陰謀
「……大丈夫? 綾」
「だ、大丈夫です。もう大丈夫です。人類、皆兄妹。大丈夫です!」
「……ほんとに大丈夫??」
まだ若干目つきの怪しい綾と、それを気遣うアイをよそに、闘は地図を眺めていた。目的地への道程を目線で追い、相棒に指示を出す。
「アルト。次の道、左だ」
「あいよ」
「……そういやあ、そもそもの話にゃんだけどさ」
状況が落ち着いてきたからか、アイにも考える余裕が出来たようだ。
改めて、御者台のハゲと馬に化けた怪物を見やって
「あんた達、にゃにものなの? どう考えても傭兵じゃないでしょ」
「超人組合」
「…………は?」
「超人組合の人間だよ、俺達は」
「超人……?」
「組合……」
その答えを聞いた二人の反応は、極端だった。綾は言葉の意味さえも分からずに首を傾げ、アイは――
「道理で……強い筈……!」
愕然とし、自身が塔に挑むドン・キホーテであった事を思い知らされたのだった。
超人組合――この世界における、別の呼び方は。
「勇者組合……! あんた達二人とも勇者か……!」
「その呼び方はやめてくんねえかなあ?」
アルトエレガンは、苦虫をかみつぶした顔で首を百八十度回した。今度は無言で馬体に蹴りを喰らい、元の位置に戻すも、不満はたらたらだ。
「勇者、勇者……! まったく、俺が勇者だなんて何の冗談だ……アキラの奴が見たら大爆笑だろうよ……!」
「……え? 勇者って……あの、漫画に出てくる勇者の事ですか??」
「その勇者で、あってる」
ぐちぐちと呟くアルトエレガンをよそに、綾の疑問に答える闘。
「なんで、ここで、勇者……?」
「お前の世界の地球に、勇者召喚とか、異世界召喚とかいう種類のサブカルチャーはあったか?」
「あ、はい。あります」
その手のサブカルなら、暇つぶしに友人に勧められ、読んだことがあった。正直、お勧めされたものは、物語として好みではなかったけれども勧善懲悪を徹底した内容は、ストレスフリーで読めて楽しかった。
「剣と魔法の世界に召喚されて……あれ?」
途中まで口に出して。
何かが、引っかかった。その状況は、まるで……
「あるんなら話は早い。俺達が、今回、ディンブルゲンに向かったのは――
違法な異世界召喚が行われる、って内容の密告があったからだ」
「いほうな、いせかい……?」
「事実は小説よりも奇なり~ってな。そういうのが、結構あるんだよ。物語みたいに、人を異世界に召喚して云々ってのが。少し、考えて見な、綾ちゃん」
鳩が豆鉄砲を喰らったようになる綾に、不機嫌丸出しのアルトエレガンからアドバイスが入った。
「いきなり異世界に召喚されて――まあ、これは今の君の状態が近いから、理解できると思う。そんな状況で『魔王のせいで世界が滅びそうなんです、助けてください~』なんて、言われたらどうよ?」
「……どうって……」
もし……この世界に放り出された直後。闘に保護される前に、そんな事を言われたら……
自身がその状況に置かれていただけに、簡単に状況をシミュレート出来た綾は、飛び切り素直な結論を出した。
「正直、手に余るんで……遠慮したいかな、と」
「そうしたらこうだ! 『元の世界に変えるには魔王を倒すしかないんです! そこをなんとか~』ってな」
「そ、それは……」
「勿論、魔王を倒したって元の世界になんて帰れない。骨の髄まで甘えてしゃぶりつくし気満々だ……! それがなくとも、普通に考えりゃ未成年者への略取誘拐だ!
勇者召喚なんてのは異世界の恥だ! 恥! 自分の手じゃあおケツもふけないから、代わりに拭いてください~って、自分の世界の恥を叫んでるようなもんなんだよ!」
怒涛の罵倒であった。先ほどまでお茶らけていた人物の、あまりの剣幕に綾は気おされ、アイはあっけにとられる。
「……人間だれしも、地雷があるって事だ」
闘の言葉は簡潔だが、わかりやすかった。
要するに、アルトエレガンにとっての地雷が、異世界召喚……勇者召喚なのだろう。
「なもんで、オープンワールドじゃあ、そういう異世界召喚は犯罪行為なのさ。それを取り締まるのが俺達「超人組合」だ。
大本を辿れば、オープンワールド……超次元国際連合の成り立ちそのものと関わってるんだが……ま、長い話になるから端折る」
「個人的にすごく気になるんですが……」
「……そのうち話してやるよ。そのうちな。
超人組合については、そういった異世界召喚を始めとした勇者が必要とされるケースに対応する機関だとでも思えばいい」
「一人一人が、勇者、何ですか?」
「勇者もいるし、勇者じゃない奴もいるよ。俺とかね!
