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その男はハゲだった  作者: 清河 桂太
ガゼロット編
7/89

不穏

 ディンブルゲン南部、ドヤ街の一角にある宿屋……馬車用の小屋が併設されたそこに、バーコードハゲをバンダナで隠した男は、歩を向ける。

 なんか、間の抜けた悲鳴が聞こえたような気がしたが、気にしない事にした。

 賃金はすでに払ってある。この小屋は彼と彼の相棒の貸し切りだ。先に到着していた馬車の荷台に思い切り体を投げ出し、一言。


「もういいぞ」

「――っはぁ」


 ぐにゃり、と黒毛の馬の体が波打ち、歪む。次の瞬間には、黒い馬体は黒い化け物のそれへと変わっていた。


「言いたい事はいろいろあるけどよぉ。

 トゥーク・サマーってお前……偽名にしても、もうちょっと……」


 化け物は、不満を並べながら荷台に乗り込み、ハゲと向き合った。


「人がおやつに買っといた、とっておきのアッシュブレッド、勝手にあげるのやめてくれませんかねえ!?」

「だから、言っただろ」

「後で奢るってそれ含めてか!? たっく……」


 ガシガシと、頭部のくちばし状の甲殻をかきむしり、化け物は荷物袋に手を突き入れた。中から取り出したアッシュブレッドを二つ、一つは自分の手元に置き、もう一つを男に投げ渡す。


「それはそれとして、だ。

 ……なんであのお嬢ちゃん、保護しなかった? 状況からして、俺らの保護対象で間違いないだろ。お前の事だから、なんか考えがあるんだろうが」

「状況が」


 受け取ったアッシュブレッドを齧り、飲み込む。独特の風味と甘みを味わいながら、つづけた。


「不自然だ。情報がもっと欲しいから泳がせる事にした」

「不自然? どだい、勇者召喚なんて不自然なもんだろ。世の中の法則に喧嘩売ってるようなもんなんだから。

 あの子は、召喚された哀れな被害者で……」

「勇者召喚。それをするとすれば、誰だ?」

「誰って……あの辺りだったら森の、エルフ共だろ」

「だったら、なぜあいつの周りは無人だった? 今頃俺達がいなけりゃ、エシャロットウルフの胃袋の中だ」

「……術式の事故で召喚位置がずれた可能性は?」

「それなら、そうと気付いた連中が勇者様を迎えに来るはずだ。それを考えて、通りすがりの振りをしたが……」

「追ってこなかった、と……お前、そのために」


 男ならば威嚇一つするだけで追い払えたであろうエシャロットウルフを、わざわざ殺した意味に気づき、化け物は声を上げる……血の匂いを意図的に振りまき、目立ち、エルフに見つけやすくするための行為だったのだ。

