Tale 21 満月の塔(6)
アルマは戸惑っていた。弟アレクが現れたかと思えば、彼らしからぬ言動を見せたからだ。
確かに、彼はやんちゃだった。しかしその性格が人を貶めたり苦しめたりする結果に導いたことは一度もないのを、姉は知っていた。
「どうして、どうしてそうなるの!?」
「決まってるじゃん。あの時、俺は姉ちゃんの尻拭いで殺されたんだ。姉ちゃんが弱かったから……どうしようもなく臆病な姉ちゃんを……」
「私はそんなつもりじゃ……」
「じゃあどう違うって言うの?」
「それは……」
アルマは反論できなかった。事件当時の彼女は、まさに弟が証言している通りの人物だった。彼の行動が尻拭いだったのかは分からないが、少なくともアルマが弟に負い目を感じていたのは事実だった。
「やっぱり、姉ちゃんは昔っから変わらないね。ずっと弱いままだ。強がって上手くいったこともあったみたいだけど」
今は弟の目を見るのが怖かった。それでは彼の言うことを肯定するに等しいが、アルマは塞ぎ込み始めていた。
(そんなの、私が一番良く知ってるよ。でも、弱いままじゃいけないから……死んじゃった村のみんな……送り出してくれたみんなに申し訳ないから……。そんな思いで強くなりたいって思ったけど、やっぱり上辺だけの強さだったってことなのかな)
今のアルマから流れ出るものは涙だけだ。自分の弱さを嘆いたもの、それから弟に対する申し訳なさによるもので、自分は生きている価値なんて、生かされた価値なんてなかったのではないかとさえ思い始めている。
だがそんな時、目を瞑っている彼女の薄闇の前に、ある一人の男が映った。
(ライ……それに……)
彼の姿を思い浮かべると、次に冒険仲間の二人のことも思い浮かぶ。
(みんなが待っていますね。こんな所で負けちゃいけないですよね……。だって私たちは……仲間なんだから! 果たすべきことがあるんだから!)
決心のついたアルマは目を開けた。そして今も眼前で構える弟の姿を、いや、弟の皮を被った化け物を直視する。
彼女の目つきを見て、偽アレクは警戒した。
「な、何だよ……姉ちゃん……」
「私は強くなりました。あなたが天に昇ってからというものの、私はいつも塞ぎ込んでいました」
「言ってることが矛盾してるじゃないか」
「いいえ、間違ってません。どうしようもなく日々を送っていた私に今の強さをくれたのは、アレク、あなたです。あなたの夢を私が引き継ぎたい。そう思ったから、私は一歩踏み出すことができました」
「そんなのただの罪滅ぼしだ……」
アルマを掴み上げるアレクの手が小刻みに震える。そんな彼を気に留めず、姉は語りを続ける。
「はじめはそのつもりでした。でも、グリュトシルデの街に来て、色んな人と過ごすうちに楽しくなりました。もっと広い世界を見てみたいと思いました。だから日々成長を重ねて、ここまで来ることができたんだと思います」
「成長を……重ねた……ねぇ」
「そうです。少なくとも私自身はそう実感してます」
「だったら、俺の苦しみを味わってみろよぉおおおおおッ!」
激昂したアレクは、感情のままに空いている片手を大胆に引く。
しかしアルマは全く動じない。
「私は受け止めます! こんな所で折れるわけにはいかないんです!」
興奮状態のアレクが手を止めることはなかった。彼の思惑通り、その腕は押さえつけているアルマの腹を容易く貫通した。
「……っ!」
固い意志を手に入れたアルマであったが、想像以上の痛みに絶句する。ここが現実か夢世界か、関係なしに血は流れ出るし、妙な生暖かさを感じるし、何よりも弟の小さな腕が刃物のように内部を抉り、その感触を愉しむのが伝わってきてしまう。
「あの時の……再現」
「そうだよ。俺はこうしなきゃ気が済まないんだ。さあ、もっと!」
返り血に染まるアレクの顔は人間離れした悪魔のようだった。弄るような手の動きに連動して、隣接する臓器が悲鳴を上げていく。
