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その男はハゲだった  作者: 清河 桂太
ガゼロット編
16/89

超人達


 応援要請を受け付けてやってきた現場は、思った以上に酷い有様だった。


「……はあ、やれやれ」


 思わぬ残業に嘆息しつつ、自警団北詰め所の所長は嘆息した。

 その顔には、くっきりとした靴跡がついて取れない。行きかう捜査員の何人かが、笑いをこらえているのが見えて非常に腹立たしい。もともとこの任務は、この靴跡を付けた雷獣娘の受け持ちだったはずなのだ。


「あの馬鹿、思いっきり蹴りやがって……」

「ま、自業自得ですよ」


 諸々の事情を聴いていた大鬼の団員は、さらっと断言した。綾の受け持ちをした、あの大鬼の自警団員だった。

 アイは休暇を取ったのではなく、所長の顔面を蹴りぬいて謹慎を喰らったのだ。おかげで所長の顔には、消えない靴跡がついてしまった。


「お前、さっきから反応が辛いなバリー」

「そりゃあそうですよ。所長があの立派なおっぱいを追い出したかと思うと……」

「どんだけおっぱい好きなんだよ……」

「世界で一番です。どの道自業自得でしょう。アイリーンを謹慎させたのも、原因を作ったのも、所長なんですから」

「現場の片付けなんて力仕事、所長の仕事じゃないぞ……」


 うんざりと言わんばかりに空を仰いでから、周囲を見渡す所長。

 ……辺り一帯、がれきの山であった。安宿と評判のヒューベリーが存在した一角は、ものの見事にがれきの山と化している。

 この破壊を、立った一発の爆弾が引き起こしたというのだから、恐れ入る。


「調書によると……人質にされてた少女は、爆発から身を挺してかばわれた、か」

「大きくはなかったですが、よい美乳でありました」

「お前そのうちセクハラでとっ捕まえるぞ……なあ、バリーよ」


 辺りを見回し、所長は同期――ディンブルゲン自警団の中でもトップクラスの戦闘力を持つ大鬼に対して問うた。


「お前、この規模の爆発から、身を挺して少女をかばえるか?」

「やりますよ。自警団員ですし」

「ああすまん。聞き方が悪かった」


 ノータイムで断言される。こういうのがデフォルトなのが、ディンブルゲン自警団という組織なのだ。


「かばった直後に、無傷で、大立ち回りを演じる、という条件付きでだ」

「……無理、ですね」


 周囲の破壊の後を見回しながら、大鬼は呟く。やろうとすれば、弾丸の雨からでも人をかばえる頑強さを持つ男が、だ。


「この規模の爆発だと、俺だとどうしても怪我……いえ、半死半生で済ませられるかどうか。

 しかも、少女は直後に聞き取りもできたんですよね」

「ああ。そうだ」

「それだと、鼓膜のガードも必要になる。それ程の余裕は持てません。残念ながら」

「だろうな」


 町の区画が一つ、がれきの山に代わるような大爆発だ。人払いの結界がなかったら、どれ程の被害が出た事か……


「この規模の人払いの結界自体、どだい、常識はずれなものだ。さらに付け加えると。

 お前、エシャロットウルフを仕留められるか?」

「無理言わないでくださいよ」


 随分と情けない事を、恥とも思わずに大鬼は断言する。


「エシャロットウルフって言ったら、知能は人間並みだわ魔法は使うわで、討伐には軍が動くレベルの化け物……あの魔境の森の、頂点捕食者ですよ。

 アイと組んだら一匹何とか……」

「トゥーク・サマーが確保したエアシャロットウルフの毛皮な。ほぼ無傷の美品だった。あれなら、ヒューベリーの主は濡れ手に粟だろうよ」


 告げられた言葉に、大鬼の顔が青ざめる。

