Tale 23 白金の冒険者(5)
その夜、約束通りルシアと酒場で再集結した。始末書を書かされていたらしいが、「ようやく解放されたー」と体を伸ばしていた。反省したのだろうかと思わせるほど、悪びれる様子は一切なかった。
「さあ、遠慮なく食べてくれ!」
卓を囲む三人の目の前には、埋め尽くされた皿とその料理で一杯だ。
「「いただきます!」」
ライはどれから食べようかと目移りしてしまうが、最初に手に取ったのはミノタウロスの串焼きだ。ストラティアに来たばかりのライに、初めて腹を満たさせた一品。一目惚れと言っても差し支えないほどに、一番に気に入っていた。
(やっぱり、これだよなー)
そんな風に思いを馳せながら食べるライの表情には、幸せが現れていた。
「ライはその串が気に入ってるんだな」
ライは「うん」と唸りながら肉を噛んでいる。
「いいよな、ミノタウロスの肉は。当たり外れはあるが、ここのは上質だ」
その一言に、ライはルシアが舌が肥えていそうだと判断する。帝国に行くほどなのだから、数多くの街に寄り、各地の有名な食を喉に通してきたことだろう。
「ルシアはどの料理が好きなんだ?」
「私のイチ押しはこれだ」
ルシアが示したのは、片側に持ち手のある、白い艶の陶器に注がれたスープだ。ブラウン色のスープが照明に反射し、大小異なる動物性の油をギラギラと強調している。その中はキノコや野菜で彩られ、見る者の食欲をそそる。
「美味しそうだな」
「ベレストガマの森色スープだ。この辺りの森にはキノコが多いからな。グリュトシルデに寄ってこれを飲まない奴は、人生を半分は損してるぞ!」
「そこまでなのか……」
「ああ、私が保証する。丁度全員分頼んである。ぜひ飲んでくれ!」
自分たちの手元を見ると、同じスープがそれぞれに用意されていた。
折角の温かいスープの入ったカップを、一同は冷まさないよう同時に手に取ると、まずは少し傾けてスープだけを堪能する。
ゴクンと一口喉に流れるだけで、身体は温かみに包まれた。
「はぁ……やっぱりこれだなー」
ルシアは一層味を感じられるように、目を瞑って視覚を遮断しながら言う。
「確かに、美味しいよ。見た目の割には、あっさりしてるんだな」
ライは再びスープを覗き込む。まだまだスープが残っていることに、喜びを覚えてしまう。
「私も、この料理は初めて食べました。……こんな料理、ありましたっけ?」
「いわゆる、裏メニューって奴だ。何せ、使われている食材が希少だからな」
「どの食材ですか?」
スープの具材は全て一般に流通している野菜ばかりだ。キノコは森から採れるとして、そうすると希少な素材は一体どこにやらという状況だった。
その正体は、三人の一番近くにあった。
「ベレストガマだ」
「ベレストガマってどの食材だ?」
ライはずっとスープを覗き込んでいるが、該当する食材は見つからない。名称からしておそらくカエルだろうが、味は美味しいのだから嫌悪感など一切なかった。
「そこに浮いてる油のことだ」
「油?」
ライはてっきりモンスターの肉を煮込んだスープかと思っていたが、どうやら違うらしい。
「ベレストガマというモンスターの体内で生成される、入手困難な油がこのスープの売りと言っても過言ではない。もちろん、野菜もキノコも美味いがな」
「ベレストガマの油ですか……。世界は広いですね。……ちなみに、これいくらなんですか?」
ルシアは躊躇することなく答えた。
「一杯銀貨一枚だ」
「「銀貨一枚!?」」
銀貨一枚は小銅貨にして千枚分。普遍的な料理を食べ、ほど良い硬さのベッドで寝るのであれば、二十日は暮らせる金額だ。
たかがカップ一つ分のスープにそこまでの値が付くのか、と二人は酒場の喧騒に劣らない声を上げる。
たとえベレストガマの森色スープで幸福感が満たされても、胃袋は満たされない。貴族が嗜む一品なのではないかと恐れ多くなり、手元のカップに手を伸ばしづらくなった。