 わかりやすく例えよう。外国から、VIPのお客様を、歓待しよう。だけれど手違いでどこか別の場所に行っちゃった。さてどうしよう、という時に――

 森の中に漂う濃い血の匂い。

 召喚した側からすれば、気が気でないだろう。


「召喚の座標ミスなら血の匂いがした時点で大きく動くはずだ。下手すりゃ、せっかく召喚した勇者が、野生動物に襲われて死んだかもしれないんだからな。

 だが、実際には……」

「全然全く、これっぽっちも追ってこなかった、と」

「あるいは、魔術か何かでやられた場合だが……」


 言葉の半ばで、化け物が肩をすくめた。


「専門家の俺が断言する。魔術的な追尾や監視は一切行われてない……神のものを含めてな」

「こうなると、最初から、森のエルフは無関係とみるべきだ」

「おいおい、じゃあ……」

「後、あいつの薄っぺらな嘘」


 男は、綾の記憶喪失を欠片も信用していない。


「なぜ、被害者の筈のあいつが、記憶喪失なんて嘘ついてまで、ごまかす必要がある?」

「……そりゃあ、お前……」

「情報収集がしやすいから、そう俺は見る。異論はあるか」

「そういうお前の根拠は……」

「勘」

「……勘かぁ。そりゃ、卑怯だぜ」


 この男が「勘」といいだしたら、もはやそれは確定である。

 その事をよく知ってる化け物はガシガシと頭部の甲殻を搔きむしる。


「状況を整理しよう。あの子は、エルフの召喚じゃない、外的要因で異世界転移してきて、森のど真ん中に放り出されたと」

「YES」

「――ある程度の神性によるエルフの援助を目的とした召喚」

「NO。だとすれば、召喚直後のあの醜態の説明がつかん。

 神様召喚の典型は逸脱したスキルの付与だが、あいつがそう言ったものを用いる様子はなかった。第一、そうならエルフ側に通達があって、保護するように仕向けるはずだ」

「偶発的事故による異世界転移」

「NO。それならば記憶喪失を装う必要はないし、あの中途半端な冷静さの説明がつかない」


 実際に召喚された奴は、綾のような振る舞いはしない――エシャロットウルフによる命の危機も含めれば、もっとパニック状態になるものだ。彼等はその実例をいくつも見てきた。

 ……その中にはかなり痛々しい行いをする者たちもいたのだが、そこは、心に蓋をして忘れ去ってあげるのが優しさである。


「集団召喚による爪弾き」

「NO。集団召喚なんて大ごとだったら、騒ぎの一つも起こるはずだ。それにしては森が静かすぎた」


「愉快犯的な神性による召喚」

「NO。そんな存在が関与してるなら、『観てる』筈だし、それなら俺達のどちらかが気付く」


「……本人を含めた、人為的による、異世界転移……」

「YES……よりのNO。現状、情報が少ない」


「大穴、ただの迷子」

「NO。服装に銃刀法違反云々……確実に異世界からのお客さんだ」


「記憶喪失を装って情報収集をしてる節があって……」

「…………」

「なんてこった」


 咀嚼、嚥下、会話。咀嚼、嚥下、会話……以上の流れを、マナー違反にならない程度に繰り返す二人。

 情報をまとめ、出した自身の結論に、化け物は愕然となった。


「厄ネタじゃねえか……! 最悪は……」

「厄ネタの究極にしては、あいつは今一つ……いや、五つほどお頭が足りん」


 化け物の言葉を遮って、アッシュブレッドを食い切り、両手についた食べかすを払って、男は自身の結論を口にする。


「もっと、情報がいる。だから、保護するより先に放置した。

 文句は?」

「……ありません。降参です。

 けど、上が黙ってるかぁ?」

「黙らせるさ……何よりこの予想が正しければ情報の出所から確認しないとならん」

「確かに、妙な話になるよなあ。召喚前に情報を手に入れられた、ってのがそもそも……」

「とりあえず、状況を見極めてからだ……」

「だなー。あー、クソッタレめ」


 化け物の方もアッシュブレッドを食べ終わり、体を大の字にして地面に横たわる。


「上も上だ。秘密主義が過ぎるってもんだろうがよ……現場に位、情報のあれやこれやを伝えてくれてもよぉ……肝心の情報源は、あの子だが」

「間の抜けたやつだ」


 実際、男としてはそれ以上の評価を下しようがない。雨あられと質問を投げかけられ、答えはしたものの、綾の方から自分の事を話すことは何一つなかった。

 記憶喪失という設定を考えれば当然の事だが。


「けど、聞き耳を立ててた感じ、いい子っぽかったけどなあ。

 亜人への差別意識もほとんどなかったみたいだし」

「確かに。あれなら、お前の方がよっぽど問題だ」


 最後に見た時は、雷獣と人間のハーフらしき自警団員に連れられて、名残惜しそうに何度も男の方を振り返っていたものだ。

 雷獣。雷を纏う獣人として恐れられる獅子顔の獣人族であり、亜人都市の亜人の中でも最強クラスの戦闘種族である。

 肉体的なポテンシャルも脅威だが、雷獣の名を轟かせる大きな特徴は、その肉球だろう。

 雷獣の肉球は柔らかいだけの物体ではない。電気を発生させるのだ。

 普通にぷにぷにするくらいなら問題がないのだが……一定以上の刺激を与えてしまうと刺激の強さに比例した電撃が放たれる。綾の力でも、力強く押せば目の前に星が舞って気絶するくらいの電撃は軽く発生する。

