Tale 18 ストラティア(1)
一足先にグリュトシルデの街に戻ったアルマたちは、まずはリアナを送り届けた。リアナの母に詳しい事情は話さなかったものの、事件は解決したと告げると、彼女は幾月ぶりかの安堵を見せ、年下の冒険者たちに態度で礼を尽くした。
その後、彼女らは明かりの灯る冒険者ギルドへと赴く。
助力を縋った張本人が何事もないかのように床に就いているわけにはいかない。ギルドの扉を開けると入ってすぐの場所で、リアナの母のように子の安全を喜ぶ如く、レイネールもまたアルマたちの帰還を喜んだ。
彼女たちは自分たちの知りえる今回の事件の全貌をレイネールに伝えようとするが、自分たちを逃がすため身を呈したライがいないことを思い出した。
彼は今回の事件に関して考えが自分たち以上にまとまっているだろうと論じた一同は、彼の帰りを待つことにした。
そうして酒場の一つの机を囲み、使命感からの解放に代わって襲う眠気が込み上げてきた頃、その大扉は開かれた。
破れかけた外套と数か所の掠り傷の目立つ弓使いは、「ただいま」とだけ言うと膝をついた。
マーシャルテに作られた短剣の傷は、想像以上に彼の生命力を抉り取っていた。今までそれに耐えることができたのは、他でもなく、彼もまた使命感に駆られていたからだ。それが彼の痛覚を、緩和させるという方向に麻痺させていたのだ。
傷の治療を催促されたユエラは、迷わず【応急治癒】を唱える。温かな光に包まれる彼の傷口は次第に塞がっていき、問題だった生命力の損失を食い止めた。
ライはユエラに一つ礼を伝えると、念のためポーションを一本飲み、彼らと同じ机に向かう。
そしてレイネールに事件の概要を説明してほしいと言われたので、彼は自分が見て考えたこと、それからマーシャルテの補足を総合して簡潔に伝えるべきことを伝えた。
彼女は彼の一言一句に頷き、疑うことなく納得する。そして引っかかるただ一点に関して呟く。
「魔王軍……ですか」
「悪魔マーシャルテは確かにそう言っていました」
「そうですか」
俯き考え込む顔を上げたレイネール。
「魔王軍、その辺のことに関して、ライさんにはお伝えしなければなりません。今日はみなさんお疲れでしょう。明日……もう日は跨いでいましたね。一度睡眠をとって、その後にお話ししましょう」
ライたちはスヤスヤ亭へ帰ることになった。自分たちの宿泊部屋へ入る直前、ライはアルマに話しかける。
「アルマ、ゆっくり休めよ」
そのように労りの言葉をかけたのは、彼女の元気がないように見えたからだ。そして予想通り、覇気のない返事が返ってきた。
古木の軋む音がアルマの小さな背が語る寂しさに紛れ、彼女は扉の奥へと入っていった。
(アルマ……よっぽど疲れてたのかな?)
ライは天井と睨み合いながらそこまで巡らせていた思考を停止させ、来る朝に備えて目を閉じた。
朝が来ると、彼らの安眠は宿亭の主によって破られる。
彼女は大声を上げ、金属の桶を叩きながら二階へ侵攻して来る。
未だ部屋から出てこない四人の冒険者は、同時に各々の扉を開いた。
「うっさいぞ、スヤ! 朝から何だよ!」
金属音に張り合う怒声。
脱力感に身を預け安眠していた者たちは現実に引き戻されたわけだが、最初に対抗したのはリスティーだった。階段に近い客室で寝ていたのだから、余程うるさく感じたのだろう。
「何だよじゃないよ! お客さんだよ」
「お客さん? ……あ」
続けてライが顔をひょっこりと出す。そして、眠る前のレイネールとの会話を思い出した。
「スヤ、今何時だ?」
「何時って……もう昼前だよ」
ライは額に手を当て、自らの怠慢さに呆れる。
昼時になっても姿を現さなければ、心配になって様子を見に来るというものだろう。
早急に着替え、支度をし、階下に向かった。
そこにはやはり、レイネールがお茶を飲みながらスヤと雑談を楽しんでいた。
ライたちは自らの寝坊を悔い改め、謝罪をした。
レイネールは心の広い女性だ。睡眠時間を削ってまで急務に当たってくれた者に対して辛く当たっては、統率者としての器量の狭さを証明してしまうと笑って流した。
「では早速この世界、ストラティアの歴史について簡単にお教えします」
「そう言えば召喚がどうとか言ってたけど、ありゃどういう意味だ?」
深夜の会話を思い出したリスティーが質問を投げる。
ここでライは彼女ら二人に自身の事情を詳しく説明していないことを思い出す。そして丁度良い機会なので、そのことを告げることにした。
「実は、俺はこの世界の人間じゃないんだ」
「は?」
リスティーはその後で腹を抱えて大笑いする。
「お前、寝起きの私にそんなジョークかましてくれるなんて……! やっぱお前は面白いや!」
「いや、本当だって!」
アルマとレイネールはあっさり信じてくれたが、本来の反応はリスティーのように否定的なのかもしれない。ライはこの瞬間、そう悟った。
いつもはいきすぎた彼女の言動を抑制する相棒のユエラも、この一件に関しては中々にライの味方に付かない。
「にわかには信じ難い」
空っぽの胃に柔らかなパンを押し込みながら、ライの瞳ただ一点を見つめる。
「ライさんの仰ることは本当ですよ」
そう断言したのはレイネール。リスティーとユエラは彼女に注目を集める。
「そう言える根拠は?」
「私は人を見る目に関しては誰よりも長けていると自負しております」
確かに彼女の濁りのない瞳は、それを物語っていると言っても差し支えない。しかしそれでも、レイネールの判断のもとは彼女の直感ということになる。説得力が強いとはならず、信じるか否かはやはり二人に委ねられた。
当人たちは互いに見つめ合うと、一つ短く笑う。
「まあ、ライが他所の世界から来たって、そうじゃなくたって、私たちはこれまで通り接するさ。なあ、ユエ?」
「うん。どこから来たとか、関係ない」
「二人とも……」
ライの瞳は僅かに潤み、声も若干感極まる。
「それで、ストラティアの事情に疎いライに、何か話すんでしたっけ?」
話を既定の路線に戻すため、リスティーがレイネールに視線を送ると、彼女は頷いた。
「そうでした……。それではお話ししましょう。ストラティアの歴史を」
2022/4/16 全体を少し修正。
2022/4/17 能力名称を変更:【キュア―】→【応急治癒】




