Tale 22 幼女召喚士(1)
アルマは気が付けば、大扉がある場所に戻って来ていた。手には赤い宝石を持って。
そして彼女の視界の隅には、身体に服の張りついたライたちが浮かない顔で立ち尽くしていた。
「ライ!」
「アルマ、無事だったか?」
「心配かけました。でも、大丈夫です。自分に打ち克つことができました」
「そっか。なら良かった」
アルマは安心する三人を見た後、床に目が行く。
「ん、これは……?」
それは床に書かれたアルマへのメッセージ。水滴の滲んだメッセージだった。残念ながらライたちの方が早く戻ってきたため、伝言は上手く機能しなかったが、気持ちは十分に伝わったようだ。
「アルマの方が遅かったから微妙な感じになっちゃったな」
ライは困った顔でそう言う。
「いえ、ありがとうございます。心が温かくなりました」
「……そう言えば、どうして三人はびしょ濡れなんですか?」
「もうあんな目は懲り懲り」
ユエラは顔色を悪くして言う。
アルマはその経緯を聞いた。すると徐に笑いを込み上げる。
「そうですか、ユエラが……ふふっ」
「笑わないで。私、恥ずかしい」
「あなたは普段おっとりしていて自分を表に出さないから、金槌だって知ってちょっと嬉しくなりました」
ユエラは目を鋭くして反抗する。
「アルマこそ自分を表に出さない。むぅぅ……」
芽生えたばかりの対抗心が顔から伝わって来る。
「ほら、喧嘩なんてすんな。うちらはこれからも一緒だ。だから、お互いの知りたいことも知りたくないことも知るだろうよ。今焦らなくても大丈夫だ」
「そうだね、うん」
大人しく引き下がったユエラ。
アルマが自分の過去に向き合えたからこそ、そして一同が彼女の過去を知り、立ち尽くしていた見えない壁を取っ払うことができたからこそ、今の和やかな雰囲気がある。そこにはもう、余計な気遣いはいらない。
「さて、先に進もうか」
ライは重そうに立ち上がった。
炎の魔術を誰も使えない。火の焚けそうな場所もない。服を乾かすのは諦めたようだ。
その時、アルマは手の宝石に熱を感じる。
「あの、待ってください。もしかしたら……」
赤の宝石を突き出すと、濡れた三人を取り巻いて蒸発を起こす。摩訶不思議なことに、余計な水分だけが飛び散った。
アルマの一瞬の行動に、本人も含め驚いた。
「濡れた体が……乾いた?」
ライは当然アルマの方を見て説明を求める。
「この宝石から熱を感じたので、何か起こるかなって思っただけなんですが、まさか本当に力が働くとは思いませんでした」
「この宝石は、特別な魔力が込められている物なのかもしれないな」
転移先で入手した青色の宝石を見つめる。水を生成できるという予想をしたが、しばらく水を見たくないというのはライの本音だ。
「ここは魔王軍の建てた塔です。魔大陸ドルアークで産出される鉱物なんでしょうか?」
「そうかもしれないな。ここから先は十分慎重に進もう」
四人は扉の前に立つ。
そして自分たちの記憶を辿ることになる。
「あの……私がいない間に三つも試練をクリアしたんですか?」
アルマは、自分はそんなに長い間、弟の夢を見ていたのかと疑う。
「いや、うちらが戻って来た時、下の宝石二つは埋まってた」
リスティーの言う通り、石の扉の窪み、その下方には黄の宝石と緑の宝石が輝きを放っていた。
「誰かが勝手に試練をクリアしたということでしょうか?」
「でも誰がやるんだ? ここには俺たち以外にはいないはずだ」
味方に関して言えばその通りだ。しかし“俺たち”以外にはあの魔王軍の二人がいる。まさか敵が自分たちへの仕掛けを解くなんてことは考えられない。もしそうだとすれば、一体どんな思惑に従った行動なのか。
ライたちはその可能性を無意識に除外していた。それが本来自然な思考であるが。
「……何にしろ、残りの試練をやらなくていいならラッキーだ。早く先に行こうぜ」
リスティーに促され、それぞれの宝石をはめる。
すると、扉は消滅してしまった。四色の宝石も一緒に消えた。
「「消えた……!」」
全員不意を打たれ、ポカンと口を開ける。重厚感があったので、地鳴りと共に扉が左右にずれ開くと思っていたのだ。
