Tale 21 満月の塔(5)
アルマはまたも知らない空間で目を覚ました。
辺りは一面の闇。しかし自分の全身だけはしっかりと確認できる。
「私は助かったのでしょうか?」
手も足も不自由なく動かせる。全身が炎に包まれていたはずなのに全く損傷がない。置かれた立場を理解できないまま、時間だけが過ぎてゆく。
「脱出できるならしたいですけど……」
試しに歩いてみると、その感触は伝わってくる。だが真っ暗闇の中、どこに向かっているかも分からないし、出口があるのかも定かではない。彼女は探索とも言えない探索を止めてしまう。
「無理そうですね。一体どうすれば……」
アルマは悩み始める。そうしてすぐに、状況は変化した。
「姉ちゃん」
咄嗟に後方を振り返った。この世界でアルマのことをそう呼ぶのはたった一人しかいない。いや、いなかったのだから。
脳裏に過る幼子の無邪気な笑顔。かつてどれほどの元気を貰い、日々を共にしてきたか。そのかけがえのない家族の一員が立っていた。
「アレク!? どうしてこんな所に……。やっぱり私、死んじゃったの?」
「ううん、違うよ。姉ちゃんは死んでないよ。だって……」
姉と弟には約三メートルの距離がある。子供姿の弟の腕では到底姉に触れることはできない。
しかしアレクは瞬時に姉に詰め寄った。まるで瞬間移動でもしたかのように。
そしてアルマは彼の小さな手に押さえつけられる。首をがっしりと掴まれたのだ。
「僕が殺さないと意味がないから!」
「……!?」
アルマは何が起こったのか理解できず、言葉に苦しむ。あの優しかった弟は、今や憎悪に満ち溢れた悪魔の顔に見えて仕方がなかった。
「何……言ってるの? ……離して!」
アルマは必死に抵抗するも、弟の拘束からは逃れることはできない。
「う、嘘……どうして!?」
男女の筋力差、アルマが病弱だったこと。それらを除いても、当時よりアルマは成長しているし、年齢差もある。弟の腕を振り払うことなど造作もないと思っていたゆえに、一層焦ってしまう。
「無駄だよ。それよりも、あんまり喋らない方がいいよ。呼吸ができなくなって窒息死しちゃうから」
「くっ……!」
アルマが少し抵抗すれば、アレクはさらに腕に力を入れる。彼の発言が冗談でないことが分かると、ひとまずは無駄な力を抜いた。
「さあ、お話ししようか、姉ちゃん」
アレクは笑いながら話し始める。今彼がとっている行動とは裏腹で、不気味で仕方がない。
「俺、すっごく痛かったんだあ。腹を抉り取られてさ……」
彼の嘘笑いは止まない。そして同時にアルマの瞳に、当時の情景が映し出される。正常な判断力を持つ者であれば、誰が見てもそれを快いとは思わないだろう。アルマも成長した今でも目を背けたくなってしまう。
しかし彼女は目を瞑ることができなかった。いや、許されなかった。
この得体の知れない空間においては、主導権は彼女になかった。本人の意思とは無関係に生み出されたそれを、一定時間繰り返し見させられる。
その結果、アルマは涙を流した。嘔吐するまでには乱れなかったが、それでも大分精神にダメージを受けた。
「俺の痛み、苦しみ、分かってくれた?」
「うん。……痛かったよね、辛かったよね」
「そっか。……良かった」
アレクの力が緩んだ。
それでもアルマが彼の腕を振り払えそうにはなかったが、今は余裕をもって呼吸ができる。
そんな感じ取れる弟の安堵に、姉も同情したが、
「それじゃあ、姉ちゃんも受け入れてくれるよね?」
「……!?」
アルマは「何を?」と言いたかったが、それより前に弟に再び締め上げられた。
「姉ちゃんも抉り取られるんだ……俺の手でね」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方で、ライたちは丁度『水泡の間』に転送された頃だった。
真っ白な壁に囲まれた無機質な空間と言えば、まさにこの場所だろう。
「何だここは……。何もないじゃないか」
ライはそう言いながら空間を見上げている。
目視したところ、約十メートル四方の立方体程度の大きさだ。出口もない、狙う宝石の類もない。足元には無効の魔法陣がある程度で、完全なる密室だ。
「場所間違えた?」
「それは魔法陣に言えよ」
時間が無駄に流れていく。何かをしようにも、探すような場所もないので、彼らは本当に途方に暮れていた。
そんな時、頭上に青く渦巻く球が出現した。
音を立てた後に水が放出されるので、三人はさぞかし驚いたことだろう。同時に、この状況の導く結末が脳裏を過る。
「おい、これはヤバい!」
「い、言われなくても分かってる。ど、どうすんだよ!」
いつになく動揺するリスティー。この時点で水かさは既に膝下あたりまで到達していた。想像以上に放水速度は速い。
「二人とも、落ち着く。さっき言ったばかり」
「ユエはなんでそんなに冷静でいられるんだよ! うちら、このままじゃ溺れて死ぬぞ!」
「分かってる。その時はその時、仲良く逝こう」
「受け入れるな! ああーもう、どうしたらいいんだよ!」
水面は容赦なく上昇する。ライとリスティーが潜水して手掛かりを探すが、進展はない。
一度上昇しようと上を見ると、何やら慌ただしい光景が映った。
(もしかして……!)
