Tale 22 幼女召喚士(5)
安心のもと全員が振り返った先にいたのは、拘束が解けたマーシャルテだった。
「マーシャルテ、よくぞ戻ったのじゃ!」
ナディルネアは人目も憚らず、ライたちの間を縫い、ただ一人の従者へと駆け寄る。
「ご無事で何よりです。……お怪我はありませんか?」
指を使い無言でフレイスジェミニを整列させた後、主を丁重に抱きかかえたマーシャルテは、彼女を玉座に運んだ。
「うむ、童は元気じゃ!」
ナディルネアは笑顔を見せる。
「それならば良かったです。さて……」
ライたちへと振り向くマーシャルテ。好戦的でなく、話したげにしているのは嘘ではないようだ。
「ありがとう。助かったよ」
「気にしないで。恩を返しただけよ」
“恩”というのは、先の一戦で命を取らなかったことに対してらしい。ライたちが命を取らなかったのは、マーシャルテの便宜に対して取った行動であり、これでは完全にお互いに貸しを作り続ける状態だ。
だが、そんな細かいことに対してどうこう言っている場合ではない。彼女の一声がなければ、ライたちの命は散っていたはずだ。
今は、義理堅いマーシャルテにただただ感謝した。
「フレイスジェミニはお前の支配下なのか?」
「言ったでしょ、私は調教師。【服従の呼び声】によって、死ぬか私が効果を解除するまで絶対服従よ。同時に調教できる数に制限はあるけど……私よりも弱い相手にほど、掛かり易いわね」
彼女の説明を受けて、この魔王軍の二人の相性は抜群なのではないかと悟った。
クロス・ファンタジーでも、似たような戦法を取るプレイヤーをライは見てきた。一人がモンスターを強制召喚し、もう一人が洗脳を掛け命令を聞く状態にしてしまう、という凶悪コンボ。“無限テイム”と呼ばれた戦術だ。これが成立すれば、【無制限召喚】のデメリットは大きく低減されるのだから、発見された当初は衝撃を与えられたものだ。
それなのに大陸を制圧しようとしないのは、今は様子見のつもりなのか、それとも単に力の使い方を理解していないのか、ライには疑問が残った。
「マーシャルテ、なぜ止めたのじゃ!」
ナディルネアは隊列を崩さないフレイスジェミニを指差した。自分の安全が確保されたことで、再び威張る余裕が生まれたようだ。
「しかし、あのままではナディルネア様までが……」
「童はこう見えても強い! 邪魔者を排除する方が先じゃ!」
ライが見たところ、ナディルネアはどうにも思慮に欠けているようだった。悪魔は長命と聞くが、彼女は見た目通りの年齢なのかもしれない。それとも、精神年齢だけが停止しているのか。
そんな彼女と上手く接することができるのは、マーシャルテだけだ。
「残念ですが、それはできません」
「なぜじゃっ!」
「私は……既に傷を負っています。彼らとは対等に戦えないでしょう。あの強さのモンスターをあの数だけ動かす余力も私にはありません。ここは退くしかないかと」
「目的を達成せずして逃げるというのか!」
ナディルネアは癇癪を起こし、椅子や床を強く叩き蹴る。
「万全を期していたとしても、目的は達成できそうにありません。彼は、ナディルネア様の手中に収めるには強大すぎます」
二人は明らかにライのことを話していた。本人は気になり、口を挟む。
「お前は俺を……いや、俺たちを召喚したんだよな? どうしてだ?」
「教えてやろう。異界には類まれなる強者がいると聞いた。ゆえに貴様らを、童の右腕として引っ張ったのじゃ」
つまりはライたちを魔王軍の一員として迎え入れ、戦力を強化したかったということなのだろう。異界の強者にあたる存在を探していた所、彼らに辿り着いたのは、きっと偶然に過ぎない。
だが、ライはナディルネアよりも実力を持っていた。そんな人物が他にも四人いたのだ。それが、召喚による強制力が皆無だった原因に違いない。
「まだ聞いてもいいか? どうしてお前の目の前に召喚されなかったんだ?」
「あの時は魔力が暴走していたんじゃ。すまんな」
魔力の暴走、という一言で片づけられてしまった。しかしそれが渦の出現座標にズレを与えることには、一考の余地がある。ライは反論しなかった。
「最後に一つ。俺たちを元の世界に帰せって言ったら?」
「えっ……」
誰よりも先に反応を見せたのはアルマだ。寂しそうにライを見つめるが、その様子は今の彼の視界には入らないし、声も届いていない。
「それは無理な話じゃ」
「何だと?」
「童の力は一方通行。お前たちを元の世界に帰すことは不可能じゃ」
「そんな……。それじゃあ、こいつらも……」
