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Tale 19 小村の業火(1)

 発散したい怒りを抑え、リスティーは元の座席につく。


 スヤスヤ亭の一階は、耐え難い静寂に包まれていた。


 派手に怒鳴り散らかしていたのに、ここの主スヤは姿さえ見せなかった。状況を察した上で、奥に引っ込んでいるのだろう。あの状況では誰が何を言っても火に油を注ぐだけなのは間違いなかった。彼女の判断は正しかった。


「アルマ、本当にどうしたんだろう」


 仲間ではないと(さげす)まれたライは、一度はそのことに心を貫かれたが、アルマが一度情をかけた相手を瞬時に翻して冷徹に扱うことがないのは理解しているつもりだ。そうでなければ、彼女が病床で見せた温厚で柔和な笑みと声色は一体何だったのか。彼女の反応にはそれなりの理由がなくては可笑(おか)しいと考えた。


「あの時のこと、そりゃ引き摺るよな……」


 感情のままに責め立てたリスティーは、頭を冷やすことで自分の行いを反省し始める。


「リスティーもアルマも仲間思い。だからどっちが悪いとか、そういう問題じゃない」


 事情を知っているであろう二人のもとで、話は進んでいく。レイネールは黙っているが、彼女は冒険者ギルドの長。所属している者の過去を把握していることは、想像に難くない。


 つまりこの場で、アルマの感情の爆発の原因を知らないのはライだけ。彼女を助けたい、身の支えになりたいと思う彼は重くなっていた口を開いた。


「聞かせてほしい。アルマに何があったかを」


 他の三人は目を合わせて心に決める。この状況を解決してくれるのはライに限る。そう思っている彼らの代表としてレイネールが語り出す。


「アルマさんは、小さな村の出身でした。名前もつかず、人口も多くない村でしたが、そのような集落というのは守りが薄く、優先して襲撃対象になってしまうのです」


 レイネールの声色は落ち着いているも、低く、哀愁を漂わせていた。


「襲撃っていうのは……」


「はい。アルマさんの村は、魔王軍の襲撃に遭いました」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 鬱陶しい真夏の猛暑も収まり、過ごしやすい気候と、緑と赤に木々が彩られ始める初秋の頃、とある一家族は再集結して卓を囲んでいた。


 父母と姉弟の四人の構成。父が村に帰って来る日の晩飯は、いつもよりも母の腕にふるいをかけられて作られる。


 その料理に猪突猛進な弟、彼ほどではないがパワフルに振る舞う父、眼前の男二人に手を焼かれため息する母、そして独り大人しく食事をとる姉。


 幼きアルマは言動には現れていないが、仕事の休みを利用して帰って来る父を心待ちにしていた。同年代の子供たちよりも一段物分かりの良い彼女は、主に自分たち子ども二人を女手一つで育ててくれる母に感謝しながらも、遠く離れた地で暮らす父のことを恨んではいなかった。父が自分たちのために稼ぎの良い職に就いているのは責めるべきことではなく、感謝するべきことなのだ。