俺!! とかね!!」
とにかく勇者呼ばわりがいやらしいアルトエレガンは殊更に強調して言いつのった。
「勇者の代わりに勇者が必要な状況に対応する人間の集団、司法組織。それが超人組合さ。
通報で、ディンブルゲンの近くで違法な勇者召喚が行われるって通報を受けて、派遣されてきた。召喚された人間を保護して、送り返すためにな」
「そこで――私と出会った」
「そういう事だ。出会った瞬間、そうとわかったがな。
西暦世界で一般的な制服に、服の素材。ファーストコンタクトの時に漏らした銃刀法云々……が、状況が見えなかった。突発的召喚にしては冷静で、森のエルフ共が召喚したにしては人気が無い。
こりゃ、何かあると思って、泳がせた……その結果が、現状だ」
「うぅ」
泳がせたという、保護を放棄した行為に対して咎める気は起きない。むしろ、自分が勝手に、ここが未開の世界と早合点して、情報を秘匿してから回った結果、状況を複雑化させたのだと、罪悪感ばかりが積もる。
「ふたを開けてみたら、次元物理学の権威の娘……超がつくVIPだったわけだ。実は君が自警団詰め所にいた間、俺が魔術でマーキングして、遠視してたんだけど……気付いた?」
「気付くわけないじゃないですか」
さらっとプライバシーを侵害する発言をするアルトエレガンにも、特に不快感は感じない。だって、それがお仕事みたいだし。
「しかも、空間転移装置の非常停止キーのおまけつき……そもそも、なんで自分の娘にそんなもん持たせてんのかねえ……」
「……父さんは、希望だって、言ってました。
人類が、道を誤った時のための……実際に、間違いつつ、ある訳ですし」
せっかく取り戻しつつあった元気に水を指してしまい、アルトエレガンはうめき声を上げた。
――闘が、より、直接的な質問をぶつけたのは、そんな時だった。
「おい」
「……なんですか?」
「お前の世界が攻め込もうとした世界の特徴はわかるか?」
「太陽が六つあったり怪獣が光線を吐いてたり――」
「何だそりゃ」
「またトンチキな」
「それで、変わった鉱石が採れる世界なんですよ。
何もしてないのに、いくらでもエネルギーが採り出せる石らしいんですけど」
「なんだと?」
「ぶぺっ!?」
闘の顔色が変わり、アルトエレガンが吹いた。
血相を変える相手の様子に、綾は面食らいながら言葉を続ける。
「は、はい……その技術のおかげで、私の世界ではちょっとした技術革新が起こっているんです。光学迷彩とか、テレポート爆弾とか……」
「光学迷彩はさっき味わったけど、テレポート爆弾もかにゃり物騒にゃ名前ね……」
文字通り、テレポート技術でどんな場所にでも直接送り込める爆弾である。
「――ダスト・ストーンだ」
ぽつりと、闘がつぶやく。
「え?」
「ダスト・ストーン。エーテルドライブの原材料……
厄ネタぁっ! ジュダーズの時点でわかってたけど厄ネタ確定したぁっ!!」
「と、闘……さん? アルトさん?」
忌々しげに表情を歪め、不満を吐き散らす姿に、綾は唖然とした。
「本気でその戦争止めに行くなら、一つだけ覚悟しておけ」
「え?」
「今回の戦争……お前の世界が仕掛けてるんじゃない。お前の世界が仕掛けられてるんだ。このままじゃあ、宇宙の藻屑にされちまうぞ」
至極真剣な顔つきで告げられた言葉に、綾は愕然とした。
「まず、大前提を一つ、知っておきな」
先程までのお茶らけた空気の一切を吹き飛ばし、アルトエレガンが真面目な口調で言う。
「君たちが攻め入ろうとしてる世界の名は、ガゼロット。
一つの軍事国家が統一した世界で……ダイソンスフィアやワープ航法なんかの、地球系列系統のSFで表現されてる超技術は一通り再現しちまうような、超化学の世界だ。
もとを正しゃあ、地球系列世界の一つなんだけどな。
この世界の技術で特徴的なのは、『エーテルドライブ』っていう無限動力機関と、それを応用した広範囲殺戮爆薬『エーテルボム』……星一つ粉々に出来る化け物みたいな爆弾だ」
