かつてのディンブルゲン
「と、このような内容の話を、小父様から聞いたのですが……」
話の種にと尊敬する小父の話題を出したイザベルに、
「あーあー、あったなぁ、そんなやり取り」
返事は足元から帰ってきた。馬車を下から持ち上げているためであった。
今、綾達がいるのは王都とディンブルゲンをつなぐ街道――その上空。
綾にとっては懐かしい、馬車を使った空の旅であった。
「あったなぁ……って……お気づきになられなかったのですか?」
「いや、んな事言われても……超人組合だって、イザーク名義で登録してたんだろ? なんもかんも、イザークなんて名乗ってる磯部坊やが悪いんだよ。磯部名義で登録してくれたら会いに位はいったさ。
ディンブルゲンの自警団団長が甲種勇者なのは耳にしてたが、俺ぁ、てっきり、天然物の転生勇者だとばかり思ってたんだ」
あの後……綾達は急遽事態を超人組合の本部に通報し、折り返しで下った指令で、事態の鎮圧を命じられた闘とアルトエレガンは、綾達三人と共にディンブルゲンに向かう事となった。
アイとイザベルは関係者として……綾は、警護対象でもある為、一人置いて行くわけにもいかず、成り行きで同行する事となった。
成り行きで警護対象を修羅場になるかもしれない現場に連れ出すとか、質の悪い冗談だ。
だが、現状、この世界で動かせる戦力がない以上、他に選択肢はない。
それが、大規模な転生テロの鎮圧ともなれば、なおさらである。
「磯部坊やの事はよく覚えてるよ。印象に残ったしな。
このアハトベルンって世界は、40年前に、大規模な転生テロを引き起こしてなあ。渋谷のスクランブル交差点に、大型トラックで突っ込んだ」
馬車の下から、過去を懐かしむような声が聞こえてくる。
「ディンブルゲンのエルフが、亜人の奴隷解放を目指して、自前で妊婦を種族ごとに何人も用意してな。磯部坊やは、想定したより多く人を転生させられたんで、もののついでで、たまたま近くで産気づいてた妊婦に突っ込まれたらしい。
こりゃあいかん、ってんで、俺が迎えに行ったわけだ。酷いもんだったぜ。今話に出てきた、磯部坊や以外は、亜人種族解放! って洗脳みたいに言い聞かされて育てられてたんだ。
迎えに行った時も、磯部坊や以外からは歓声で迎えられたっけなあ。
勿論、帰る事を選択した奴らは、俺が責任をもって連れて帰ったよ」
「……ご両親からの抵抗は、なかったんですか?」
綾が口にしたのは、至極当然の疑問だった。
「あったが無視した。悪いけど、こればっかりは本人達の意向が最優先だ。磯部坊やが残ったのも本人が望んだからさ。
戻る事を選んだ連中は、自分を殺した連中の為に何かするなんて、まっぴらごめんだってみんな口にしてたぜ」
「そう、ですか……本人達が望んだのなら、仕方がないですね……けど、何か、もの悲しいというか……」
「ディンブルゲンの亜人たちが、転生テロを企て、アルトエレガン様に捕縛、あるいは捕殺されたのは、有名な話です」
アルトエレガンの説明を引き継ぎ、イザベルが口を開いた。
「それをきっかけに、ディンブルゲンでは亜人に対する弾圧が強まりました。元より、奴隷都市とさえ呼ばれる酷い場所だったのですが……」
「うちの親父も、偉い迷惑被ったって、よく愚痴ってわねえ。その辺りは」
アイも話題に乗っかかる。
「亜人都市って言ったって、一枚岩じゃにゃい。転生テロを行って、捕縛されたのはごく一部の過激な思想を持ってた連中だけにゃんだけど……
それでも、亜人がアハトベルンの名誉を傷つけたって、風当たりが強くにゃったらしいわ。普通につつましく暮らしてた亜人にとっちゃ、いい迷惑よ」
「……けど、今は違うんですよね?」
「はい! それはもちろん!」
その言葉を待っていました、とばかりにイザベルが声を張り上げた。喜色面々、まるで、大好きな家族を自慢するかのようなキラッキラした顔で、えっらい早口でまくし立てた。
「亜人蔑視と人間憎悪の感情で満たされてぐつぐつに煮えたぎっていた、20年前のディンブルゲンを、誠意をもって話し合いの場を設け、穏健派同士手を取り合い、時には武力も行使して、ディンブルゲンの自警団を設立したお人こそ! 何を隠そう小父様……イザーク・ラムダその人なのです!