ライの嫌な予感は当たっていた。ユエラが藻掻いていたのだ。
「大丈夫か!?」
自分の身体に捕まらせることで、ユエラは落ち着きを取り戻す。この状況で一番落ち着く必要があったのは彼女のようだ。
「ありがとう」
「まさかユエが金槌だったなんて……」
水面での騒ぎに遅れて浮上したリスティーも、今になって初めて知った。
「でもこれじゃあ二人で潜れないな。どうする?」
「うちが行ってくる。ライはユエを頼む」
一つ頷くと、リスティーは颯爽と水面下に消えていった。
彼女は目を凝らして壁を観察している。
真っ白な壁は、生成され積もる水を通してもなお様子は変わらない。そんな変化のなさに腹が立ってくる。
(くそっ……何かないのか)
何度も身を翻すリスティー。
(落ち着け。こういう時こそ落ち着くんだ。ユエも言ってたじゃんか)
目を瞑り、耳を澄ませる。だが頭上に鳴る轟音がしつこい。思いっきり吸い込んだ酸素が減る中、集中力が途切れそうになる。
そんな中、リスティーは覚醒した。水流の機微に反応して、その方向へと泳ぐ。
目を凝らせば、壁の一部にひび入っているのが確認できた。最初からそうなっていたのか、水圧によってそうなるように細工されていたのかは分からない。今はここに突破口を見出すしかないと決め、一度二人のもとに戻った。
「どうだった?」
「ああ、壁に亀裂が入ってた。そこを叩いて道を作る」
呼吸の乱れを感じさせないリスティーは、それだけ言って再び潜った。
水面の猶予はあと一メートルもない。再度呼吸をする余裕はなく、これが最初で最後の試みとなるだろう。
彼女を追いかけ、ライとユエラも潜る。ライが支えになり、負担にならない速度で泳ぎ進む。
深くに身を留めておくのも一苦労の中、ライたちはリスティーに追いついた。
その時、既に部屋の水量は容積一杯で、放水は止まっていた。
だから三人は壁方向への歪な水流の音を確認することができた。
ライはユエラの身を支えているため、弓を射ることはできない。水中なので雷を使うことも能わない。
リスティーに目線を送れば、彼女は水の抵抗を感じながらもパンチにキックを繰り返す。
しかし壁は想像以上に頑丈で、それだけでは破壊できなかった。
リスティーに加えて、ユエラも加勢する。可能なだけ光の刃を生成し、壁の亀裂目掛けて食い込ませる。
すると、ゴゴゴゴゴという猛音と共に亀裂は広がりゆく。そのタイミングでリスティーが重い足蹴りを見舞うと、白い礫片となり崩壊を起こした。
破壊された先にはやはり隠し通路が続いていた。微小であった水流は、壁の崩壊を引き起こしたことで強く働くようになる。
それに耐えられず、三人は一方通行のように流される。そして不運にも、ライとユエラは離れてしまった。手を伸ばしても彼女に触れることは――。
(まずい、ユエラが!)
進む方向は同じにしても、泳げないユエラにとってはこの離れ離れの時間は一瞬でも危険だ。
(た、助けて……)
ガボガボと藻掻いた後で、目を閉じ気を失いかけるユエラ。彼女に手を差し伸べたのはリスティーだった。
(ユエ、待ってろ。……【加速】!)
今の状態では、リスティーは水流に抗うだけの脚力を持たない。ならばそれを強化すれば良いだけのことだ。
地上で速く走るためのスキルを、水中でのバタ足の動きに応用させることで、彼女の機転は功を奏した。
全身に水圧を感じながらも、少しずつではあるが逆行している。ユエラをがっちりと掴むと、華麗にターンして水流の向かう先へと爆速で泳ぎ切った。
ライはそんな遠ざかる二人に遅れて水面に顔を出した。
ユエラは仰向けに倒れていて、飲み込んでしまった水を吐き出しているところだった。
「二人とも、無事か!?」
「ああ、ユエは気を失ってるけど、少ししたら起きるだろうよ」
その言葉の通り、体内に吸い込んだ水をほとんど吐き出した頃、ユエラは大きく咳をしながら起き上がった。
「ここは……?」
「全く、心配かけやがって。でも良かった」
湿ったユエラの髪の毛をぐしゃぐしゃと撫でるリスティーを、今のユエラはただ受け止める。
「ごめん、今まで水中のクエストは受けなかったから……」
「いいんだよ。これから克服していこうぜ」
絆はさらに強まった。
二人のやり取りを微笑ましく眺めていたライは、至近の蒼い輝きに目を細める。
台座に青い宝石が一つ供えられていた。
「これが、あの扉を開けるのに必要な鍵か」
ライは疑いもせずに宝石を手に取った。
その瞬間、三人を囲むように魔法陣が出現した。
2022/4/18 全体を少し修正。能力名称を変更:【加速】→【加速】