 エシャロットウルフを、美品状態で仕留められるなど、王国でも何人いるかというレベルだ……一体、何者なのか。


「トゥーク・サマー。アイの奴が、出発前に調べてた名前だ」

「は、はい! 調べても、そんな名前の傭兵は出てこなかったと……!」

「十中八九、偽名だろうな……

 知ってるかバリー? 王都の方で、こういう人種がどう呼ばれているか。

 超人だ」


 超人――それは、勇者の別名。

 勇者召喚が違法行為とされてから幾数年、勇者の代わりに治安維持を担い、この世界に名をとどろかせてきた集団の名前である。


「だとしたら、売るべきではない相手に喧嘩を売ったことになる。

 ……相手が、哀れでならんな。あいつらの戦闘力は戦力なんてもんじゃない。

 呼吸する、災害だよ」




 血が飛沫となって、アイザックのコートを汚す。その光景に、アイザックは……


「なんと……!?」


 初めて余裕を崩し、身構えていた。

 アイと綾もその光景を呆然と見ていた。その血はアイのものではなく2-2と番号で呼ばれた男のもの――

 黒い槍状の物体で、背後から貫かれ、絶命していた。


「やりたい放題やってくれたなあ、おい」


 槍の発生源を目で追えば、そこにいたのは黒い怪物。

 頭部には嘴のような甲殻と羊の角と山羊の角。背には蝙蝠の翼。襲撃者たちと同じく、黒くのっぺりとした表皮。男を貫いていた槍の正体は、その怪物の体から生える尻尾だった。


「ジュダーズ。それにこの科学技術。なるほど。

 ようやく概要がつかめてきたなあ。なあ? トゥークちゃん」

「その偽名は、もうやめだ」


 綾の真上から、投げかけられる声。唯一自由な首だけを動かし、バリケードの上を見上げれば――

 トレンチコートをひらめかせ、刀をぶらりと手に提げて。

 見るもまばゆいバーコードハゲが、そこにいた。


「……改めて……超人組合会員番号9番 草間 闘だ。

 違法勇者召喚改め、未成年者略取誘拐の現行犯だ。

 てめーを連行するぜ」

「……50人は、いたはずですが」


 油断なく構えながら、アイザックがつぶやく。


「玩具で遊んでた奴等ならいた、な。確かに」

「……いやはや……」


 過去形。

 言外に、既に始末した事を匂わせて、ハゲ――草間 闘は冷然と綾の傍らに降り立った。

 同時に、綾の四肢を抑えていた力が消え、代わりに血しぶきが舞う。

 どのような切り方をしたらそうなるのか――この男は、着地と同時に綾を拘束していた者たちの首を斬りつけ、しかも綾に一滴の血しぶきさえ浴びせていない。


「相当な、腕利きを揃えたつもりだったんですがねえ」

「データ収集にもならなかった、か?」

「……!」


 アイザックの顔が、こわばる。


「トゥークさん! 無事だったんですね!」

「…………」


 その無事を喜ぶ綾だったが、返ってきたのは突き刺すようなジト目だった。


「ヘリに光学迷彩。随分と記憶が戻ったようだなお嬢さん」

「あう」

「まあまあ、俺らも色々利用したし、お相子って事で――」


 化け物が、間を取り持つように、声を上げて、


「とりあえずこいつ等、殺すな」


 物騒な事を平然と言い放ち、実行した。

 ――そこからの化け物の動きに反応できたのは、アイザックを含めてごく僅かだけだった。


「角からビイイイイイイイイイイムッ!!」


 おどけたセリフとこめかみに指をあてるポーズと共に、轟音と閃光が、化け物の角から発射された。薙ぎ払うように発射されたそれは、しゃがんで回避したアイザックを除く全員の首筋を撫で上げて――首から上を、消し飛ばした。