ここからは、だらしのない顔は厳禁だ。再度気を引き締め、その先に続く通路を進み、魔法陣に乗った。
それからというものの、通る場所、覗く部屋全てはがらんどうだった。敵の一体たりとも出現しなかった。いくら魔王軍が手薄だと言っても、最低限の警備というものはあるだろう。四人は完全に調子を狂わされた。
しかし力を温存できるのであれば逆に好都合。そう思い始めた頃、遂に一人の敵が立ち塞がる。
「ようやく来たわね」
声に導かれ階段を上って行くと、石柱そびえる空間にいたのは幹部の配下。夜の森で捨てた物と同じデザインの短剣を二本、既に両手に構えていた。
「マーシャルテ……」
ライたちが一歩二歩とさらに進むと、彼女は両手を広げる。
よく見れば、その後ろにはさらに上の階へ続く螺旋階段が確認できた。
「ここまで来たこと、歓迎するわ。そして我が主もあなたに会いたがっている。でも、易々とここを通すわけにはいかないわ。力を示してちょうだい」
そうは言うが、前回ライとの一対一の戦いにおいて、最終的には苦戦を強いられたマーシャルテ。主を守りたい意思から、最初から油断は一切なしのようだ。
「みんな、力を貸してくれ」
ライは背中に手を回す。
「もちろんです。突破口を開きましょう!」
返ってきたのは、笑顔の頷き。
そして戦いの火蓋が切られるのかと思えば、ライは首のスカーフをアルマに渡す。
「アルマ、悪いけど代わりに持っててくれ。さっきの熱で体が熱くなった」
「何ですか、これからという時に。……まあいいですけど」
スカーフを受け取り握るアルマ。
「……えっ?」
彼女は最後にそう呟いてしまった。
そんなぼそぼそと小声で話す二人を、マーシャルテは律義に待ってくれていた。
「お話は終わったかしら?」
「ああ、布陣は完璧だ」
最初から全力のライは、得意の雷魔術と射撃の複合技を放つ。
だが、それは軌道を逸れた。金属の打ち合う音の後に、床に弾き落された。
「残念、あなたの雷は対策済み。全てこのダガーで弾けるわ」
マーシャルテの短剣には通電を防ぐ加工が成されていた。一日しかない間にこの対策を優先したということは、それだけライの雷が脅威だったのだろう。
ライは面食らった顔をするが、彼には頼もしい仲間がまだいる。彼女たちも次々に参戦する。
「前はうちに任せろっ! うおおおぉおお!」
リスティーの勢いよく振りかぶった右拳が一直線に向かうが、
「遅いわ」
それを見極めるまでもなくあっさりと躱してしまう魔王軍幹部の従者。
一方で体勢を崩すことない体幹の強いリスティーは、空ぶった勢いを利用して回し蹴りする。
しかしそれさえも、ひょいと軽いジャンプで往なされた。
「すばしっこい奴め……!」
「あなたが遅いんじゃないかしら?」
優越感に浸る笑みを見るが、リスティーは煽られはしなかった。若干歯ぎしりはしているが、まだ冷静を保てている。
そんな会話の途中でさえ、ライたちの攻撃は間髪入れずに続く。
「【雷電光鎖】!」
ライは、アイリーをゴブリンから守った際に習得したこの力をそう名付けた。
名付けることでイメージが明瞭になり、より強度を増した雷光の鎖がマーシャルテを襲う。
しかし短剣を素早く動かすことで、鎖は微塵に切り刻まれ地面に落ちる。やはり短剣をどうにかしなければ、ライの雷魔術は通用しないらしい。
「ちょっと攻撃が激しいわね……」
もとより一対多の構図だ。
鬱陶しそうに嘆くマーシャルテのもとに、続いて光の刃が差し向けられる。後方へ跳躍して大方を躱すが、それでも躱しきれない残弾と呼べるものは全て短剣で弾き返した。
短剣には光を防ぐ特殊な加工はされていなさそうだったが、単純に魔力量が低ければ簡単に対処できるようだ。
最後方で様子を窺い続けタイミングを計って放ったつもりの一撃は通用しなかったが、ユエラは表情一つ変えずに集中し続けている。
「技のお披露目は終わったかしら? 次はこっちから行くわよ」
マーシャルテの不敵な笑みが一瞬浮かぶ。そして、それは残像となった。
2022/4/18 全体を少し修正。