「私は……負けないです! ……あなたの気持ちも……全部受け止めるっ!」
呼吸することも必死なアルマの声は擦れている。
「取り繕った偽善はいらない! さあ、姉ちゃんの弱さを見せてよ!」
その後もアレクは容赦なかった。刺した腕を一度たりとも戻しはせず、快楽に浸り続ける。
当然アルマは悶えていた。体中から汗が湧き出て寒気を感じ、出血多量なのになぜか意識は線一本で繋ぎとめられているような感覚。死より苦しみは勝っただろう。
それでも彼女は決して弱音を吐かなかった。姉としての威厳と、揺るがない意志を見せつけるために。
「ここまでやっても駄目なんて……」
「私はお姉ちゃん……だから」
自分のことで精一杯なのに、アレクの方に目線をやる。
そんな微小な余裕を感じ取った彼は先に観念した。何の執念も纏っていない、純粋無垢な弟そのものに戻っていた。
「……姉ちゃんはほんとに強くなったんだね。うん、ほんとは最初から分かってた。少し意地悪がしたかったんだ」
「少しにしては、とってもえげつないですよ」
「大丈夫。ここは夢のような世界。だから姉ちゃんの身体は無事だし、もう痛みもないはず」
「そうみたい……ですね」
恐る恐る腹を見るも、この出来事がなかったかのように穴は塞がっていた。零れ広がる血の一滴すら見当たらない。
「この空間は挑戦者を悲しい過去に対峙させ、克服してもらうための場所。姉ちゃんは見事にそれをやってのけた。だから俺とのお話の時間もこれで終わり。……さあ、目覚める時間だよ」
目覚める時間とは言うが、アルマを襲うのは強烈な睡魔。アレクと最後に言葉一つ交わせずに眠りについてしまう。
(アレク……お姉ちゃん、頑張るから。だから、応援……していてね)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
マーシャルテは焦っていた。
様子を見るため塔の最上階に戻って来てみれば、仕えるべき主の姿がないからだ。
塔の外に出たとまでは考えていないにしても、所在が気が気でなかった。
「なんじゃ、戻っておったのか、マーシャルテ」
マーシャルテは血相を変えて振り返る。
その先にいたのは変わりないナディルネアの姿だった。
「ナディルネア様、どこに行っていたのですか!」
主の身長に合わせるように屈み、逃げられないように両腕で体を掴む。
「ちょっと暇じゃったから、童も散歩に興じていたのじゃ」
「……お気持ちは分かりますが、今は敵が侵入しています。万が一のことがあればどうしたら……」
「安心せい! 童はそう易々と負けはしない。童の力、お主も知っているであろう?」
「はい、それは。だからこそ私たちは魔界から配下を引き連れるのが難しい現状、ナディルネア様のお力によりそれを成し遂げようとしてきました」
ナディルネアは何度も頷く。
そして奥の玉座までちょこちょこと歩いていた彼女は、そこにジャンプして座った。
「うむ。しかし童の力を以てしても、協力を仰げなかった」
「古の大賢者……。今思い出しても忌々しい……!」
「過ぎたことを嘆くでない。魔界から仲間を連れることができないのであれば、別の場所から引っ張ってくれば良いだけの話じゃ」
ナディルネアは話しながら、視点はその相手を向いていない。今も侵入者たちの行動を見て楽しんでいた。
「っと……過去の話はここまでじゃ。奴らが試練を突破したようじゃぞ」
「では、私は下の階に戻り、迎撃の準備を致します」
マーシャルテは跪き、主に背を向けて階下へと向かった。
そして彼女がいなくなってから、
「はぁ……。あの仕掛けは簡単すぎじゃ、マーシャルテ」
物足りない様子で呟いた。
仕掛けを作った張本人を傷つけないよう、ほんの少しの優しさを垣間見せた主人であった。
2022/4/18 全体を少し修正。




