Tale 24 王都への旅立ち(1)
翌日、スヤスヤ亭まで二人を迎えに来たルシア。その扉を開けば、既に彼らの準備は整っていた。
「それじゃあ、行ってくる」
「皆、気を付けてねー」
亭主スヤに、三人は快く見送られた。
ルシアの服装は昨日と変わりなかった。しかし、ライの進言を受け、顔のペイントと失敗作のようなボサボサ頭はやめていた。
スタイリング剤さえなければ、結ばれていない髪の毛はサラサラだった。
「今のルシアの方が自然で、俺は好きだよ」
「そ、そうか? ならば、これからはこれで行くとしよう」
やはり足を引っ張っていたのはその二つだった。それらが無くなれば、舞台衣装のデザインは決して趣味の悪い物ではないので、派手さゆえに目立ってはしまうが、今のルシアには馴染んでいた。
そんな彼らが最初に向かうは正門ではなく、全く別の通りを進んだ場所だった。
その店は朝早くから営業中だ。曇りないガラスの奥に見える雑貨と小物の陳列は、店の顔と言っても差し支えない。
戸を開けば頭上で繊細な鈴が鳴り、今日は珍しく両店員が睦まじい笑顔でいた。
「「いらっしゃいませ!」」
姉の方はだらしなく語尾を伸ばしているが、それはいつものことなので誰も気にしない。
「久しぶりだな、シルキー」
ルシアの挨拶の後に、ライとアルマは姉妹に軽く手を振る。二人はよくピストリムに来店するのですっかり顔馴染みだ。
魔王軍との一件の後、アルマは姉妹が自分の村にいたことを思い出した。そのことを話すと、同じように心に引っ掛かりを覚えていたアイリーは舞い上がった。
自分の故郷の生き残りがいたという事実は、アルマにもピストリム姉妹の心にも大きく働いた。特にアイリーの塞ぎ込みがちな性格は改善された。今ではアルマと頻繁に外出するくらいだ。
そんな姉妹二人に笑顔を返される。
ところが、一緒にいたもう一人を判別するのは僅かに遅延が生じた。
「うわっ……誰かと思ったらルシアかー。また随分と見た目が変わったねー」
「良いだろ? お洒落はするもんだ。なあ、アイリー?」
「えっ、ええっと……はい! 可愛いお洋服は私も着たいです」
急に話を振られて戸惑いを見せるアイリー。
「そうだろう、そうだろう。よしっ、そんなアイリーにはこれをやろう」
ルシアは背に担ぐリュックを下ろし、中を漁り始める。
そして目的の品を見つけると、アイリーに手渡した。
「これは?」
「私からの土産だ。お前たちにはいつも世話になってるからな」
「うわぁ……!」
受け取った土産は素朴な紙で梱包されていて、中は見えない。アイリーは目を輝かせて、ビリビリと音を立てる。
――そして目に映った中身に、アイリーは言葉を失った。
現れたのは丁寧に畳まれた服。広げて全体を確認すると、黒い生地の半袖シャツだった。背面にはデザインはなかったが、前面にはこの服の象徴である物が描かれていた。
「これ……は?」
「ドクロTシャツだ。どうだ、シンプルながら中々イケてるだろ?」
話の流れからして、ピンク色の可愛い洋服やアクセサリーが貰えるものかと期待していたが、手元を見れば、なぜか微笑んでいる骸骨と目が合う。
そしてこのTシャツは二枚ある。それぞれサイズが異なり、姉妹で着てほしいというルシアの意思が良く伝わった。
「あ、ありがとうございます……」
「おおー、いいじゃん! 後で一緒に着ようよ、アイリーちゃん」
「う、うん……」
土産を、特にドクロの表情を気に入ったシルキーはテンションが上がる。何でも、不気味さが増してイイ感じとのことだ。一方で、アイリーは嬉しさと落胆が半々でいた。
そんな温度差を気にも留めず、ルシアはリュックを再び担ぐ。そして、
「さて、そろそろ行くか」
来店して実に五分も経っていない。ルシアの淡白な行動に、姉妹は驚いた。
「もう行っちゃうのー?」
「出発のついでに寄っただけだ。また帰って来た時には顔を見せる」
「そうですか……」
アイリーは寂しくルシアを覗く。土産に対する不満からではない。もっと彼女との時間を過ごしたい思いからだ。
ルシアにその想いは届いたのだろうか。彼女は不意に足を止めた。実際には服を掴まれていないが、裾にせがまれる感覚に陥った。
「……もう少しだけいてやろう。……ライ、お前が何か買え」
「お、俺が⁉」
気恥ずかしさを誤魔化すために、ルシアはライに無茶ぶりを言った。しかし彼もアイリーのためならばと、拒否することは出来なかった。
「そうですよー、お客さん。このまま手ぶらで帰すわけにはいきませんからねぇー」
この状況を良いように利用すべく、ピストリムの姉は営業を始める。
「マジか……」
「な、何か買って行ってください!」
アイリーもそう言って、ライに寄って来る。
彼女は、言わばピストリムの天使。その笑みと上目遣いに、一体どれだけの客が心を撃ち抜かれてきたか、ライも今その犠牲者になろうとしていた。
「分かった、買うよ。アイリー、お勧めの商品を教えてくれ」
「うん!」
アイリーは土産を貰った時よりも嬉しそうに話す。どうやら彼女の幸福度を語る上では、ライと一緒にいる時間が何よりも勝るらしい。
「出発って言ってたけど、皆でどこかに行くんですか?」
「仕事で王都までね」
「ほぇー、それは長旅になりそうですね」
アイリーは自分で考えて、ライに買ってほしい商品を提案する。
「それじゃあ、これが役に立つと思います」
彼女が手に取ったのは、赤い液体の入った小さい薬瓶だ。
「これは何だ?」
ライが聞くと、アイリーは滞りない簡潔な説明を行う。
「魔除けの香水です。モンスターの嫌がる匂いが詰まっているんです。野営する時とかに撒いておくと、見張りを立てる必要がなくなるので、旅には一本だけでも持っておく価値のある一品です」
「良い商品じゃないか。私が駆け出しの頃はこんな代物、まだ開発されてなかったな」
「私も見たことないです。最近出たばっかりの商品なんじゃないですか?」
ルシアもアルマも薬液の匂いを嗅ぐ勢いで覗き込む。
「つい最近取り寄せた商品だよ。『これは売れるッ!』ってお姉ちゃんがニヤニヤしてたよ」
「ちょっ……アイリーちゃん! 今はそれ言わなくてもいいでしょ」
シルキーは妹にからかわれ、子供のようにじたばたしている。
「はははっ……! 一本買うよ」
ライは笑いながら硬貨袋を鞄から掴んだ。
この香水さえあれば、武力が皆無な一般人でも街と街の移動が安全になる。そんな希望ある商品の効果を実感してみたくなった。
硬貨袋の紐を緩め、値札通りの金額を取り出す。小銅貨数十枚は、今のライには気兼ねなく出せる金額だ。
「ありがとうございます!」
「さあ、買ったならもう行くぞ」
笑顔を振りまくアイリーを前にして、今度こそルシアは一足先に店を出てしまった。鈴が鳴り扉が閉まった後でも、ライとアルマはまだ店内にいた。
――が、彼女に置いて行かれないよう、そんな感情に無理矢理急かされる。
「じゃあ二人とも、行ってくる」
「帰ってきたら、また出かけましょうね」
「うん、行ってらっしゃい!」
アイリーの元気な言葉に送られ、二人も店を後にした。
2022/7/19 全体を少し修正。