その影響は王都にまで及び、世界を巻き込んだ奴隷解放運動に発展しました! そして超人組合からは甲種超人に認定され、公爵でさえ道を譲るとされていますわ! その活躍は、王都では歌劇のテーマにさえされているという、我が国の誇りです!」
「奴隷解放云々は、地球系列世界からの文化が流入した事による影響も大きい」
ハイテンションなイザベルの説明に、闘が補足を加えた。
「が……うまく尻馬に乗って、影響を加速させたのは事実だ」
「……!」
「睨むな。誉めてる」
言い方が悪く、イザベルに睨まれたがどこ吹く風だ。
「……そういえば、前に過激な人達が、エシャロットの森に移住したって……」
「はい……その通りですわ」
イザベラのテンションが、目に見えて一気に下がった。苦虫をかみつぶしたような顔になり、我が身の恥とばかりに話し始めた。
「……人間がそうであるように、亜人も一枚岩ではありませんでした。人間に対し、声高に復讐を叫ぶ者や、オープンワールドの文化を受け入れようとしない者……ディンブルゲンの今をよしとせず、さらなる先鋭化を望む勢力が存在し、エシャロットの森に追放されたのは事実です。
小父様にとっても、苦渋の決断だったと思いますわ」
「……あれ? けど、イザベルさん、エシャロットの森の出身なんですよね? その割には思想が何というか……」
「追放された、と一言によっても、理由は人によりけりでしたから。
私の両親は、エルフの王族の血を継いでいて……臣下たちの手前、恭順を選ぶことが出来なかったのと、小父様以外の人間を信頼できなかったのが大きいかと。
幸い、小父様だけは例外だと、我が家と小父様は追放後も交流があって、そのご縁のおかげで、今ここにこうしているわけですわ」
「王族……!」
「人族に攻め滅ぼされて、滅んで久しい王家のですがね……ただ、兄は……
周囲の影響もあって、あのような」
森の環境に影響されて、過激派思想に染まってしまった兄。
町の影響をうけて、穏健派思想に染まった妹。
意見の食い違いは対立を生み、些細な兄妹喧嘩では済まされない亀裂を二人の間に作った。
「ついには、あのようなお恐ろしい計画まで……! その計画を知り、居ても立ってもいられなくなった私は、小父様に事の次第を報告し……アルトエレガン様への報告書を、託されて王都へ旅立った……というわけです。
待合室で捕捉されたところに、アルトエレガン様が……」
「そう、だったんですね……
その、計画っていったい……」
「綾」
知的好奇心の赴くままに口を動かす綾に、闘から釘がさされた。
「あまり嘴を突っ込むな。お前はあくまで、もののついででついてくるんであって、直接の関係者じゃない」
「……! す、すいません」
「こればっかりは、俺も賛成かなあ。いやまあ、自分が巻き込まれた事態を把握したいのは、誰でも同じだけれども」
足元から賛同の声が聞こえて、綾は赤面した。超人達に囲まれていい気になっていたが、今の綾は、ただの第三者……重要人物ではあるが、渦中の人物ではないのだ。
「にしても、ほんっとにすまんねえ綾ちゃん。俺らの都合で引っ張りまわしちゃってさ。
どこか、信用できるところに預けられたら一番よかったんだけど……」
「いえ、そんな……謝らないでくださいアルトさん。
私、お二人の事を信頼してますから」
続くアルトエレガンの言葉に、綾は微笑んだ。綾は、自分の命と故郷の危機を救ってくれたこの一人と一匹に、全幅の信頼を置いていた。
「そのお二人が、判断したって事は、他に選択肢がないっていう、そういう事なんですよね?」
「ああ。多分に、政治的な意図が含まれてるがな」
新聞にも出てた転生トラックテロ――あれさえなければ、この事件の解決は平超人に任せて放置してもよかった。
だが、今はだめだ。
あの転生トラックテロで、今地球系列世界では反エルフの空気が漂っている。そこに、又エルフの手で大規模テロなんて起こされば――今度は、エルフ種廃絶などという流れになりかねない。
それを煽って、率先してやりかねないのが、円卓内部にもいるのだから。
