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その男はハゲだった  作者: 清河 桂太
ガゼロット編
17/89

衝撃の事実が津波のように


 綾が全てを語り終わる頃には、辺りが明るくなって朝靄が立ち込めていた。


「……それで、このイヤリングが生態認証の鍵なんです」

「ほぅ……」


 興味深げに話を聞いていた闘は視線をイヤリングに集中させ、何一つ疑問を差し挟む事無く聞いていたアイはふむふむと首肯する。

 二人の視線を一身に受けて、綾は非常にいたたまれなさを感じていた。


(き、気まずい……!)


 恐らく、二人は自分のことを、『間抜けな勘違いで事態を引っ掻き回した馬鹿女』だと思っているのだろう。自分が同じ立場だったらそう思うだろうし。


(あううううう……)


 ――結局。

 綾は己がもつ全ての情報……自分が阿呆な勘違いしていた事まで、全部喋らされてしまった。


「無力な現地住民ですってよ。失礼しちゃうわね奥さん!」

「誰が奥さんよ誰が」


 綾の視界の端で、アルトエレガンとアイがコントのようなやり取りをしている。その片割れであるアイは若干気まずそうに綾に声をかけた。


「えっと、まあ……そう思われても、仕方がない部分もあるから気にしにゃいで、綾。

 うち、解放されたのに文明の発展しない、田舎だし」


 ふっと、悲しげなものを思い出したような表情になる。


「いやほんと、王都のあたりと違って中々、ねえ?

 文化やら教育やらが、伝わってこなくて……」

「まあ、この世界自体、オープンワールド全体からすりゃあ、ド田舎もいい所だしなあ」


 アルトエレガンは、何処からか取り出したカップ飲料をストローですすりながら、


「物理法則も独特だから科学技術の類は全く伝わらない。

 この世界――アハトベルンでは、機械や車の類は精霊や魔力との兼ね合いで動かないからな。コンピューターの類は全滅だったか。確か」

「動いたってニュースは聞かにゃいわね」

「オープンワールドには、そういう世界、ごまんとあるからな。これじゃわからんのも無理はない。実際、カーウァイ連邦の方だと未だに異世界云々噂程度でしか伝わってないしな―」