「ほい、終了」


 最初の死体が倒れる前に、化け物はからからと笑って作業の終了を告げた。

 そう、作業。化け物にとって、彼らを殺すことなど作業でしかない。

 サイボーグたちの体がバタバタと力を失って倒れていく音を環境音にして、殊更冷淡に、化け物は告げる。


「ひのふの――五人か。随分漏らしたなあ。

 命は茶番で摘み取ってもいい――お前たちがそこの雷獣の姉ちゃんにしようとしたことを、俺もした。

 お前らの理論だ。文句はあるまい?」

「成程、噂通りのお人のようだ……さすがは、魔王アルトエレガン……! ――1‐20から1‐24! 彼女を回収して下さい! 撤収の準備を!」


 アイザックは四人の部下に鋭く命令を下し、コートの中に両腕を突き入れる。

 取り出されたのは、ガラスの筒にグリップと引き金を付けた、奇妙な物体だった。

 ガラス筒の中には、複数の目玉を持つ、肉塊のような生物が蠢めき、筒の先端、銃なら銃口にあたる場所から、白くて丸い不気味な機関が露出している。

 ショットガン並みの大きさを持つガラス筒を、軽々と振り回し、一丁をアイに、一丁を闘に向けて、引き金を引いた。

 その刹那――


『ギャキョキエエエエエエエエエエエッ!』


 武器が、啼いた。

 白い光の塊が、露出した器官から射出される。

 迫り繰る不気味な光弾を、闘はよけようともせずに受け止めた。

 アイの方はすんでの所で化け物が盾になり、やり過ごした。

 光球は地面に着弾した瞬間、大爆発を起こして土と草を中空に巻き上げた。


「にゃ、にゃんつー威力!」


 こんなものに直撃された闘は果たして無事なのか――


「おう姉ちゃん。あいつの事はいいから、自分の仕事やりな。

 構わず電撃食らわせな。そうすりゃ、あいつら迷彩故障すっから」


 盾になったアルトエレガンに言われて、ハッとなる。アイはアドバイス通りに、進行方向に上にいる、あるいは近づいてくる気配に向かって片っ端から掌を叩きつける。

 雷光が一つ灯るたびに、透明人間のヴェールが引き剥がされ、不審人物達の姿が月光の下に晒されていく。透明人間からの飛び道具を防ぐため、相手の射線を重ねるように動き回る。

 その背中に向かって、また一発、アイザックから光弾が放たれた。


「っとぉっ! おい闘! 遊んでないで早く何とかしろよ!」


 寸でのところで、アルトエレガンの掌に受け止められ、光弾は霧散した。アイの表情は晴れない。

 アイザックの光弾と、五人に数を減らした敵に阻まれて、綾に近づけないのである。

 いや、それ以前に……! こんな火力の直撃を受けて、あの傭兵は――


「こんな豆鉄砲で、俺を殺せる気か?」

「……な」


 アイリーンの心配を嘲笑うように、淡々とした声が夜陰を裂く。

 腰に刀を差し、腕を組んで仁王立ちで。

 人体程度ならミンチ肉の塊できる威力の光弾を雨あられと浴びたにも関わらず。

 月の光を背に、電光に照らされて、草間 闘は何一つ変わらずそこに立っていた。


「う……そ……」

「てめえ程じゃねえ」


 信じられないものを見たような綾を見下ろし、闘はぶっきらぼうに吐き捨てる。


「……一応、これでも用意できる精いっぱいなんですがねえ……」

「俺を撃ち殺したかったら、核シェルターをぶち抜くような奴を持ってきな」


 疲れたようにつぶやくアイザックに、闘は言葉を吐き捨てた。

 核シェルター。

 闘の口から飛び出した単語に、綾は眩暈を覚えた。

 何故、綾の世界に存在する概念が、この世界に住む闘の口から飛び出すのか。

 綾の中の固定観念が一つ、完璧に破壊される。

 考えてみれば……当たり前なのだ。

 科学が進んでいる世界があるように、科学が遅れている世界があるように、魔法なんて素敵なものがある世界があるように――


「キメラウェポンなんて異次元の禁制兵器持ち出した事と言い、こいつは随分とでかいヤマに関わっているらしいな」


 数多の世界の中に、自分達と同じく世界を移動できる技術を持つ世界が存在しないと、何故思い込んでいたのか!


