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その男はハゲだった  作者: 清河 桂太
ガゼロット編
15/89

井の中の蛙

「!」

「いやはや、お見事です」


 アイの右手を掴み、アイザックはにっこりと笑みを浮べる。


「この私が不意を突かれるとは……正直、侮っていましたよ」

「くっ!」


 左腕で同じく顔面を狙ったが、その手も掴まれてしまった。簡単に思えるが、雷獣の攻撃は下手な獣の攻撃よりも早い。この近距離から命中する前に腕を捕らえるなど、尋常な反射神経ではなかった。

 いや、それ以前の問題だ。

 アイの掌は、アイザックに防がれたのではない。

 確かに、アイの掌が命中するほうが早かったはずなのに。


「あ、あんた……一体」


 眼球から、内臓を直接電流で焼かれて、無事な生き物などいるはずもない。そのはず、なのだ。

 だが現実として、アイザックの皮膚は炭化させず、焦げ臭いにおいすら発さず、ただ悠然とそこに立っていた。


「んー、やわらかいですね……ああ、それなら簡単な話です」


 頬に当たる柔らかな肉球の感触を楽しみつつ、にっこりと笑顔を浮べた。

 裏表のあるように見えない、普通の笑顔だった。


「私、人間ではありませんので」


 次の瞬間、アイの視界がめまぐるしく回転した。


「――っ!」


 全身が回転するような、奇妙な浮遊感。現在進行形で味わうその感覚に、アイは身に覚えがあった。

 あれは、自警団に入団したばかりの頃、二人一組でやる実践の組み手の時。

 大鬼のバリーに、力任せにぶん投げられたときに味わった感覚だった。

 アイザックは、アイの両腕を掴んだまま両手を振り上げて、アイの体を地面に叩きつける。とっさに、足をひらめかせ、蹴りを叩きこもうとするも、コートの前部を切り裂くだけに終わった。

 真正面から地面に叩きつけられ、アイの全身に衝撃が走る。すぐさま身を起こそうともがくが、その背中に向かって、アイザックは右足を振り下ろした。


「がっ!?」

「おや……お見事」


 称賛の言葉とともに、切り裂かれたコートの前面部が開かれ、彼の体を晒す。踏みつけられたまま、アイは首だけを動かして相手を見上げ……絶句した。




 アイが打ちのめされるのを驚愕とともに見ていた綾は、更なる衝撃を受けた。

 原因は、晒されたアイザックの肉体だ。

 たとえるなら、それは内臓の存在しない人体標本だった。あばら骨のようなデザインの金属板で構成された上半身が、複数の節を持つ金属性の太いパイプで、下半身とつながっている。

 鎧を着ているのではない。人体のあるべき位置にある空間が多すぎる。


「……ろ、ロボット?」

「出来れば、サイボーグと言って欲しいですね」


 綾がもらした呟きを聞きとがめ、アイザックは営業スマイルを浮べる。


「私だけじゃありませんよ。今貴方達を取り囲んでいる二十名は全員そうです。

 耐電耐圧耐熱……どんなに劣悪な状況でも動けるように、チューンナップされている、ね。

 クライアントがオプション料をはずんでくれたおかげで、随分と奮発できました」

「そんな……そんな技術、聞いたことがありません!」


 少なくとも、綾のいた世界でサイボーグ技術は確立していない。

 修一郎の石を使って、始められた兵器開発の中に、サイボーグ研究は確かにあった。が、人間の神経を走る電気信号を機械部分に伝える際に、電圧が変化して実用化できないと放棄されていた筈であった。

 アイザックは、慌てふためく綾の様子が微笑ましいとばかりに笑い、


「貴方の世界では、でしょう?」


 綾の体と心が、凍りつく。


「私の世界では、サイボーグはとっくの昔に実用化されていましてね」


 そうだ。


「あなた方の世界で持て囃されているあの石も、私の世界では見向きもされない物なんですよ」


 綾は、自分が、自分達の世界が犯していた致命的な勘違いに気付いた。

 何故思い至らなかったのだろう。

 自分達より技術の劣る世界があるのなら、その逆……自分達より化学秘術の進んだ世界が存在する可能性に!