「そんなに驚くことではない。美味い物を食べることは明日への投資だ。そう思えば高くはない」
ルシアはさぞ当たり前かのように言ってのけるが、その行動はお金がなくては叶わない。少なくとも今のライたちには、日常的にその額を食事に支払えるような余裕はなかった。
もし勝負に負けていたらと思うと、硬貨袋がすっからかんになり涙する自分が浮かび上がって来た。
「まあ今日は私が全て支払う。さっきも言ったが、遠慮することはない。冷めないうちに食べてしまおうではないか!」
食事は楽しまなくては意味がない。スープの金額に気を取られてそれを忘れていた二人は、ルシアの笑顔を見て、それ以降は各々の思うように料理を貪った。
その途中でも、ルシアとの会話は続いた。特に話題に上がったのは、ライの出処だ。
「そう言えば、ライは異世界の出身だそうじゃないか」
「そうだけど……信じるのか?」
「信じるさ。そうであった方が夢があるじゃないか!」
ルシアらしい回答だった。可能性の低さを否定せず、むしろ肯定的に捉えてしまうのは、彼女の世界に対する広い考え方を感じさせる。
「それに先ほどの戦い。あれほどの実力を持っておきながらゴールドというランクに身を置いている実状。冒険者活動を長くしている私の耳に入らないはずがない」
「それもそうだな」
ライは少し笑ってしまう。自分の事情を理解してくれる人々に囲まれて、幸せを感じた。
「なあ、教えてくれ。元いた世界ではどんなことをしていたのかを」
「私も聞きたいです!」
ルシアとアルマは同時にライを見つめる。
思えばアルマにさえ、過去の話をしたことはなかった。彼女が自分の過去を隠していたように、気を遣って触れてこなかったのかもしれない。
それに仮に聞かれたとしても、ゲームの世界での話を堂々とするわけにもいかなかったし、それをしてもライ自身が恥ずかしくなるだけだ。
だが、今は期待の眼差しを向けられている。その瞳に宿る気持ちに応えるために、ライは自分の本当の過去を交えて話すことにした。
「俺は学校って言う、同じ年代の子が集まる場所で勉強していた」
「学校、勉強……。養成機関のような場所ですか?」
「そうだな。その世界では、俺はまだ成人していなかった。冒険者みたいなちゃんとした職はなかったんだ」
「その年で未成年なのか。世界が違えば、ルールも違うのだな」
「学生は勉強するのが仕事……みたいなものだよ。もちろん、お金は貰えないけど」
「明くる日も勉強ですか……。骨が折れそうですね」
意外にも、真面目な性格のアルマはそう言った。頭の中でどんな想像をしているのか、顔が引き攣っていた。きっと、弓術の練習や魔術の勉強に明け暮れているとでも思っているのだろう。
「ちゃんと休みはあったさ。溜まった疲れとストレスを解消するために、俺は素顔も知らない奴らと出会い、色々馬鹿なことをしたな。意外と気が合って、気付けばそこは俺の第二の居場所になってたよ」
「素顔も知らない……か。そういった奴らと柵なく接することができたのは、幸せなことではないか」
「本当に良い仲間だったよ。それだけに、今頃何をしてるか心配だけどな」
「早く見つかると良いですね」
ストラティアに仲間が散らばっているのを知っているアルマは同情する。そんな彼女に釣られ、ルシアも同情した。
「弱々しくなるなんて、らしくないぞ。大丈夫だ、世界は広いが必ず巡り会える! その仲間たちも、ライのことを捜しているさ」
「ありがとう。……さあ、明日の出発も早い。今日はここらで解散するか」
卓上の料理は全て平らげられていた。
胃袋を満たし、英気を養った三人は席を立ち上がると、今宵もまだ収束する気配を見せない酒場の賑わいに背を向けた。
2022/7/7 全体を少し修正。