 うんうんと肯くアルトエレガンに、綾はふと気になった疑問をぶつけた。


「……おーぷん、わーるど、って、何ですか?」

「俺達が勝手に使ってる俗称だよ。君風に言うと、異次元の存在を認知して、互いの交流を持ってる社会全体を指す」

「正式名称は超次元国家連合」


 アルトエレガンの返答に、闘が補足を加えた。


「「次元」を「超」えた「国家」の「連合」って意味で、そう呼ばれる」

「こっか……れんごぉっ!?」


 思いもしなかった言葉の羅列に、綾の喉から素っ頓狂な音色が漏れた。


「連合組めるほど、世界があるんですか!?」

「軽く一万はある」

「……人口ですか?」

「世界の数だ」

「……!」


 もはや、言葉もないとばかりに唖然とする綾。自分たちが悩んでいたことが、いかにちっぽけな事か、自分がいかにピエロだったかを数字で殴られ、思い知らされてしまった。


「一万……えっと、当然、世界ごとに、国家がいくつも……人口は、どのくらい……」

「世界ごとに安定せんからなんとも。数えてない世界もあるし」

「100兆は軽く超える」

「ひゃっ……!?」

「私らみたいな亜人含むともっといくらしいわねえ……数字が壮大過ぎて実感わかにゃいけど」


 にゃはは、と笑うアイに、綾はあわあわと取り乱す。当たり前である。


「う、うちの人類全体の人口が八十億です……! 百兆対八十億……た、戦いにならない! 戦争になんてなるわけがないですよぉ!」

「まあ、国同士の足の引っ張り合いとかあるから、いざ戦争となったら足並みそろわんだろうけど……数字の上だけでも戦争にならんわな」

「……は、早く帰らないとぉ!! アルトエレガンさん! 馬に! 馬に!!」

「落ち着け」


 お目目ぐるぐるになってパニックを起こす綾の頭を、闘がぽかりと叩いて。


「そもそもの大前提として、世界間の戦争なんて成立するわけがないんだよ。物理学上の、常識としてな」

「へ!?」

「まず、その辺りの授業からしようか……今すぐどうなるってわけでもないんだから、座れ。後、アルト」

「あん?」

「お姫様のご用命だ。もう少し、頼むぜ」


 返事の代わりに、アルトエレガンは馬に変化し、嘶いた。




 ぱっからぱっからと、王都への道を進みながら、闘は綾と……ついでに、田舎者でろくに情報を持たないアイにも、異世界の常識を教えることにした。


「まず聞いておきたいのは、お前の常識だ……お前、神経インパルス、限度はいくつだ?」

「し、神経……?」

「脳が見て、筋肉を動かして反応する、その限界速度だ。

 いくつだ?」

「えっと、確か……」


 以前、何かの本で読んだ記憶を引っ張り出し、答えた。


「0.10秒以下は、医学的に不可能だとされてます」

「そうか……俺は違う」

「へ?」

「俺の世界じゃあ、神経インパルスの反応速度は、鍛えれば鍛えただけ鋭敏化して限度はなくなる……そういう事になってる」

「そういう事になってるって……む、無理ですよ、物理学的――」

「お前の世界ではな」


 言葉を半ばでぶった切られて、綾は固まった。

 非礼で気分を害したからではなく、闘の言わんとする事を理解したからだ。


「俺の世界ではそうではない。いいか、これは、オープンワールドの常識だ。

 生体の例外性、つってな」


 闘は小さく掌を合わせて、袋を作る。ぴっちりと、隙間のないように。


「世界ごとに物理法則は違う。それは、小さな事になればなるほど差は顕著になっていく。重力、斥力、引力、圧力……お前の世界の神経インパルスと、俺の世界の神経インパルス……そしておそらく、この世界の神経インパルスも、それぞれが異なる計算式の下、限界値が定められる。

 だが、俺達の体には何の異常も見られない。お前や俺の神経インパルスは、物理法則の違う世界に来ても変わらない。普通なら、違う世界の法則にとらわれて、限界が変わったりして齟齬を起こすはずなのに。

 それは……」


 ぽう、と。

 闘の作った掌の袋が、発光した。


「生命体の内部は、例外的に、その生命が生まれた世界の物理法則が適用されるからだ」

「……!」

「これは、俺の故郷の世界で『気』と呼ばれる技術だ。

 俺の掌の中に、俺の故郷の世界の法則が適用されたから、使える」


 ぱっと掌を開くと、辺りを照らしていた光が霧消する。


「閉じるのをやめれば、この通り。

 お前が思っているよりも、物理学の壁っていうのは、厚いんだよ」

「……え……」

「Aっていう世界で最高の破壊力を持つ銃が出来上がったとする、それを、B、Cそれぞれの世界にもっていって使用したとすると……

 Bという世界では爆発し、Cという世界では弾詰まりを引き起こす。

 扱うエネルギーが大きければ大きいほど、物理学上の問題は顕著になっていくのさ。

 鋼の剛性さえ、物理学の影響で安定しないんだ」

「結局、その世界の技術で作った物を、その世界で使うのが一番強いって事さ」


 馬車をひいていたアルトエレガンが、顔だけを元に戻して、会話に加わる。


「だから、綾ちゃんが心配するような世界間の戦争ってのは、ほとんど起きない……起きても、綾ちゃんが想像したような銃撃戦にはならないのさ……一部、例外除く」

「一部……」

「キメラウェポン」


 アイが、得心したとばかりに肯いた。

 一方的に、王国側から聞かされるだけで、実感を供わなかった知識が、一人と一匹の説明で形になっていく。


「今のでようやくわかったわ……生きた武器。その世界の物理法則を、そのまま持ってこれるからこその、S級禁止事項……!

 見つけたら、麻薬よりも優先で取り締まれって、そういう事ね……!」

「そういう事。昨晩の戦闘で見たヘリも、キメラ兵装だろうな。板一枚剝がしたら、あのうじゅるうじゅるとした肉塊がべったりってなもんさ。

 ついでに言うと、広義的な意味では闘が着てる服もキメラ製品でね。

 生きた布地を使って、編み上げられた逸品だ。

 後は、俺らみたいなバケモン」

「化け物」

「そう、バケモン」


 普通なら誹謗中傷になるような言葉を自称し、アルトエレガンはからからと笑った。


「単純に物理で強いの放り込んで鎮圧させるって手段。故郷の技術で身体強化してぶんなぐる! 相手は肉片になる! 以上!」

「以上……って、あれ……ひょっとして」

「ん?」

「アルトエレガンさん、さっきの戦闘で使ってたレーザーって」

「アルトでいいよ」

「……アルトさんが使ってたあのレーザーって角の中で、何かしてたんです?」


 そのものずばり言い当てられて、アルトエレガンは上機嫌に口笛を吹いた。


「いやあ、そこ聞いちゃう? 聞いちゃう?? 俺、応えちゃう!