「あなたの命は奪うなと、クライアントからの命令ですから」


 今まで脳裏に立てていた前提が、音を立てて崩れる音を綾は聞いていた。

 彼らが綾の世界から来たのでないのなら。別の世界から来たというのなら……


「ですが、この人は別です」


 その目的は一体何なのだ!? 何故自分を狙うのだ!?


「い、いや……」


 綾はその行動を止めようと立ち上がろうとするが、腰が抜けて動けなかった。アイザックは痛ましげに表情をゆがめ、


「おやおや……腰が抜けていますよお嬢さん。

 安心なさい。クライアントに引き渡すまでは生きていられますよ……その後はどうか、知りませんがねえ」


 その右手が上げられると、綾の左手が何者かに掴まれた。


「――!」


 続いて、右手、両足と、次々と光学迷彩を施した兵士に掴まれ、拘束されていく。


「雷獣……田舎世界のマイナー部族と侮りましたね……大したポテンシャルだ。

 2-2。彼女の手を切り落としてください。サンプルに欲しい」


 アイザックの指示に答えるように、目の前の空間から一本のダガーが出現した。

 つばに一つの目玉がつき、刀身の脈動する不気味な代物だった。


「きさ――がっ!」

「私の世界で作られた、生きた武装でございますよ」


 アイは我を忘れて叫んだが、背中を強く踏みつけられ、うめき声に変わった。


「生命体が内包する特異性を……とと、これは秘密でした。

 あまり痛くないんで、その点はご安心を。最も……」


 みしみしとアイの背中を鳴らしながら、アイザックは笑う。

 禍々しい笑みだった。この状況に至って尚、ごく普通のサラリーマンのように笑顔を浮べられること自体が、狂気を内包している。


「刀身が高熱を発しますんで、二度と接合できませんけどね」

「くっ! おおおおおおおおおっ!」


 背中にかかる圧力に跳ね除けるように、アイは全身を軋ませて立ち上がろうともがく。握りしめられた拳からは電光がほとばしり、辺りを真昼のように照らしていた。

 それだけの抵抗を受けても、アイザックは小揺るぎもしない。


「あ、アイさん! や、止めてください!」

「無理ですねえ」


 必死に叫ぶ綾に対して、アイザックは満面の笑みで返した。


「だって彼等は私達を目撃してしまいましたから……目撃者は消す。

 こういった任務の常識でしょう? これは」

「なっ……!」


 自己紹介までしておいて、この物言い……綾は理解してしまった。

 つまるところ、男達にとって一連のやり取りは、最初から最後まで結果の分かり切った茶番でしかなかったのだと。


「私も出来ればこのような真似はしたくないのですが……なにぶん、お得意様の意向なもので」


 その言葉を合図にしたかのように、鉄板の向こう側で銃声が止んだ。


「あちらも終わったようですね……」

「と、トゥークさん!? トゥークさん!!」

「向こう側にいた兵隊は、こちらの倍以上……全員が我々と同じサイボーグです。

 しかし、ここまで時間がかかるとは……彼には街で痛い目に合わされましたからねえ。警戒して正解でしたよ。

 こんな馬鹿馬鹿しいものまで用意して、分断した甲斐がありました」

「う、嘘です! そんな……!」

「嘘ではありませんよ。その証拠を後で見せてあげますからそう騒がずに。

 と、先にこちらを片付ける必要がありますね」


 男の死を受け入れられない綾の声は、届かない。

 これが、結果なのだと、誰かの声が綾の脳裏に反響する。

 お前が中途半端な選択肢を選んできたから、こんな結果になったのだと。お前のせいで二人は死んでいくのだと、その暗い声は綾の罪を糾弾した。


「彼女もああ言ってますんで、迅速に処理してしまいましょう。

 仕事は手早く、正確に」


 もがく腕の真上に浮かんでいたダガーが、ゆっくりと移動する。

 これが、結果なのか。

 アイは、自分に優しくしてしまったがために死ぬのか。


「や、やめてくだ……やめてぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

「本当に無駄な事がお好きなお嬢さんだ」


 アイの首の上で停止すると、そこから更に浮き上がり……振り下ろされる。


 血飛沫が、漆黒のコートに飛び散った。



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