「ほ、星一つ……」
いきなり、想定外の方向に広がった話の内容に、綾の目は何度目かの軽いパニック状態に陥った。異世界間の戦争が戦争にならないのは、今までの話から分かっていたが――知らされた向こうの真の姿は、今までの前提とは別ベクトルで戦争が成立しそうになかった
「高威力過ぎて、ガゼロットの衰退に繋がった程の、な」
「その話にゃら聴いたことあるわ。反乱起こす植民惑星を片っ端からぶち壊してたら、領土が十分の一しか残ってにゃかったって。あれでしょ? 惑星云々は実感わかないけど、バカにゃことしたもんだって話題ににゃったわよ」
アイにさえそういわせるほどの、有名な話らしい。
「そう。それだ。ダストストーンは、その中心角に組み込まれる……核動力で言うところの核物質に近い……これ自体は微弱ながら他次元でもエネルギーを放出する。
ガゼロットでなけりゃあ、無限動力にはならんがな」
「す、すごい技術ですね……夢の国みたい」
素直に感心する綾だった。リスク無しの無限動力……エネルギー工学に詳しくない綾でも、それがどれ程素晴らしい技術か理解できる。
「ところが、全然そんな事はなかった」
が、闘の言葉は、綾の想像を粉々にぶち壊す。
「確かに無限動力は画期的だし、その他の科学技術もぶっ飛んで進んでる世界だ。それを使った巨大ロボットまであるが……その超技術のすべてが、ガゼロットでしか通用しないのさ」
「あ――!」
異世界、すなわち物理法則の異なる世界。闘の言わんとすることを完璧に把握できた。
「画期的な技術、なんてのは大概異世界じゃ役に立たないもんだ。さっきも話した、異世界の物理法則の壁に阻まれて、ろくに動きゃしない」
「ダストストーンがエーテルドライブとして機能するのは、ガゼロットの物理法則でのみ。
自分達の世界でしか運用できない技術なんぞ、今のオープンワールドじゃあたいした価値にはならない。その上、連中はエーテルボムの使いすぎで自国領土を壊滅状態に追いやってるからな。交易に回せる様な資源はいっさい無い。
酷いもんさ……残った国土は資源を採掘しつくして荒れ放題。市民は毎日の食事にすら事欠く有様……不況じゃあなく、食物事態が無いって意味でな。
居住可能な惑星に至っては、首都星一つだけだ。
エーテルドライブがなけりゃあ、とっくの昔に滅びてるってのが、俺達の共通認識だ。下手に一つの宇宙を支配したって言うプライドがあるから、他国に支援を求めることも出来ない……」
「資源がにゃいから交易もできず、プライドが高いから助けを求めることも出来にゃい……八方塞がりじゃにゃい」
「そう、八方塞がりなんだよ。目先の利く企業の中には、ガゼロットを見捨ててよその世界に移るやつらもいる位だ。
その状況を打開する手段として連中が始めたのが……異世界の、開拓事業……そういうお題目を掲げた、侵略戦争だ。
飢えをしのぎ滅びを免れるために、奴らは異世界への軍事行動を繰り返した。今じゃあガゼロットは全次元最悪の軍事国家って訳だ……結果は芳しくなかったわけだがな」
「物理法則が違うから、ですね」
闘に言われるまでもなく、綾は今まで聞かされた話の内容を反芻して、自身で結論を導き出した。無限動力を組み込んだ兵器は確かに強力かもしれないが、動かないのでは意味が無い。そして、侵略戦争とは基本的に敵地に攻め入って行うものである。
「ああ。物理法則の壁がある以上、異世界への侵略戦争なんて、割に合わないんだよ。
最初の頃は、サイボーグ使ってそこそこの戦果を挙げてたらしいが、超次元国際連合だって馬鹿じゃない。きっちり反撃してお灸をすえた……そこで連中は、やり方を変えた」
「え?」
「簡単だ。敵国を自分の世界に攻め入らせればいい」
「なっ……!?」
予想もしなかった方法に、綾の息が止まる。
しかしよくよく考えれば、それはとてつもなく合理的なのだ。もし、敵が大挙して自分の国に攻め込んできてくれれば、次元特有の兵器を思う存分使う事ができるのだから。