綾の存在を入れて考えても、円卓……超人組合の最大戦力の一角である闘とアルトエレガンをもって事に当たるべし。超人組合上層部も、そう判断したからこそ、二人に事態の解決を一任したのだ。
「……ああもう、難しい話はやめだやめ。どうせ、向こうについたら磯部坊や交えて話し合う事になるんだ。
建設的な話をしようぜ……綾ちゃんの師匠筋、どうするか、とかな」
「師匠筋、かあ」
一通りの状況を聞かされていたアイは、うーんとうなって、
「魔術の使い手にゃら、自警団にも結構いるけど……師匠筋とにゃると。
やっぱり、ちゃんとした魔術師に師事したほうがいいわよね」
「いーや、ダメだ」
アイなりに考えて出した答えを、アルトエレガンに一蹴される。
「あまり、魔術を学問としてとらえ、その探求をメインにしてる専門家に、綾ちゃんは任せられん」
「……にゃんでよ」
「綾ちゃんが、魅力的だからだよ」
しばし。
空気が固まった。
「ちょっと……」
綾の体をかばいながら、アイがジト目で突っ込んだ。一同の反応がおかしい事に気配で気付き、アルトエレガンは慌てて、
「ん? あ――いや、違うよ!? 確かに綾ちゃんは魅力的な女の子だけども、そういう意味で言ったんじゃない!
魔術師としてみて、金の卵だからだよ!」
「金の卵ぉ?」
いぶかしげな様子を隠そうとすらせず、アイが問い返した。
「そうそう……綾ちゃんの無限動力は、うまく制御出来たら無限の魔力、なんてーもんを生み出せる代物だ。
そんなのを、魔術師が目にしたら……自分の為の魔力源にしようとするか、自分の後継者として、一流の魔術師に育てようとするかのどちらかだ。
俺も魔術を嗜むものとして、そういった欲が出るのは理解できる」
「……魔力源云々はともかく……後継者にする、というのは名誉な事なのでは?」
「普通ならな」
イザベルの疑問に、闘が代わりに答えた。
「だが、綾が目指そうとしてるのは、超人だ。魔術師じゃない」
「あ……」
「そうそう。極端な話、魔術師としては三流で終わってもいいんだ」
闘の補足をさらに引き継ぎ、足元からの説明が続く。
「生体の例外性の中で運用できる魔術……身体強化さえ人並み以上にこなせればいい。そんなのは才能がもったいない! って言って、無理に外堀埋めて逃げ道断って、魔術師になるのを強制してくるような奴は、ダメだ。
ってか、実際、超人志願者の地球人をそうやって囲い込んだ実例がいくらでもある。無限の魔力がなくても、地球人は化学反応ですごい事んなるからね。
その辺りの欲がなくて人に教えるのが上手い……そんな魔術師に思い当たる節ないか? アイちゃん、嬢ちゃん」
「残念だけど、にゃいわねえ……魔術師自体、あまり知り合いにいないし」
「私は、つてを頼れば魔術師は思い当たる節はいくつもありますが……」
アイは肩をすくめ、イザベルは顔をしかめて、
「エルフの魔術は、その多くが大自然を利用する……生体の例外性に無関係な、体外で完結する魔術ですから……その、綾様の事情は、喫茶店で大雑把に聞かされた事しか知りませんが、妥当ではない、かと」
「いっその事、片っ端から面接会でも開くかあ………」
深い考えなどなく、完全な思い付きを口走るアルトエレガンであったが、それに闘が反応した。
「面接会――それだ」
「は?」
「人を募集して、面接で決める……悪くない」
「悪くないって、どういう基準で決めるんだよ。最優先するのは人となりだが、そんなもん面接でわかるようなもんじゃないだろ」
「勘」
闘の返答は、単純明快にして簡潔。
「俺が、勘で決める」
「勘かぁ」
この男が『勘』と言ったら、それは絶対である。
その事をよく知っているアルトエレガンはそりゃ、これ以上の面接官はいないと納得した。無限動力に目の色を変えた下心持ちなど、余裕で弾けるだろう。
「じゃあ、いったん事態が落ち着いたら、募集、かけてみっか」
「ああ、そうだな」
闘の視線が、馬車の前方に向けられる。
「綾の事は、この事件が終わってからだ」
視線の先に、ディンブルゲンの街並みが広がっていた。




