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その男はハゲだった  作者: 清河 桂太
ガゼロット編
11/89

ハゲと雷獣の思惑

 男が、枝から飛び降りようとした所で――


「動くにゃ。傭兵」


 横合いから鋭く投げつけられた言葉。それは、男の動きを止めるのに十分な剣呑さが籠っていた。

 発生源に視線を向けると、そこにはライトメイルをまとったネコ科の獣人が、油断のかけらもない構えで、男をにらみつけている。


「アイさん!?」

「急に随分な物言いだな。人を不審者みたいに」

「人気のにゃい森で少女に言い寄る禿げ頭。不審者でにゃかったらにゃんにゃんだ?」

「不審者っていえば、俺状以上にこいつの方が不審者だろうが」

「ふぇ!?」


 急に水先を向けられて、うろたえる綾に、男は冷然と告げた。


「荷物無し。自営用その他もろもろの装備なし。食糧備蓄無論なし。ないない尽くしで街道を突破とか、旅を舐めてるのかと言いたくなるわな」


 ぐうの音も出ない正論であった。

 ジト目で見降ろされ、何も言えなくなっている綾に、さらに追い打ちがかかる。


「しかも、人を巻き込んでおいて挨拶もなしときてる」

「へぅっ」

「焦がし殺すぞ、傭兵」


 痛いところを突く言葉に、アイは歯茎むき出しにせんばかりに牙をむき、男をにらみつけた。にらみつけられた方は、気にする様子もなく今度こそ地面に降り立った。


「おかげでこっちは宿無しだ。文句の一つも言わせろよ」


 勢いよく、それでいて音もなく着地して放言する。

 百戦錬磨の、自警団員としての経験がアイリーンに告げていた。目の前の男は恐ろしいほどの手練れだと――足運びや音の立て方で、そうとわかる程の。

 いざ、戦うとなった時に、勝ち目はあるか……? 最悪の場合、相打ちに持ち込んで、綾だけでも逃がせるか……

 弱きを守り、犯罪者を挫く。自警団員としての正義感から、意識は自然と綾……守る対象を中心に組み立てられていく。


「そっちと事を構えるつもりは、ないんだがな……」

「それを決めるのはあんたじゃにゃい。私だ」


 のんきな綾の目にも、見えない火花が散って見えるような緯線のぶつかり合いだった。慌てて、場を何とかしようと声を上げる。


「あ、アイさん……どうしてここに……」

「私? 私は――」


 一瞬どう言ったものか迷うアイだったが、下手な誤魔化しは逆効果とみて、開き直る事にした。


「休暇願届けてあんたを追ってきた!」

「はへ!?」

「犯罪被害者を、我が身可愛さに追い出したとあっちゃあディンブルゲン自警団の名折れ(にゃおれ)ってもんよ」


 にゃははは、と笑い、アイは綾へナイフを束ごと差し出して――


「はい、自衛用のナイフ。渡しとく。そこの傭兵がなんかしたら、抵抗位は出来るでしょ」

「はい!?」

「野営用のテントその他、諸々揃えてきたから、安心していいわよ! 不審者が来ても私がにゃんとかするから! ね?」

「との事だが……どうする?」

「え、ええ……?」


 なんか、「その不審者に捕まりたいんです」とは言い出せない空気である。

 何故、アイがほぼ初対面の小娘の為にそこまでしてくれるのか――綾には理解が及ばず、おろおろと取り乱す事しかできない。


「一緒に行くんなら、二人とも馬車に乗れよ。送ってく」

「はひ!?」


 そこに、さらなる爆弾が投下された。バーコードハゲが、なんか聞き捨てならないことを言い出した。


「と、トゥークさん!? 一体、何を……」

「無関係、とは言わせねえぞ。俺は思いっきり、巻き込まれたんだし」

「ふぐっ」


 それを言われては返す言葉もなく、綾は口ごもる。


「お前に色々あるように、俺にも色々あってな。

 悪いが、お前が嫌がろうが何しようが、ついていかせてもらうぜ」




「傭兵なんてえのは、信用……いや、面子の商売だ」


 結局。

 善意のアイと理屈のハゲ、双方から押し切られて、旅は道連れ世は情け。

 ぱっからぱっからと景気のいい蹄鉄の音をバックミュージックに、綾はアイと共に馬車の荷台に揺られる事になった。


「流れ弾とはいえ、喧嘩売られたのに引き下がったんじゃあ、お飯の食い上げだ。

 売られた喧嘩は買わなきゃならん。その為に、お前についていかなきゃあ始まらん。

 だから、お前を待ち構えてたのさ」

「はあ……」

「別に、お前が気になったからとかでは、断じてない」


 ツンデレみたいな物言いになっているが、声色は本気でどうでもいいと思ってそうな感じだった。

 馬が、嘶く。『もうちょっと他になんか言い方ないのか』という意志が感じられたが、ハゲは無視した。


「……ふん、傭兵らしい、自分勝手にゃ言い訳ね」


 アイの吐き捨てるような言葉も、丁重に無視した。