「方法は様々だが、奴らは自分の世界に攻め来た未開次元を、いくつか植民地にしてる。最終的には次連の介入で開放されるが、採算が黒字になるように計算して行動してやがるのさ……反撃って言う、大義名分もつく。
奴らは被害者面してるが、実際は相手を煽った結果だ」
「そ、それじゃあ……」
「昨晩襲ってきたジュダーズってのは、ガゼロットに存在する傭兵結社だ」
「――なっ!」
そこまで言われてようやく……綾は、事態の主導権が自分の世界ではなく、ガゼロットの側にある事を認識した。
綾の世界の化学力は確かに躍進しているが……上回るか学力と、無限動力を擁する軍団を相手に勝利できるほどではない。
アメリカ政府がガゼロットのなんらかの工作で異世界への武力行使に踏み切り、機械を停止させられる事を恐れて、綾を異世界に放逐した。
放逐したのは隼の兄心だろうが……ガゼロット側からすれば焦らずにはいられなかっただろう。何せ、送り込まれた先の世界は、異世界の存在が公にされ行き来する手段すら存在するのだから。
これで元の世界に帰られて非常停止キーを使われては、すべてが御破算である。それを防ぐために、綾を自分達で確保しようと動き……その結果がこの状況。
「それじゃあ、父さんが見た世界は……」
「記憶に細工すりゃ簡単だろ」
「西暦世界はある程度まで物理法則が共通してるからな。記憶の改ざんそのものは、そんな難しくなかったんだろう。実際、俺も魔術のある世界なら出来るしな、記憶改ざん」
「原始的な世界を連想させるにはいい情報だしな。
どこの世界の政府も、最初に考える事は異世界への侵略だ。現に、お前さんはガゼロットを原始的な世界だと思ってたわけだし」
綾の口をついて出た疑問は、一瞬で回答を得られた。確かに、『ガゼロットが原始的な文明を持つ世界』で『魅力的な資源のある世界』だと思わせれば、後は簡単な工作で会戦にまで持ち込める。
だが、それには、一つだけ重要なファクターが欠けている。
「そ、それだと……異世界の情報は、どうなるんです!?
ダイソンスフィアにワープ航法……そんなものが実現化されてる世界なら、少し観察すれば相手の科学力が上なのはわかるはずです!」
綾の世界は未開の田舎世界かもしれないが、愚か者ばかりではない。
装置の稼働のため、きちんとした情報を収集し、安全確実な世界間移動を実現しようとしているのだ。対象の世界がそこまでの先進的世界なら、誰かが気付くはず――
「誰かが内部でデータを改ざんすれば話は早い。連中には、サイボーグ技術がある」
故に、整形は容易だろう言外ににおわされ、綾は愕然となった。
「そ、それじゃあ、研究員の誰かが……?」
「その可能性は高いな。何らかの方法で入れ替わってるんだろう」
「……っ!」
入れ替わる。その言葉を聴いて、綾の脳裏に浮かんだのは、『人が変わったようだ』と評される兄の姿だった。自分の顔から血が引く音が、鼓膜に響き渡る。
「お前の兄貴ってのは無いだろ」
「……なんで、私が兄のことを……」
「勘だ。
名前も顔も知られすぎた人間と入れ替わるなんて、リスキーな真似するはずが無いだろ。
それで、お前はどうするんだ?」
「是非もありません」
大体の情報交換を終えて、綾はぐっと拳を握りこむ。
「今すぐにでも故郷に帰って、非常停止キーを使って装置を止めます。
後は、事情を皆に話して、戦争を思いとどまってもらいます! 事情を話せば兄も分ってくれると思いますし……」
「確証がねえな」
「はい! ですので……皆さんの協力は、ここまでで結構です」
『は?』
思わぬ発言に間抜けな声を唱和させる二人と一匹に、綾は笑顔で、
「あんたらみたいなやばんなにんげんについてこられたらわたしのからだがけがれ」
「綾ー。棒読み棒読み」
「巻き込みたくないって気持ちに溢れてるな。この後の展望がまるで無い」
「あう」