 まあ、出会ったばかりの相手の肉球をつつき倒すような真似は、すまい。

 いくら綾が世間知らずでも、その程度の常識は期待したいところだ。


「おい」

「あん?」

「……その情報だが……向こうから来たぞ」




 ハゲ達が語らう小屋から一区画ほど離れた路地裏に、男達はたむろしていた。数にして五人。二人が路地の入口を見張り、後の三人は人目をはばかる作業の真っ最中だった。

 ――対象は、油断のならない相手だ。心してかかれ。

 上司から告げられた忠告を、男たちは軽んじるつもりはない。

 ミーティングで伝えられた男達に関する情報を鑑みれば、当たり前の事だった。ハゲと化け物、双方が百戦錬磨の手練れ……正攻法で挑めば、男達程度の戦力では命がいくつあっても足りないだろう。

 故に、襲撃は万全を期して行わなければならない。

 装備――すべてがメンテナンス済み。いつでも最高火力を出せる。

 体調――万全。各種栄養タブレット接種済み、パラメータに乱れはない。

 状況――最善。敵は小屋に馬車を乗り入れて以来、動く様子がない。こちらの存在には、気づいていないとみていい。

 作戦のための人員――


「……! ……っ!!」


 問題なし。

 猿轡をかまされ、身をよじる獣人を押さえつけながら、男の一人が手元の爆弾をくみ上げていく。

 原始的な世界の物理法則に合わせた、単純な爆弾だが……問題は、ない。

 そもそも、情報が確かならば爆弾程度で死んでくれるような相手ではないのだ。

 爆弾は目くらまし。

 本命は、目くらまし後に行う、重火器による一斉掃射である。

 ただ爆弾を放り込んだだけでは、効果は薄い……なので、ひと手間加えて陽動をより効果的にするのだ。

 爆弾を、原住民に括り付けて、小屋に放り込む。

 原住民を助けるよう――そう考えるような甘い相手なら儲けもの。

 その一瞬の判断の迷いが、男達の付け入るスキとなるのだ。

 爆弾を解除する暇は与えない。そういうぎりぎりの時間設定でこの時限爆弾は組み上がっている。相手にできるのは、爆弾を切り離し、身を盾にして原住民を守るか……あるいは、原住民を見捨てて爆弾ごと蹴りだすか。


「……っ!! っ!!」


 そうなったらそうなったで、別に構わない。相手が悪手をうってくれるかもしれないのなら、労力は惜しむべきではない。それが、男達のロジック。結果失われるであろう原住民の命など、気にも留めない。

 男達にとっての原住民の命の価値など、その程度のものだった。

 しかし、それには暴れまわられては面倒だ。二人掛でなければ取り押さえられない辺りは、さすがは獣人……野蛮な、原生生物といったところか。

 両手足を拘束されてもなお跳ね回る獣人の娘に、男達の一人がスタンガンを取り出して意識を刈り取ろうとして――


「……っ!?」


 見張りの二人の首がズレたのは、その時だった。

 獣人を押さえつけていた二人の視界の中、音さえなく二人の首が落ち、血の噴水が上がる。


「……誘拐……いや、使い捨てか。なんにせよ、現行犯だな」


 倒れ伏す二人の間を、人影が立つ。どういう立ち回りをしたのか、一滴の返り血も浴びていないその姿は……ハゲていた。

 バンダナは外され、堂々たるバーコードハゲが月夜を照らし返す。手に抜き身の刀をぶらりとたれ下げ、油断のない目をこちらに向けていた。

 小屋にいるはずの、目標の片割れがそこにいた。


「結解展開、人払い完了。そこにいる小娘以外、巻き込む心配はないぞ」

「そうか」


 ハゲの背後から、ひょこりと顔をのぞかせるのは化け物――魔王と呼ばれる怪物である。

 襲撃が、バレていた。しかも、逆に襲撃を仕掛けられている――!

 その事実に、男達は狼狽することなく冷静に対処した。

 まったく同時に、示し合わせもなしに各々の動きを取る。

 一人は、武器を構え、ハゲに狙いを定めた。

 一人は、押さえつけていた獣人の体を、ハゲに向かって解放した。

 一人は、手にしていた爆弾をハゲに向かって投げつけた。

 銃口、獣人、爆弾……三重の敵意に迎えられたハゲは、一瞬にも満たない間で判断を下し、行動に移す。

 一つ、体を低くして地面すれすれ駆け抜ける事で、銃口を躱す。

 二つ、背中を通り過ぎる形となった獣人の体を掴み抱きかかえる。

 三つ、眼前に迫った爆弾を、拳で殴り飛ばし、上空高く跳ね上げて――

 大爆発が、夜陰を切り裂いた。



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