Tale 23 白金の冒険者(4)
ライの準備が整うのも待たずして、突進して来るルシア。
力を抑えていたからなのか、彼女に明確な疲労の色は見られない。それでも傷を負ったのは事実で、髪や服の電撃痕はそこにあった。
彼女の手元から伝う魔力により、竜鞭が紅の炎を宿す。
その状態の竜鞭を薙ぐ。後方に跳んだライの足元には届かなかったが、範囲一帯は一瞬にして燃え盛った。
草木が燃え、焦げる様を目前に、ライは驚きを隠せない。
(鞭振るだけでこれとか、反則だろ!)
「驚いている場合ではないぞ! はあッ!」
走る彼女は、次はライを捉えて鞭の先端を飛ばす。まるで槍が向かってくるような感覚に、ルシアの研鑽された技量と集中力を彷彿とさせられた。
「【蒼雷壁】!」
ライは雷の盾を前方に形成しながら側方に跳ぶ。だが、竜鞭は盾をひと触れしただけで中心から熱を伝え、溶解させるように破壊した。
コンマ一秒も時間が稼げない中、何とか体を捩って鞭の切っ先を躱す。
――熱い。とにかく熱気が凄まじい。ライはその身で鞭に触れた時にはどうなるか、否応なしに想像してしまった。
「良い反射神経だ。だが、こんなものではないぞ!」
ライは突然背中を弾かれた。鞭の先が方向を百八十度変えていたのだ。
自信を取り囲む熱気によって感覚が麻痺していたとでも言うべきか。だから、死角からの攻撃には反応すらできなかった。
とにもかくにも、明らかに先の一戦とは異なる鞭の扱いに、ライは翻弄されていた。普通の鞭からは想像できない常軌を逸した動きと放熱現象は、まるで生命を宿した竜が蠢くようだった。
そのまま宙に放られるも、不思議と痛みはない。それに加え、激しかった追撃も来ない。ライはルシアが戦意を触発させくれているのかと思っていたが、大きな過ちだった。
一瞬だけ自分の背中を見て、ライは太陽光に焼かれるようなゼロ距離の爆発の片鱗に触れた。
同時に、ルシアは静かに言い放つ。
「破壊技【溶炎爆発】」
草原一帯は光り轟いた。その響めきが収まってから、ルシアは
「やりすぎたか……」
と自分の手を見つめて言う。竜鞭に宿していた力を消し、先ほどまで存在していた偽りの太陽のあった空中を見上げる。
地の緑は跡形もなく消滅し、灰すらも残っていない。あるのは露出した地盤だけだ。真っ平らな場所はまだ良い方で、凹凸の方が目立っている。
さらに余波として未だ熱波が漂っているが、そこにライの姿はない。
この惨状がしっかり目に焼き付いたアルマは、息を呑んだ。太陽の熱に焼かれるような攻撃に、たとえライであっても耐えられるはずがないと思ったからだ。
彼女は血相を変えて丘を下って行く。しかし、その足は途中で止まった。
「本当にやりすぎだ」
声のする方を、アルマはルシアよりも先に察知した。
ルシアの背後に、ライが弓を引いた状態で立っていた。矢尻が彼女の首筋に突き立てられる。
「なっ……!」
動転するルシアだが、僅かに醸される殺気に両手を上げて降参の意を示した。
「完全に……私の負けだな」
そう言った時には、既に気の舞い上がったルシアではなくなっていた。落ち着いた声を聞いて、ライも武器を仕舞った。
終戦を告げた地へ、やがてアルマも合流して、
「一体どんな手を使って私の奥義を躱した?」
その問いに、我先にとアルマが答える。
「【視認阻害】ですよね?」
「【視認阻害】だと?」
「そのスカーフに宿っている力のことです」
アルマが指すライの首元を、ルシアは眺める。
「そうだな。確かに、【視認阻害】でルシアの目を盗んで背後を取ったよ」
「だが、お前が爆発に巻き込まれるのを、私はこの目で捉えていたぞ! 抜け出せる隙などなかったはずだ!」
ルシアは自分の記憶に訴えて、再度思考し、
「いや、違う……。お前、上着はどうした?」
もう一度ライを見つめた。戦いの前後で彼にうかがえる明確な変化は、ルシアが指摘した外套だ。
ライの特徴的な外套はどこにもなく、普段はあまり目にしない焦げだらけのインナー姿でいた。
「鞭で弾かれた時、背中に違和感を感じたんだ。その時点で嫌な予感がして上着は脱ぎ捨てた」
「だが、それだけではあの爆発には巻き込まれる。その後はどうした?」
「簡単だよ。【加速】を使って空を蹴った……んだけどな。間に合わなくて爆風には吹っ飛ばされたよ。結局、勢いが増したから良かったんだけどな。その時だよ、俺が【ステルス】で姿を消したのは」
「……はっ。結局、利用されただけってことか。私もまだまだ鍛錬が足りないな」
ルシアは自嘲の笑みを浮かべながら、そう言った。
「いや、巻き込まれてれば間違いなく俺はやられていた。……っていうか、そうなったらどうするつもりだったんだよ」
「本当ですよ! どうするつもりだったんですか!」
「……知らん! 全力で戦うという合意の下、私は全力を出したまでだ。責められる言われはないぞ!」
二人に顔を覗かれるも、ルシアは毅然とした態度を見せた。
ところが――。
「いえいえ。あなたの行為は度が過ぎていますよ」
荒廃した大地で言い合う三人が振り返ると、レイネールが眉間に皺を寄せて立っていた。
「レ、レイネール殿!」
ルシアは悪気のない、師を敬うような眼差しでレイネールを見上げる。
「私、言いましたよね? 力を出しすぎるなって。それが、窓から凄まじい光が穿って、まさかと思って来てみれば……この有様。どう責任を取るつもりですか?」
レイネールはいつも通りのゆっくりとした口調だったが、言葉に秘めているのは間違いなく怒りだった。
怒らせてはいけない相手を怒らせてしまった本人は、慌てて言い訳を話し始める。
「ご、誤解だ! 私はライと全力で戦うと言ったから、失礼のないようにしたまでだ。正々堂々だ! わ、私は悪くないだろ、レイネール殿?」
「だからと言って、【溶炎爆発】は度が過ぎています。見て下さい。周囲の地形を変え、雄大な草原に生える草木は跡形もない。……生態系を変えかねない力です。最高の名声を冠するあなたが、その配慮に欠けていたとは……。今後の処遇を考えなくてはいけませんね」
怒りを通り越した冷徹な眼差しで見下ろされたルシアは、身が竦んだ。そして次の弁明をする権利を与えられずして、襟を掴まれた。
「一緒に来てください」
「まっ、待ってくれ……!」
レイネールは去り際に、ライとアルマに
「事後処理は私の方でやっておきますので、ゆっくりとお休みください」
とだけ言う。そして、師に力で抵抗するわけにもいかないルシアを、良いように引き摺る。
「街まで轟音が届いてましたからね。全く、被害者がいなかったから良かったですが……死人が出ていたらどうするつもりだったんですか。事情を領主様に説明するのも一苦労なんですからね……」
普段の立ち居振る舞いから離れた、独り愚痴を吐き捨てるレイネールであった。
ライたちは二人の背中を気まずく見送り、それから間もなくして宿に戻る。ルシアの引き起こした爆発の飛び火に触れた肌を治療し、日が沈むまで床に就いていた。
2022/7/7 一部能力名称を変更、ルビを振りました。その他、全体を少し修正。




