堂々たるハゲ
初投稿です。
その男はハゲだった。
それも、ただのハゲではない。バーコードハゲだ。
『バーコードハゲの絵をかけ』と言われれば、百人中百人が書き上げるであろう、見事なバーコードハゲであった。
服装は、Tシャツにジーパン。その上から直接、古びたトレンチコートを羽織るという奇異なものであったが……それ以上に視線を集めるのが、やはり頭頂部。
年のころは――髪型の影響で老けて見えるが――二十歳前後といったところか。精悍な顔立ちで、若い女に声を掛けられそうな程度には、顔の作りが整っていた。
まあ、髪型ですべてがぶち壊しなのだが。
「…………」
「ど、どうぞ……」
自身の頭部に視線が集中するのを感じながら、男は受付嬢の差し出した書類に目を通す。
彼は慣れていた。自分の頭部が視線を集める事に。嘲笑、憐憫、的外れな気遣い等、髪型が原因で引き起こされる反応にも、だ。
だが、彼はそれを気にしない。
彼は慣れていた。それ以上に、自身のハゲを気にしていなかった。
一度、周囲の反応に辟易して、バンダナをまいたことがあるのだが……その時の反応は散々だった。
バンダナを装着している間はよかった。変な視線も集めず、気楽に過ごせた。問題は外した後の反応で。
罵声、怒号、悲鳴ののちにこう言われた。
『紛らわしいから二度と隠すなこのハゲ!!』と。
いわく、彼のハゲは、もはや彼という人間の個体識別に必須な要素になってしまっていたらしい。
彼ほどの「有名人にして危険人物」ともなると、いきなり現れるだけで一般人の心臓に悪いのだ。以来、彼は自分のハゲを隠すのをやめた――例外は、存在するが。
「…………」
受け取った書類に書かれていたのは、この土地における注意事項――おおよそ、人として生きていく上に必要な常識の類が書き記されていた。
多分に自分への恐怖を含んだ受付嬢の視線を浴びながら一式を読み終え、返す。
「何か、ご質問は……」
「ない」
勇気を振り絞ったであろう受付嬢の言葉ににべもなく答えて、男は身をひるがえした。
「まー、こういうのはどこでも似たような内容だかんなぁ。俺ら位になると、見慣れちゃうのよね。
ありがとな、お嬢ちゃん。わかりやすかったよ」
彼の隣で、同じく書類を読んでいた彼の相方は、にこやかに書類を返却した。
男と違って愛想のいいその言葉に、なぜか、受付嬢の表情がひきつる。
それもそのはずで、男の相方は――どう贔屓目に見ても、異形だった。
漆黒の肌。2メートル近い長身。逆関節の足。尻尾と蝙蝠の翼。頭から二本ずつ生えた羊の角と、山羊の角。頭部はくちばしのような形の甲殻質の物体に覆われ、声を出しているのに口のような器官が見当たらない。
ありていに言って化け物である。
「あ、そうだお嬢ちゃん。この近くに、美味いパン屋とかあったら――」
「いくぞ」
「……へぇーい」
その異形から考えられない俗っぽい話題を振ろうとして、止められた怪物は、不承不承を隠そうともせずに男に追随した。
しんと静まり返った酒場に、一人と一匹の足音だけが響く。
人はいる。一目で荒くれ者とわかる武装した男たちが、幾人も。ただ全員が、獅子を前にした草食獣のように息をのんで固まっていた。
「足は? 用意してあんのか?」
「馬車が一台。裏手に」
「……嫌な予感がするんだが……馬は?」
「…………」
「おい、なぜそこで俺を見る……? 引けと!? 俺にウマになって引けと!?」
「なれるだろ」
「……あーくそ、そりゃ、馬車馬のように働く、って表現はあるけどよぉ」
アルト――そう呼ばれた化け物は、天を仰いで愚痴った。
「ほんとに馬車馬にされるなんて、そんなのありかぁ?」
「下手な駄馬つかまされるよりはよっぽど早い……早いとこ、出るぞ」
「……へいへい」
言い合いながら、一人と一匹は酒場を出た。同時に、背後で張りつめていた空気が緩むのが、一人と一匹には分かった。
「……お前さん、損な性分だよなぁ」
自身の存在に、周囲がどよめくのをよそ目に、化け物は呟く。
化け物はわかっていた……自身の相方が、自分たちの存在で緊張状態にあった酒場の面々の為に、足早に去ったことを。決して表には出さないが、細やかな気遣いのできる男だと。
「お前が無神経すぎるんだ」
「えー? だって、美味いパン屋があるんなら、聞いときたいじゃん。アッシュブレット、あれ好きなんだよ俺……いやあ、明らかに不味そうなのに美味いのは、物理学の神秘だよな!」
何かを思い出し、うっとりとする化け物に、男はにべもなく断言した。
「この近くにはない」
「即答すんなよ!? なんでわかんだよ!」
「勘」
「……勘かぁ」
この男が「勘」といいだしたら、もはやそれは確定である。
化け物は、それがよくわかっていたから、がくりと、脱力した。
一人と一匹が酒場の裏手にたどり着くと、一台の馬車が置かれていた。白い幌に木造の荷台――新品の、木の匂いを感じさせる幌馬車だ。
「あ、そうだ――おめー、バンダナしとけよ」
「……なんでだ?」
「なんでって、お前……目立つからに決まってんだろ、そのハゲ」
「…………」
男はハゲである。
そして、ハゲであるという事実を気にしていない。
だがしかし。周囲の自分の容姿に対する反応その他には……若干、うんざりさせられているのも、事実だった。
一人と一匹が立ち去った酒場の中で、言葉が交わされる。声音に乗るのは、緊張からの開放による安堵と、元凶に対するいら立ちであった。
「で、出てった……出てったぞ! あの化け物ども!」
「ば、バカっ、声が大きいっ、聞こえたらどうすんだっ」
「聞こえるもんかよ! 防音の結界がある!」
「……なあ、あいつ等、あれだよな? 有名な……」
「ああ……「最強のハゲ」と、「魔王アルトエレガン」だ。新聞で見た。間違いねえ」
「なんだって、あんな大物がこんな田舎に……」
「知るかよ。誰かが、何かやらかして、連中を怒らせたんだろ!」
「何かって……まさか」
「まあ、あれだろうな。あれ。亜人共が、まさにやりそうなことじゃねえか」
「違法な、勇者召喚だ。でなかったら、こんな田舎にあいつらが出張るかよ」
「超人組合――連中の標語にもあるじゃねえか。
『我々はありとあらゆる勇者召喚を許しはしない』ってな」
途中で文章力変わってない? と思われるかもしれませんが、何という事はありません。
単に、大昔に書いた小説を書き直して投稿してるから、そう見えるだけです……!
過去の自分に文章力が負けとるとですorz