「き、キメラ……!?」

「聞いたことないか? S級の禁止兵器」

「聞いたことはあるけど、見たのは初めてよ! 異世界の禁止兵器なんて……!」

「ま、田舎だしなあ、この世界」


 アイですら異世界の存在に疑問を持たずにいる様子から、綾は自分が間抜けな道化であることを悟った。

 やはり、この世界は綾の世界と同じように、『異世界の存在を認識している異世界』なのだ。変な気を回さず、最初からすべてを話していれば、それだけで状況はかなり違っていた筈だ。

 アイザックは銃撃の無駄を悟ったのか、銃撃をやめ、銃そのものを闘に向かって投擲した。殺人的な速度で飛来した二丁の銃を、闘は峰打ちで同時に上空にはね上げた。

 瞬間……眩い閃光と爆音が、辺りを蹂躙する。

 常人なら目も耳もマヒして動けなくなるであろう状況に、闘は即座に対応出来たが……動かなかった。


「……ちっ……!」


 代わりにしたのは舌打ち一つ。敵の狙いが綾である以上は、綾の傍を離れないのが最優先事項だ。

 アイザックたちを回収し、遠ざかっていくヘリの気配……


「あらら、逃げられちった……追うか?」

「いや」


 視線でヘリを追うアルトエレガンに、闘は刀を収めながら、


「この場は逃がしたほうがいいだろう」

「根拠は?」

「勘だ」

「勘か」


 この男が「勘」といいだしたら、もはやそれは確定である。

 その事をよく知っているアルトエレガンはひょいと肩をすくめた。

 ――どうも、自分は、助かったらしい。

 閃光と爆音で上下すら定かではない状態で、綾はようやく、一息つこうとして――

 ぐわしと、頭を掴まれた。


「ほへ!?」

「さあ。お嬢さん」


 そう言って自分を見下ろす男の表情は、すこぶる冷徹で。


「色々と今の戦闘で明らかになったことがあるんだが、キリキリと全部吐き出してもらえるかな? 記憶の事とか記憶の事とか記憶の事とか」

「ひ、一つだけ確認をさせてください……」


 綾に抵抗する選択肢など、ありはしなかった。ただ、確めたい事を一つだけ聞いた。


「闘さん、異世界の存在を信じますか?」


 重要かつ、簡潔な問いだ。答え如何で綾の対応も大分変わってくる。


「はぁ……?」


 ぶしつけな質問に、闘は眉をひそめて……肯定した。


「信じるも何も……俺はこの世界的に言えば異世界出身だぞ。お前とおんなじでな」

「え……?」

「綾が異世界人!?」


 綾は闘が同じ異世界出身だったことに、アイは綾が異世界出身だった事に驚き、声を上げた。二人分の視線を受けて、闘は呆れた。


「ばれてないと思ってた方も、見抜けなかった方もそろって……

 こいつの服、どう見ても化繊だろうが」


 化学繊維。ポリエステルを代表する、科学的に作られた人工繊維である。綾の制服の材料がそれだ。

 よくよく考えたら、この中世レベルのこの世界では、存在する筈のない素材である。


「そーですかー最初からばれてましたかー」


 自分の道化ぶりを再認識し、綾はがっくりと肩を落とした。


「まあまあ、綾ちゃん、俺らも、わかってて放置してたところあるし」


 のんびりとなだめられて、綾は改めてアルトエレガンを見た。

 ……うん、化け物である。今まで見てきた何よりもずっと。


「……ん?」

「…………」

「…………」


 改めて、その存在に固まる二人に、アルトエレガンは首をかしげて――嗚呼、と思い当たった。首から上をぶるりと振るわせ、馬に変形させて一言。


「ひひーんっ」

「!?」

「あ、あんた……!」


 そこまでされてようやく……というか、わからなくて当たり前なのだが……二人は、目の前の怪物と、旅路を共にしてきた馬が同一存在であることに気が付いた。


「隠し事があったのはお互い様って事だよ」


 アルトエレガンが指を鳴らすと、消えていた焚き木が再び燃え上がった。どういう細工をしたのか、大地に穴が開いて、辺りに散らばった死体全てを飲み込み、土葬していく。


「とりあえず、一服しようや。話は、それからだ」





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