処理に追われ徹夜したアイが、街の反対側で起きた騒ぎ等知る筈が無い。


「騒ぎがあったのは聞いてますし、バリーが応援に行ったのを見送りましたけど……それがどうかしました?」

「南市街にある宿屋『ヒューベリー』で騒ぎが起きた」

「ああ、あの安いだけが取り柄にゃサービス最悪の」

「……コートの男が不審者と、派手にドンパチやらかしたそうだ。

 片方は刀を、片方は『見たことも無い材質の銃器』を振り回していたそうだよ」

「…………」


 アイの顔から血の気が引いた。話に出てきた人物像に、思い当たる節があったのである。

 その想像が現実であった場合どのような事態となるか……連想してしまい、アイの頬に冷や汗が伝う。


「一通りやりあった後、銃器のほうが引き上げて、刀の方は残った。

 人払いの結界のおかげで、人死にこそ出なかったが、辺りは流れ弾で酷い有様だったらしい。修理費払えって怒鳴る連中に、刀の方が手形を渡したそうだ」

「まさか……」

「エシャロットウルフの毛皮の引渡し手形だ。朝一番に店主が引き取りに来たから間違いない。

 刀の方はテラカド アヤを保護した傭兵トゥーク・サマー。襲ってきた銃器の方は、詰所に進入してきた不審者……の、仲間だ」

「ま、まだ仲間にゃかまと決まったわけでは……」

「銃器のほうがドンパチの最中に銃を一丁落としてな。形は違うが襲撃者の持っていた銃器と材質が一致した。こちらも壊れてて試射出来ないが、性能を想像するのが怖いくらいの出来だそうだ。

 間違いなく、トゥーク・サマーとテラカド アヤが襲撃されたのには関連性がある」


 ぐうの音も出ずに黙り込むアイに、所長が追い討ちをかけていく。


「さらに残念な事に――お前に比べれば児戯レベルだったようだが、襲撃者は間違いなくプロだ」

「……は? プロって……あんにゃ、雷獣に金属向けてくるような連中が?」

「装備の問題じゃない……俺はさっき、『一人殺した』と言ったんだ。

 お前が殺したのはビンタした一人だけだ。

 もう一人の方はお前が事後処理をしている最中に、医務室で息を吹き返して……すぐに自殺した。奥歯に毒が仕込んであったそうだ」

「にゃっ……!?」

「少なくとも、背後を探られない為に自殺するくらいの連中だ。

 問題は連中の存在じゃなく、そんな奴らに関係者が付けねらわれるくらいにマークされた少女の存在だ」

「――まさか!」


 『ある可能性』に思い至りアイは血相を変えて、逆に所長に怒鳴り返した。


「まさか、あの子を追い出そうとか考えてませんよね!?」

「ああ。考えている」

「傭兵の都合で巻き込まれたのかもしれにゃいのにっ!」


 アイの握り締められた拳から、漏電した電流が迸る。ひとたび叩きつけられれば炭化してしまうような危険な拳を目の当たりにしても、所長は顔色一つ変えなかった。


「連中は、サマーは殺そうとして、テラカドの方は生かして捕らえようとした……俺は、原因はテラカドのほうで、サマーは巻き込まれたのだと思っている」

「正気で言ってるんですか!?」

「正気だ。お前の方こそ冷静になれ!」


 所長の声が、再び怒気を帯びて放たれる。


「もし俺の推測が正しかったとすれば……あの子を保護すれば俺達は確実に襲われる!

 いや、あの子だけを狙うのならばいい。俺達が撃退すれば言いだけの話だ。

 関わりが断たれていたクサマにさえ襲い掛かった上に、街中で平然とドンパチやらかすような連中だぞ! その上、詰所を涼しい顔で襲撃してくる!

 そんな連中を相手に、街の人間を傷つけず撃退できるのか!? お前は!」

「それを『やる』のが私たちの仕事でしょう!?」

「理想論ばかりで考えるな! 現実を見ろ!」


 余りの激しい怒鳴りあいは所長室の扉を突き抜けて、詰所内に響き渡っていた。扉の向こう側からこちらを伺う気配が漂ってくるが、二人はお構い無しだ。


「俺が言っているのは、あいつらが街の住人を襲うという事だ!」

「まさか……」

「既に襲われている……! 連中がサマーを襲うときに何をやったか知っているか? 人質として、何の罪もない町娘を縛り上げたうえにいきなり爆弾を使おうとしたんだ!

 そういう非常識な連中なんだ! あの子の敵は! 我々が第一に優先すべきはディンブルゲンの住民の安全だろう!?」

「そうやってあの子を見捨てる気ですか! 犯罪被害者を命がけで助け上げてこその、ディンブルゲン自警団でしょう!?」

「勘違いするな! 俺が見捨てるんだ! お前が見捨てるんじゃない!」

「あんたが汚い(きたにゃい)泥被ればいいって問題じゃにゃいでしょーが!」

「住民の為なら――」


 言葉の途中で、扉の気配が動いた。

 立て付けの悪い扉が、耳障りな音を立てて開いていく。

 所長は盗み聞きを通り越して盗み見かと思い、怒鳴ろうとしたが……そのまま凍りついた。

 口論の真っ只中に停止してしまった所長をいぶかしみ、アイもそちらに視線を送り、続けて凍りつく。

 僅かに開いた扉の隙間から、寺門綾がひょっこり顔を覗かせていた。

 心なしかその顔は青い。あれほど怒鳴り散らした内容は、まず間違いなく全て聞かれていただろう。とても気まずい。


『………………………………』

「……えっと」


 アイはおろか、追い出そうとしていた所長ですら凍りついている隙に、綾は所長室に入り込んだ。手にした木製のトレイには、湯気を上げるティーカップが二つ。


「お茶をお淹れしました」

「は、はぁ……どうも」

「あ、ありがとう」


 お茶を手渡され、間の抜けた礼を返す二人。

 二人がお茶をすする音をBGMに、しばし気まずい空気が所長室に降りる。綾は洗濯が終わったハーフパンツとジャケットを着て、居心地が悪そうにトレイを抱きしめている。


「ミス・テラカド――まさか、話を聞いていたのかな?」


 所長が、おずおずとした問いに、綾は沈んだ調子で、


「……いえ……あの……気にしてませんよ」


 ばっちり聞かれていた。

 アイの視線が殺意の槍となって、所長を突き刺す。所長は言い返したかった。お前も同じくらい叫んでただろーがと言い返したかったが、自重した。


「……ここにいる必要、なくなりましたし、自分の足で出て行きます」

「え?」

「何?」


 疑問の声をハモらせる二人に、綾は引きつった、無理やりすぎる笑顔を浮かべた。


「昨日、記憶が戻りましたから……取り合えず、故郷に帰りたいと思います」


 一目で分かる拙い嘘だった。




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