Tale 23 白金の冒険者(2)
グリュトシルデの街を並列して歩く三人。
出発日は明日だが、ルシアに「草原に行かないか?」と提案され、今はそこを目指している。
「そう言えば、俺が噂になってるとか言ってたけど、そんなに有名か?」
ライはルシアに尋ねる。この一か月、彼は目立った行動は取っていない。一体どこからどんな噂が流れているのか、気になっていた。
「噂と言っても、私が今朝レイネール殿を尋ねた時に、お前の話を聞いただけだ。レイネール殿が楽しそうに話すから、私もつい色々と聞き返してしまった」
そう言うルシアは少し笑っている。この様子だと、大体のことは知られていそうだ。
反対に、レイネールがそれほどまでに情報を漏らすこのルシアは、彼女にとって信頼するに値する人物なのだろう。
「ああ、そういうことか」
噂というのは、ルシアの誇張した表現だったようだ。
「折角だ。他にも聞きたいことがあったら、何でも聞いてくれ」
ルシアは先輩としての矜持からか、ふとそんなことを言ってきた。
思えば、オスカーとの初対面時も同じように質問をしながら草原に向かっていたと、ライは懐かしく思う。
オスカーに対してはあまり聞きたいことがなかったが、ルシアに対してはそれなりに気になることがあった。また睨まれるのも怖いので、遠慮なく聞くことに決めた。
「それじゃあ、ルシアはどうして冒険者になったんだ?」
「冒険者になった理由? そうだな……自由を求めていたから、だな」
「自由を?」
「私の家は漁師の家系でね。代々後を継ぐことになってるんだ。私はそんな定められた未来が嫌だった。だから家を飛び出した」
「漁師になるのは嫌だったんですか?」
アルマが顔を覗かせて聞くが、ルシアは首を横に振る。
「いや、漁は面白かった。海は広大で潮風も気持ちいい。だけど、『あなたは後継ぎなんだから』って将来を押し付けて来る両親が鬱陶しくて。あの時はうんざりしていた。そんな時だ、レイネール殿が私を拾ってくれたのは」
「レイネールさんが?」
ライはこの時思った。関わる人の大半がレイネールと過去に何かあったのは、一体どうしてなのかと。十数年前に鉱山を訪れ、それ以来ギルドマスターとして身を置く彼女は一体何者なのか、考えれば考えるほど分からなくなる。
「私はレイネール殿に冒険者のイロハを教わった。それからはこの街の冒険者として、少しでも彼女に恩を返せたらと思って活動し続けて今に至る」
「恩返しのために? ……それだけの気持ちでプラチナにまで上り詰めるなんて、ルシアは凄いですね」
「“それだけ”じゃない。活動を続けるには十分すぎる思いだ。挫けそうなときは、いつもレイネール殿の顔を思い出すようにしている」
冒険者になる形にも色々とあるのだとアルマは知った。ルシアのように誰かを思う気持ちが自分の成長にも大きく寄与するのであれば、愛弟アレクのために頑張り続けたいと思った。
ライもしみじみとルシアの話を聞いていた。良いことを言っていると感心は非常にできるのだが、それだけに彼女の奇抜な姿だけは浮いて見えてしまう。実際、街中の人々の視線は三人に向かっていた。
「あと一ついいか?」
「いいぞ」
「……その格好は誰譲りなんだ?」
アルマも知りたがっていることを、遂にライが聞いた。するとルシアは、
「恰好? 私が自分で考えたんだが、何かおかしいか?」
と答えるので、二人は黙ってしまう。百歩譲って自分で考えた格好をするのは分かったが、一体どうやったらその格好に辿り着くのかは理解に苦しんだ。
考えてみれば、レイネールはよく何も言わなかったものだ。彼女にとっては日常茶飯事なことだから特に言及することもなかったのでは、となるのがライの導き出した自然な回答だった。
「いや、おかしくは……ないのかもしれないけど、本当に自分で考えたのか?」
それでも首を傾げて再度尋ねてしまう。
「急に歯切れが悪くなったな。なあ、本当はどこかおかしいのか?」
出会ってから威勢の良かったルシアは、不安な顔つきを始めて見せる。今の今まで彼女の格好に、誰も疑問を抱かなかったのか?
いや、それは違うとライは思い直す。気さくであるが、同時にサッパリした態度で物言いがキツイ一面のある彼女。そして見た目から、絡んだらいけない人と思われたのかもしれない。
ルシアは返答する前に、独りでにこの格好に至った経緯を話し出す。
「私は最近まで、オズガルド帝国の歌劇で有名な街に滞在していた。この服は全てそこの仕立て屋で買った物なのだが……」
「その街では、こういう服が流行っているのですか?」
「まあ、それなりにだ。舞台衣装としての用途が多いらしいが、私は舞台に立つ機会など全くない。……だが着たかったのだ!」
保身に走るように、ルシアは必死の弁解をしていた。
散りばめられた派手な装飾は、確かに人々の注目を浴びるにはうってつけだ。舞台衣装として見るなら、とても出来の良い一品だった。
「なるほど。その髪型と、フェイスペイントは?」
「この髪は気分で変えている。これも歌劇の街で知ったことなのだが、どうもこういう髪型が流行っているらしい」
「本当か?」
「本当だ! 役者はこんな感じに、プロのスタイリストに髪を整えてもらっていると聞いたのだ。顔のメイクも役者に触発されてやったのだ!」
「あー……」
ライは全ての辻褄が合い、諦めに近い声を発する。
雑誌で見た芸能人に憧れて、姿を真似ようとする行為に酷似している。その対象は、ルシアが歌劇の街で見た、とある舞台役者。しかし一人で真似事をやろうとしたため、完成度が微妙になってしまったのだ。
そしてその格好の発祥である街では、何とか溶け込めていたが、街を移動すれば異質感が目立って仕方がない。王国には恐らく派手な舞台衣装に身を包むような文化はないのだ。
「その格好は……止めた方がいいよ。少なくとも、髪とペイントは」
「そ、そうか……。忠告感謝する」
しょげるルシアだが、炎が再燃する如くすぐに覇気を取り戻す。
「格好と言えば、ライ、お前も中々イケてるな」
四方八方から観察されるライ。腹いせに何かいちゃもんをつけられるのかと思ったが、違った。
ルシアは彼の一つのアイテムに目をつけた。
「おおっ! これ、ダークサーペントの鞄じゃないか!」
ルシアは子供のように目を輝かせて喜んでいる。
「知ってるのか?」
「当然だ。これはこの世界に一つしかない物だからな」
「えっ。もしかして、ピストリムの常連って言うのは……」
アルマの言葉は遮られ、
「ああ、私のことだ。あそこの姉妹とは仲良くやってるよ。……出発する前に顔くらいは出しに行くか」
意外な鞄の出所が判明したところで、三人は街門に着いた。
物珍しさを露わにルシアを見る見張りの兵士たちの横を通り、草原に出て、人気のない場所を選ぶ。
「やっぱりここの空気は美味しいな」
遠方の木々の枝に留まる小鳥たちのさえずり。爽やかな草の匂いを運ぶそよ風。昼寝に最適な暖かな気温と優しい日差し。
そんな新緑のフィールドで、何をするのかとずっと不思議に思っていた二人。まさか本当に昼寝をしようとは言うまい。いくらルシアに大らかな一面があろうと、馴れ初めに選ぶ行為とは決して違うだろう。
実際、その通りだった。彼女から放たれた一言は、
「さあ、勝負だ!」
というまさに数多の戦闘に身を染めてきた、白金たる者の勇壮なる戦意だった。
2022/7/7 全体を少し修正。