ライが心配するのは、一方的に呼ばれたフレイスジェミニたちだ。データの集積体、アルゴリズムやプログラミングで動く、電脳世界上の生物という範疇から抜け出した彼ら。しかし、ここはそれらが存在しなかった世界だ。野に放てば生態系が崩れかねない。
「大丈夫よ。この子たちの面倒は私が見るわ。勝手に暴れられて、任務に支障をきたすのも癪なのでね」
強力なフレイスジェミニを十体も味方につけるに等しい発言だ。総戦力で言えば、ライ一人を味方にするよりもずっと良い選択かもしれない。
「さて、それじゃあお別れの時間ね」
マーシャルテがそう言うと、ライたちは身構えた。
「安心して。別に今回は殺さないわ。次に会う時があれば……その時は本気で殺り合いましょう」
「首を洗って待っておれ!」
「待て!」
本来の目的は魔王軍討伐。自分の召喚された経緯や理由に気を取られていたが、はっと思い出したライ。
余力を一本の矢に注ぎ込み、急いで狙いを定める。
――だが遅かった。
視界は急転し、ライたちは宙に捨て去られたかと思えば、芝生に尻を着いていた。
同時に、矢は見当違いな方向へ飛んでいた。
僅かに青みがかる空と似たような色彩の雷が発生し、小鳥たちのさえずりを妨げる。
満月の映る湖面はもうない。ここが湖の外周だと気付いた時、日が昇り始めていた。
その一時が過ぎ、満月の塔は姿を消していた。
状況を掴みかける彼らに、鎧の金属がガシャガシャと鳴る音が近づいて来る。
何事かと音のする方を見れば、量産型の青銅鎧に身を包む男たちが隊列を成していた。
息ぴったりにその場に停止すると、先頭のリーダー格の中年の男性が一歩前に出て、手を胸に当てる。
「我々はアルスエリア王国の王都より派遣された騎士団魔王軍討伐部隊です! 湖の中心に浮かぶ塔に入るため、周辺を捜索していましたが、有力な方法は一つも得られませんでした! 貴殿らはここで一体何をされていたのでしょうか?」
武器を持った四人が怪しく見えたのか、職質に似たことをされた。
それはそれは清々しくも耳に余るほどの潔さだ。一晩中塔に入ることを諦めていなかった彼の精神は、その鎧のように堅固たるものだった。
「俺たちはあの塔に入りました」
「なんとっ! それは失礼致しましたっ! それで、中の様子は?」
「……魔王軍には会ったけど、逃げられました」
「そうですか……。魔王軍討伐への協力、そして情報提供感謝します!」
王国騎士団はそれから来た道を戻って行った。既に塔は姿を消している。彼らは王都へと報告に行くのだろう。
その様子を眺めて、姿も見えなくなった頃。
「帰るか!」
「はい!」
ライの宣言に、アルマたちは一様に返事をした。
魔王軍幹部を打ち倒すことはできなかった。しかしライの召喚に関する事情を聞けたのは、彼にとって大きな進捗だ。
ナディルネアやマーシャルテは存外悪い奴ではないのでは、と帰り道に話をする一同。アルマは「あれでも悪魔です」とライの失言を正そうとするが、魔王軍の使命から解放されれば一緒に旅もできるかもしれない、と最終的にはその意見に賛同してしまった。
そして彼女の脳裏を、ライのある一言が過った。
「あの、ライ……」
「何だ、まだ反論があるのか?」
「いえ、その……。もし元の世界に帰れるのなら、どうするのかな……って」
ライは前方に昇る朝日を眩し気に見て言う。
「帰らないよ。俺はまだこの世界でやるべきことがある」
「仲間捜しが終わったら……?」
「その後のことは分からない。少なくとも今は」
期待していた返答ではないのか、アルマは俯いた。
「でも……俺は今が楽しい。これからだって、きっとそうだ。だからアルマ、一緒にいてくれ」
「……! はい、喜んで!」
輝いた笑顔がライを見上げた。
そんなやり取りの中に、
「おっ、愛の告白かー?」
と小馬鹿にして雰囲気を壊すリスティーが後ろから。
「そんなんじゃねーよ!」
「ど、ど、どうしてあなたはいつもふざけたことが言えるのですか!?」
否定する二人だが、アルマに関してはまんざらでもない様子だ。
「顔、赤い」
さらに後ろからユエラが、アルマの様子にツッコむ。
慌てて顔を覆い隠した彼女は、草道をまっすぐに駆けた。
「な、なに言ってるんですか、ユエラ! さあ、街に戻りますよ。誰が最初に着くか勝負です!」
場を誤魔化す提案に、他の三人は「疲れた」と漏らしながらも賛同し、勝負に耽る。
そんな賑やかな冒険者たちの日々が、これからも繰り広げられるのだった。
Chapter 2 完結となります。楽しんでいただけたでしょうか?
今後もちょくちょく更新していくので、是非読んで下さい。
2022/4/18 全体を少し修正。