渾身の演技が即座に看破され、綾は涙目になった。
「第一に、ここで俺らと別れてどうやって異世界に行く気だ?」
「ひう」
「第二に、現在軍に制圧されているであろう施設に、どうやって侵入する?」
「ぎゅう」
「第三に、上手く機械を停止させられたとして、どうやって説得するつもりだ?」
「ぐぅ」
「そもそも……お前、異次元への行き方とか、元いた世界の座標知ってんのか?」
固い決意で放った言葉の穴を、ボッコボコに論破される度に綾の喉が鳴る。
「数ある地球世界の一つ、じゃあ情報がおおざっぱすぎるわなあ」
アルトエレガンのダメ押しの一撃に、もはやぐうの音も出ない。
綾は二人と一匹を巻き込みたくないと考えているのだろうが、それこそ要らぬお世話だった。ここまで話を聞かされハイさようならの方が、余程気分が悪い。
アイもこれには呆れて、
「綾……ここまで来るとあたしも怒るよ? 具体的には肉球を強制的に押し付ける」
「そ、それはやって欲しいかも」
何故かうっとりとつぶやく綾であった。
「懲りにゃさいってば。
ここまで来たら一蓮托生! それに、綾だけの問題じゃにゃいんだから……正直、噂に聞く連中のやり口にはむかっ腹が立ってたし」
「俺もこの雷獣に同感だな。ここではいおしまいさようなら、なんて納得できるかよ」
闘も苛立ち混じりに同意してのけた。
「というかな」
「え?」
「お前、俺達と合流してから一度も助けを求めてないだろ」
「――っ!」
図星だった。
無意識のうちに、ではない。
明らかに意識して、綾は彼らに助けを求めることを拒んでいた。
これは自分の世界の問題だから。自分の問題だからと。
「はっきり言ってやる。
お前のそれは優しさじゃない。他人を巻き込むのが怖いだけだ……その結果としてお前のせいだと言われることが怖いだけだ。
安心しろ。俺もこいつも、そんな事は言わねえよ。そうだろ?」
「当たり前よ」
視線を向けられ、アイは笑った。裏表の無い、明るい笑みだった。
「あたしは元々弱い人を助けるために自警団員ににゃったんだ。
守る理由は十二分。更に綾への友情に人生賭ける理由も十二分。ついていく理由としては、併せて二十四分ってね」
「お前は自分の世界を真剣に助けたいわけだ。
なら躊躇うな。なりふり構わず俺達を利用しろ。
俺達に至っては――」
闘は好戦的な笑みを浮べた。酷く頼れるその笑みに、綾は涙が溢れそうになる。
「お前みたいな異世界転移者を保護して、背後事情を解決するのが、お仕事なんだよ」
「だ、だって……勝算も何もありませんよ!? たった四人で……」
「あるに決まってんだろ。お前は俺らの強さを見てなかったのか?
アルト」
「あいよぉっ!」
闘の声にこたえて、馬車をひいていたアルトエレガンの姿が消えた。瞬間――
浮遊感共に、馬車の外に見えていた風景が下にズレる。
慌てて、馬車の外をのぞき込めば――
「――うえぇっ!?」
馬車が、空を飛んでいた。
いつの間に潜り込んだのか、馬車を下から持ち上げて、アルトエレガンが空を飛んでいた。
「この調子で上空飛んできゃあ、三十分もありゃあ王都に到着だぁっ!
安心しなよ綾ちゃん! 孤軍奮闘って言葉があるが――俺達超人組合は、一個で軍をせん滅できる戦闘能力がデフォルトの化け物集団だ! 戦力の心配はするだけ無駄よぉっ!」
かっかと綾の心配を、杞憂だと笑い飛ばして、アルトエレガンは空を行く。
綾は自分が無謀で馬鹿なことをしでかそうとしている自覚がある。
自覚がある故に……そんな自分に協力してくれる二人と一匹の存在が、ひどく嬉しかった。心なしか、バーコードハゲの輝きが、頼もしく見えた。
「あ、ありがとうございます! 闘さん! アイさん! アルトさん!」
感極まった綾と、それをあやすアイリーンは、気付かなかった。
闘が酷く暗い表情で、小さく吐き捨てたのを。アルトエレガンだけが聞いていた。
「そうだ……納得できるかこんな事……!」