「あ、アイさん……? お、落ち着いて……」


 二人の随行者を得た森を抜け、灰色の石畳は草原を一直線に伸びていく。

 一人で敵に捕まるために、悲壮な決意をしてきたというのに、何がどうしてこうなったのやら。安全が保障されているはずの道筋で、綾の神経はすり減り切っていた。

 原因は、同行者の二人である。

 自分を追い回している連中は、自分を気絶させようとしたくせにアイの事は躊躇い無く殺そうとした。つまり、綾以外は比較的どうでもいい連中なのだ。

 そんな連中に捕まりに行くのに、他人が一緒に居たらどうなるのか……まず間違いなく、殺されるだろう。死の危険に二人巻き込みたくなかった。


(アイさんはともかく、刀しか持ってないトゥークさんは、危険が危ないし……)


 危ないどころか、ハゲが独力で敵を撃退していることを知らない綾は、無い知恵を絞り、今からでもアイとハゲの同行を断ろうと、口を開く。


「あ、あのー……アイさん。本当に大丈夫なんですか? 襲ってくるのは危ない連中ですよ?」

「危ないのが自警団のお仕事でしょ? その点は気にしにゃい気にしにゃい」


 ハゲに対して放った剣呑な殺気が嘘のように、からからと笑うアイ。裏表の無い明るい笑顔だった。


「け、けど……私の為にそんな……」

「大丈夫大丈夫。そろそろ、休暇でもとろうかと思ってたしね。

 だからこいつはあたしの自業自得。気にしにゃい気にしにゃい」

「――随分といい加減だな。ディンブルゲン自警団ってのは、それで大丈夫なのか?」


 なにやらやばい事を口走るアイに、闘がキッチリ突っ込んで……


「黙れ傭兵。記憶が戻ったにゃんて嘘ついてまであたし達を気遣ってくれたんだよこの子は。それに報いにゃきゃ自警団の名折れだ」

「……記憶喪失信じてるのかお前」

「にゃにが言いたい」

「別に」


 今の会話からわかるように、この二人、物凄く仲が悪い。やたらめったら反目しあっていて……否。アイの方が、ハゲに異様な敵意をぶつけており、ハゲがそれを飄々と受け流している状態だった。

 おろおろと取り乱す綾に、男は嘆息して、語り始めた。


「ディンブルゲンは亜人都市だ。亜人はよそじゃあ被差別階級であり、よく奴隷貿易の種にされる」

「はへ――?」

「……っ! 傭兵!」

「ディンブルゲン自警団の歴史は、亜人をさらっていく奴隷商人との戦いの歴史だ。

 未成年者略取誘拐、なんてーのは、地雷のど真ん中だったって事だ」


 アイからの殺気交じりの視線をやり過ごし、ハゲはつづけた。


「で、その奴隷商人の手先になって動く、実働部隊にされることが多いのが、俺みたいな傭兵……ま、ディンブルゲンの自警団員としては、傭兵なんて関わり合いになりたくないんだろうよ。穏便に応対できたあの大鬼みたいなのが例外なのさ。

 以上、そっちの猫娘が俺を敵視する理由と、お前についてきた理由だが……間違ってるか?」

「……人の心理を好き勝手語ってくれちゃって……」


 苦虫をかみつぶしたような表情は、言外に、ハゲの推測が正解だと語っていた。

 なるほど、と綾は得心した。亜人都市という独特の風土が重ねてきた歴史と、アイ自身の正義感、その二つが合わさって、このような行動、態度に繋がっていたわけだ。


「面子はともかく、事の善悪や後味を気にしない傭兵なら、お前を騙して連中に売り渡す可能性もある。

 その辺りを加味すると、俺を警戒するのはごく自然な事だ。気にしなくていい」

「え……? 傭兵って、面子商売って、トゥークさん言ってたじゃないですか。

 そんな事したら、面子……」

「俺の話じゃない、一般的な傭兵の話だ。

 人間だれしも、長い目で物を判断できるわけじゃない。目の前の利益しか考えずに行動する奴が多いって事さ。奴隷貿易の片棒なんざ、仕事としちゃ使い捨てもいいところだしな……第一、奴隷貿易に関しちゃ、最近中央の方じゃ反対運動が盛んで先細りするのが目に見えてる。

 傭兵を長く続けるには、その辺りの嗅覚がないとな」


 馬が、嘶く。『設定凝ってるねー』と言わんばかりの嘶きだったが、丁重に無視した。


「そういう訳だから、俺達は各々が各々の理由でお前に引っ付いてるんだ。

 気遣い無用だ」

「――あぅ」


 自分の状態を思い出した綾の頭脳が、生理現象の信号を受け取ったのはその時だった。綾は言い難そうな口調で告げる。


「なんていうか……その」


 実際言い難かった。こんな事を口にするのは。


「ちょっとお花を摘みに行きたいんですけど……いいですか?」


 いわゆる、おトイレの催促である。

 ――奇しくも、それを聞いた二人は、同時に真後ろに広がる森を振り向いた。



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