 あれはねー……」

「こいつに魔術関連は聞くだけ無駄だ」


 上機嫌で何か言おうとしたアルトエレガンを、闘が遮った。


「いちいち異世界ひとつづつ、魔術法則を学びなおして極めつくしてる変態だからな」

「変態たあひでえな闘ちゃんよぅ」

「じゃあ聞くが、お前、さっきの戦闘でそこの雷獣が死んだらどうしてた?」


 随分と物騒な家庭の話である。思わず鋭い視線を投げるアイをよそに、アルトエレガンは、


「ん? 俺、この世界の魔術法則でなら、死後一時間たってなきゃ死体がひき肉でも蘇生出来るから、蘇生させてたよ」


 さらっと、とんでもない事を言ってのけた。

 アイと綾、二人はしばし固まってから、顔を見合わせて、言葉を交わす。


「あ、アイさーん……この世界って、死者の蘇生って一般的なんですか?」

「ははははははは、綾、バカ言っちゃいけにゃいわよ。そんなの、おとぎ話の中だけよ」

「いや、さすがに魔術が存在しない世界だと手も足も出ないよ? まあ、そんな魔術の専門家からの知見を言わせてもらうと」


 ぱっからぱっから、アルトエレガンは喋りながら馬としての役目を全うする。行きかう人が、首から上が化け物という異形馬にぎょっとするが、気にせず喋る。


「魔術で、『万物一切を概念的に切り裂く剣』なんてものを作ったとしても、綾ちゃんには効かない。だって、綾ちゃんの体は異世界だから、魔術の法則は通用しない。

 子供がごっこ遊びで使う、何にも効かないバーリア! みたいなのが天然で張られてるようなもんさ」

「そうなんですか」

「まあ、今のは極端な話さね。概念的にじゃなくて、普通に鋭い剣なら効くし。

 そうだな、後は……速度辺りも縛られるな。

 俺と闘ってば、やろうとすれば光より早く動けるんだけれども」

「あははははは、ナイスジョークですねアルトさん」

「はははははは、冗談じゃないんだな、これが」


 乾いた笑顔で笑い飛ばそうとした綾に、アルトエレガンは無慈悲に事実のみを告げる。


「その、速度に関しちゃ、世界の物理法則に縛られる。光以上の速度が存在しない世界じゃあ、光以上に早くは動けない。物理法則の上限は越えられないって事さ。

 衝撃波だって発生しちまうし、中々自由にはいかないもんだよ。

 ……そういやあ、綾ちゃんよぉ」


 ぐるり、と首を百八十度まげて綾達を見るアルトエレガン。あまりにキモイその姿に、御者台にいた闘から苦情の声が飛ぶ。


「前向け。前」

「へーい。物理物理で語ってるけど肝心の、綾ちゃんの世界ってのはどんな世界なん?」


 くるりと首を元の位置に戻したアルトエレガンに、綾は苦笑しながら答えた。


「えっと、地球って言ってわかります?」

『超わかる』

「えっ」


 何故か、一人と一匹の声がハモった。

 アルトエレガンの喉から、うーんと低いうなり声が漏れる。


「地球……地球かあ。化繊と恰好からそうじゃないかと思ったけど、やっぱ地球かあ」

「あ、あの……! ひょっとして、私の故郷を知ってるんですか!?」


 これなら、即座に帰れるかもしれない――そんな希望に満ちた綾の心を、粉々に粉砕するセリフが返ってきた


「知ってるよ。だっていっぱいあるもん、地球」

「えっ?」

「西暦と呼ばれる年号を刻んで、アメリカ合衆国、日本、中国、イギリス、ロシア……そういう名前の国々がある世界……そういう世界を、オープンワールドじゃあ地球系列世界って言ってな。軽く数えて5000近くある」

「ごせん」


 聞いてびっくり、オープンワールドの半分近くが地球であった。


「解放されてない世界も数えると、万超えるだろうなあ。地球系列世界……なんでこんなに多くあるかっつーと、どうしても陰惨な歴史の説明になっちゃうから、省くけども」

「いちまん」

「と、なると……特定が、難しいな……おい、最近あった出来事で、何か特徴的な――」


「ちきゅう、いちまん。はちじゅうおく、いちまん、じんるい……はちじゅっちょぉぉぉ」


「……いかん、壊れた」

「一旦、休憩挟むかぁ」

「あ、綾!? 綾ぁっ!」


 知恵熱出して目を回す綾を見て、説明会は一段の区切りを見せた。



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― 新着の感想 ―
「異世界掲示板の片隅で」からこっちに来て読んでみましたがちらほらと向こうでも出てきた設定とかが出てきてニヤニヤしてます。 生体繊維とか、アッシュブレッドとかも異世界掲示板でも出てきてたような?
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