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Tale 20 仲間(4)

 夜間の遠出を伴う依頼は三人にとって初めてだが、当時から【光の照球(ライトスフィア)】を習得していたユエラのおかげで視界確保の光源には困らなかった。


 しかし彼女の魔術はまだまだ未熟で灯りはどちらかと言えば心もとない。有事にも備えて、簡素なカンテラをアルマが携行している。


 それにいくら光源があると言っても、視界が明瞭でない中距離ないし遠距離からの奇襲を受ければ、プレップの彼女たちの手に余る可能性は高い。その確率を少しでも減らすため、一歩進むごとに慢心で弛まないよう、警戒を怠らない。


 そしてクエストに慣れ始めたと言っても、収入はまだまだ下の下だ。日々を生活する資金繰りに四苦八苦する時もあり、贅沢は許されなかった。


 そんな彼女たちの武装や道具は安い物ばかりだった。


 近接戦闘が最も得意なリスティーが先頭に、次いでアルマ、ユエラと続いている。道中の草原地帯は広く、わざわざ一列になる必要もないので三人は隊列の原形を(わず)かに留めながら横に広がって歩いているが、挟まれるアルマの歩みは心なしか普段より遅い。


「ちょっと休憩していかない?」


「目的の場所はあと少しだぞ。もうちょっと頑張ろうぜ」


「そうですよ。依頼を達成して街に帰る時間も考慮すると、ここで時間を使うわけにはいきません」


 ここまで戦闘一つなく、月明かりの下、淡々と歩き続けていただけの三人。それも三十分と少しの間だ。休憩を挟むには早いかもしれない。


「私は休みたいの」


 ユエラは自分の意志を押し通し、その場に座ってしまう。どう足掻いても彼女はしばし動きそうにないので、他二人も観念した。


 野営するわけではないので、何もない草地を三人で囲んで座っている。お互いの顔が確認できる程度の暗さで、彼女たちは雲の流れる夜空を見上げ眺める。


 ユエラは常にふわふわした印象があるが、観察眼には長けている。口には出さなかったが、今朝のギルドでのアルマの異変、それから今しがたの彼女の憂鬱さも感じ取っていた。


 実際に座って一息ついてみると、アルマの様子は改善していく。ユエラは彼女の息遣いや表情の機微を通して、自分の予想を確信に近づけたが、口には出さない。


 そうしても、アルマのことだから「大丈夫」と言い張ることが、簡単に想像がつくからだ。さらに、既に徒歩三十分の距離を歩いている。ここで何も成果を挙げずに帰ることが選択肢にあるはずがなかった。


 適度に休息を取った後、三人は再度出発する。


 しばらくすると、村々に繋がる分かれ道に差し掛かった。傾きかけの看板が刺さっていたが、劣化が激しく文字は擦れ擦れで部分的にしか解読できない。


 淡く光り輝く球がその一枚板の看板を照らすと、


「『この先、山間部。注意して進むように』って書いてありそうだな」


 リスティーは読めない箇所を前後の文字から推測して、文言全体を読み上げた。


「山間部……。なんかざっくりしてる」


「でも地図によると、この先で合ってそうだぞ」


 確かに看板の示す先と地図の指し示す座標は一致していて、そこには村がある。しかしそれらは名の付かない、いや正確には名の通っていない村なのだ。残念なことに、広く認知されていない集落というのは、このような扱いの傾向にあるのが現実だった。


「行ってみなきゃ分かんないな。迷ったら行動だ!」


 リスティーは矢印の示す方へ歩き始めた。ユエラも後を追うが、いつの間にか追い越していた少女が気になってしまう。


「アルマ、大丈夫?」


 優しく話しかけるが返事はない。意識はあるようで、呼吸もしっかり感じられる。アルマは進むべき緩い傾斜の林道をただ見つめていた。


(この場所……やっぱりそうだ)


 アルマはその先が、かつて平和な日々を暮らしていた村に繋がっていることを予感した。体の弱い幼少期に村の外に出たことは一度もなかったため、確証はなかったがそう感じた。


「本当に大丈夫? 体調良くないならここで待っててもいい」


「えっ……あ、大丈夫です!」


 その後で、振り返ることなく進んでいたリスティーに「早く来い」と急かされる。


(自分の目で確かめなくちゃいけませんよね)


「はい、今行きます! さあ、行きましょう」


 アルマはそれまでの重い足取りが噓だったかのように、走って先頭の彼女に追いつく。ユエラは彼女に掛かる疑念を払拭出来ないまま、早歩きで二人を追いかけた。


 しばらく歩き続けると、徐々に彼女たちを囲む自然が減少していくのが分かった。魔王軍の襲撃から数年は経っているので、明らかな焦げ付いた跡は消えてなくなっていたが、植物の成長が遅れている分、アルマはこの場所が自分の故郷であると思えてきた。