 だからこそ母の負担を少しでも減らそうと、アルマも家事には精を出していた。

 しかし彼女には物分かりの良さと同時に、他者よりも劣っていることがあった。


 それは病弱なことだ。それゆえ、アルマのお手伝い可能な作業量は微小であったが、それでも母は頑張る娘の頭をいつも撫でてくれた。


 今日の豪勢な夕食の一部には、娘の情愛がスパイスとして込められている。


 飛び交う会話の下で、アルマは夕食を食べ終える。正面では未だ弟アレクが胃袋に料理を詰めているが、彼女は一体どうして彼が膨大な量の食事を収容できるのか、疑問だった。


「姉ちゃんもう食わないのかー」


 アレクはもごもごしながら輪郭のない言葉を発する。


「私の胃袋はそんなに怪獣じゃないの」


 アルマは味の濃い料理に侵された口内の塩味を、水を飲み軽減する。


 弟は返答に「ふーん」とだけ発し、再びフォークを口に運ぶ。


 見れば食事中なのはアレクただ一人。アルマのみならず、父も母もとっくにフォークもスプーンも卓上に置いていた。


 アレクは母に食器が片付けられない、と早く食事を済ますように催促される。


 そうして食卓が綺麗になった後、弟は父に剣の教えを乞う。


 父の仕事は、近隣の街で衛兵として治安維持や住民の悩みの解決に務めることだ。武器の基礎的な扱いは心得ている。


 日が沈んだ家のすぐ外で、木製の剣を打ち合う音が聞こえてくる。


「本当にアレクは元気だなあ」


 安い羽ペンを動かしながら、男二人の賑やかさに思いを馳せるアルマ。


「冒険者になりたいっていうアレクもアレクだけど、私はアルマの方が心配だわ」


 同じように外での訓練の物音を耳に入れるアルマの母が言う。


「どうして?」


「街に出て職に就きたいって気持ちは分かるけど、体が弱いから一人でやっていけるかが心配なのよ」


「それは……これから何とかするから」


 文字を綺麗に書く練習中、ペンを一時止めてアルマは答えた。


「まあ、その時になったらかしらね」


「そうだよ! 楽しみにしててよね!」


 娘の将来を憂う母の顔は、小さく威張る娘によって最後には希望を灯す笑みへと変わる。


 そうやって二人で笑い合う中、突然屋内に鈍い音が響いた。


「何?」


 食器や鍋が落ちたのかと思われたが、そうではなかった。


 アルマは窓の外を見つめる。しかしその小枠では、音の原因など分からなかった。


 音は何度も連続的に鳴らされる。まるで一種の空襲警報のように。


「魔王軍だ! 魔王軍が攻めて来たぞー!」


 音の原因は、危険を周知する鐘だった。

 村の見張り担当は(やぐら)の上から血相を変えて言い放った。


「おい、お前ら!」


 アルマの父は息子の手を決して離さぬよう強く握り、家に駆け込んで来る。両親は目を合わせると、各々行動に移った。


 どの家庭でも、子がいれば執る行動は自ずと決まるだろう。


 父は部屋に戻り武器を手に持ち、武装を整える。


 母は子供二人の目線に屈み、説得を開始する。


「二人とも、逃げるわよ」


 アルマたちの村は王都からは距離がある。規模も小さく、認知度も高くなく、街からの衛兵の駐屯はあれども、この村に割かれる数はほんの数名にすぎない。魔王軍の軍勢から村を、村人を守るには残念ながら人員が足りない。


 力のない村人たちには、逃げるか、命を奪われるかの二択しかないのだ。


 母の提案を受け入れる聞き分けの良い娘たち。


 自分たちの住む場所がなくなってしまうのは許し難いことだが、家族一緒にいられるならばとそれを優先する。


 そして迎撃の準備を終えた父が姿を現した。ごく普通の量産型の金属鎧に金属剣。彼が仕事で使用しているものだ。勤めて数年の経つ父の使う鎧は所々傷や劣化が見られる。それらは言うまでもなく、彼の努力の証だろう。


「お前たち、先に行きなさい」


 父は家族を背に、扉の前に立つ。


「父さんは!?」


 アレクは母の拘束を振り払い、父の足元に寄った。


「俺はお前たちが逃げられるだけの時間を稼ぐ」


「俺も戦う!」


「馬鹿か! お前がいたって何もできない」


 敵軍の力量を理解していないからこそのアレクの発言を、父は即却下する。


 そしてアレクを再び母に押し付ける形で預け、強くしかりつけてしまったことを反省して子供たちに優しく告げる。


「行ってくるな」


 父は両手で二人の頭を撫で、温かな感触を刻み付ける。そして立ち上がると立て掛けていた剣を取り、村の入口へと向かった。


「大丈夫かな……」


 アルマの心配が漏れる。


「大丈夫。きっと守ってくれるわ。さあ、私たちも行きましょう」


 母に手を引かれ、三人は村の裏手を目指して出発した。

2022/4/16 全体的に少し修正。

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