「えーっと、討伐対象がいるのはこっちか?」


 リスティーは地図を確認すると、進路を少しだけ変える。


 アルマの故郷は遠ざかって行く。今回の目的地はそこから少し離れた洞窟なのだ。


 その洞窟へは迷うことなく到着し、入り口と思われる一つの穴には赤い灯りが幾つも宙に揺らめいていた。


 日が既に沈んだ夜には、それはとても目立ったことだろう。三人は燃える人魂に用心して近づく。


 フレアウィスプは獰猛というわけではなく、彼女らをつぶらな瞳で覗いていた。それにより彼女たちの手は一瞬止まったが、放置すれば被害が発生するのだから見過ごすことはできない。


 三人は駆除に取り掛かった。フレアウィスプの特色としては炎魔術を魔力の限り行使することであり、また接触した対象に炎を移すという厄介な能力もある。


 それを知ってか知らずか、リスティーは人魂の中心を捉えて拳を突き出した。


 対象はまっすぐ吹き飛んだが、彼女の手に置き土産の如く炎が移ると驚き声を上げた。


「あっちあっち!」


 炎を消す有効な策を誰も有していないため、他二人は彼女の慌てふためく様を見守ることしかできない。幸いにもリスティーが必死に手を何回か振ると、拳の炎は鎮火した。


 十分な金額をかけることのできない彼女たちの装備に、炎に対する耐性は施されているはずもなく、リスティーの拳はグローブを貫通して火傷痕に包まれていた。


 人魂たちが揃って反抗するわけでもないので、手の空いているユエラが何とか傷を治療した。


 火傷痕は完全に消え去ったが、皮膚を焼かれる痛みは心の奥深くまで刻み込まれている。


 フレアウィスプを一体討伐するごとに自らの拳を焼くという代償は、何度も味わいたいとは決して言い難いものだった。


 それでも気合いと根性で目の前の魔物に立ち向かうのがリスティーだ。


 一方、ユエラは前衛組の傷の治療に加え、安全圏からの魔術での攻撃に徹していた。


 彼女が光の魔術を放つと、対抗する如く前方から炎の魔術が飛んでくる。それらは大体相殺するが、時に零れ球がユエラを襲う。しかし軌道さえ読めれば、(かわ)すのは造作もなかった。


 問題なのはアルマだった。


 彼女は剣のリーチを活かすことで、フレアウィスプからのカウンターを直に受けることはなかった。


 炎は剣の鋼を熔解するまでの温度には至らず、たとえ剣が炎を(まと)ったとしても、不思議なことに次の一振りにより空を斬る過程で炎は消えていくのだ。


 しかし彼女は戸惑いながら剣を振っていた。視界の隅に洞窟内が燃える様子が映り、それが過去の村の惨状と重なったからだ。動きは次第に機敏さを失っていき、遂には金属剣の落下し跳ねる音が洞窟内に反響することになる。


「二人とも……!」


 しんがりを務めていたユエラがたまたま後方を振り返って、血の気が引いた表情を浮かべた。


 その声が耳に入り、他二人は彼女が指す方を見ると――。


 三人は気が付いていなかった。洞窟の至る隙間から、小さな炎たちが彼女たちの攻撃を掻い潜り、洞窟の外へ抜け出していたことを。


 フレアウィスプは集団で行動するが、自分たちの危機を察知するとすぐに棲み処を変えてしまう。まさに今もそのような状況に置かれていたのだが、三人は目の前の一体一体に集中していて、全てには頭が回っていなかった。


 洞窟の外部には緑が生い茂っている。逃げ出したフレアウィスプの中には混乱に陥っている者もいて、彼らは誰に制止されるわけでもなく炎を撒き散らす。


「そ、そんな……外が!」


 順調に進んでいると思われていたクエストの失敗を悟ったリスティーは、その場で狼狽(うろた)える。彼女たちにこの惨状をどうこうすることはできなかった。剣と拳では消火できないのはもちろん、ユエラに水魔術の適性はないからだ。


 ゆえに彼女たちにできることは、その火元であるモンスター本体を討伐することに他ならなかった。


「アルマ、被害が大きくならないよう、うちらで片付けるぞ! ……アルマ?」


 アルマはふらつき膝をついて、広がる炎上の様をその瞳に映し続けていた。


 乖離(かいり)しかけていた過去がフラッシュバックした。


 そのまま言葉を発することなく、倒れて気を失ってしまった。


 仲間の戦意喪失により益々混乱を招かれたリスティーとユエラは、目標の討伐を遂行している場合ではなくなった。英断の末、アルマを抱え、クエストを放棄し撤退することに。


 街への帰還を目指す彼女たちがその道中、偶然にも先輩の冒険者に出会いクエストを委ねることができたのは、不幸中の幸いと言えるかもしれない。

2022/4/17 全体を少し修正。能力名称を変更:【ライトスフィア】→【光の照球(ライトスフィア)

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