Tale 17 赤髪の調教師(1)
魔王軍の悪魔マーシャルテは不敵に笑い、刃をライたちに向ける。
(魔王軍……。この世界にもいるのか)
ゲームや作り話ではよく目にする存在なので、彼にとっては別段驚き戸惑うようなことではなかった。
しかし実際に目にすると、心の持ちようは変わった。
相対してライは弓を背中から取り出す。一方、アルマたちは完全に硬直していて、戦意すら喪失していた。
リスティーとユエラはアルマを心配そうに見ている。一番恐れ戦いているのは、アルマで間違いなかった。
ライは誰かがこの一帯に潜伏しているのを知っていた。それが魔王軍の手先であることまでは分からなかったが、だからこそイデアたちがかくれんぼに興じている中、彼女が不穏な動きを見せないか、監視をしていたのだ。
「あなたたちにはお礼を言わなくちゃいけないわね」
マーシャルテが不意にそんなことを言うので、一同「えっ?」と口にする。
「あの子、呼んだのはよかったんだけど、どうも言うことを聞いてくれなくてね。難儀していたのよ」
「あの子っていうのは、イデアのことか?」
「そうよ。私がこの召喚石で、無理矢理呼び出したの」
マーシャルテは藍色に輝く石をライたちに掲げて見せる。
なるほど。イデアの言っていた強制力は、この石が原因らしい。
「この召喚石はナディルネア様から頂いた物なんだけど……。これの力を試してみようと思って、召喚能力を持つ人間を呼んでみたんだけど、その結果出てきたのがあの子よ。でも……」
マーシャルテは肩を落とし、呆れた口調で続ける。
「あのガキ、私の言うことを全く聞いてくれなかったのよね」
一方的に呼び出されたのだから、そうなるだろう。本人はその当時不機嫌だった、とその口から聞いたばかりだ。
「でも帰したくても、この石の効力が切れるまでは、私にはどうしようもできなかった。おまけに一つの石で縛れる魂は一つだけ。完全に無駄にしてしまったわ」
マーシャルテは足元に召喚石を落とす。そしてそれを足で踏んで粉々に砕く。
「でもどうして彼女を召喚しようと思った?」
ライが質問を投げる。するとマーシャルテは律義に答え始めた。
「さっきも言ったでしょ? 私たちは召喚能力を持つ人間を探しているの」
「何の目的で?」
「律義に答えてあげる必要はないのだけれど……。あの厄介なガキを消してくれたから、一つくらいは教えてあげるわ。私たち魔族の楽土をつくるためよ」
「そうなのか……」
そんな一言では理解できなかったライだが、召喚士が重要な位置にいることだけは分かった。
「さて、あなたたちの知りたいことは答えてあげたわ」
マーシャルテが抑えていた殺気を漏らし始める。
「先に行け」
「え……?」
アルマは短くライに反応した。
「先に街に帰れって言ってんだ! リアナちゃんを送り届けなくちゃいけないだろ?」
「で、ですが……」
「それに、戦う気のない奴は邪魔だ。ここは俺が引き受ける」
ライの宣言を受け入れるが、自分の内で葛藤し始めるアルマ。その手をユエラが掴む。そして眠そうにしているリアナを、リスティーが抱きかかえる。
「ライ君、気を付けて」
「わ、私は……」
「ほら、何ボケっとしてんだ。行くぞ!」
こうして無事に女子一行を逃がすことが出来た。いや、逃がすことを許されたと言った方が適切だろうか。
「良かったのか、簡単に逃がして?」
「ええ、問題ないわ。戦う気のない雑魚は後に回そうとも、始末するのは簡単だもの」
「随分と優しい悪魔なんだな」
「あらどうも。それで、あなたは私と戦う気なのかしら?」
マーシャルテは期待に胸を膨らませて、鋭い目線をライに送る。
「俺もできれば無駄な戦いはしたくないんだが、逃がしてくれるのか?」
マーシャルテはうんともすんとも言わず、夜闇に染まる空を眺める。
「私、今日はあのガキの様子見に来ただけなのよ。だから誰かと戦う予定なんてなかったのだけれど……」
そこまで言った所で、ライの淡い期待を、マーシャルテは首を横に振って蹴った。
「あなたからはヤバい雰囲気が漂っている。生かしておけば、この計画の邪魔になりかねない。あぁ……ゾクゾクするわ」
マーシャルテから湧き出る興奮の感情がその手のしなりに伝わる。
妖艶な姿勢の彼女に見とれることなく、警戒し続けるライは、まずは距離を取ろうと後退しようとするが――。
(速いっ!)
マーシャルテは一瞬で彼との距離を詰めた。
ライは弓を盾にして、素早く見舞われる刃を防ぐ。
しかしマーシャルテの攻撃の勢い、つまるところ彼女の体重がかけられる先へと、彼は流されるように飛ばされる。
(それだけじゃない、重い……!)
宙を舞う最中、彼女を見失わないようにと元の場所を見る。
しかし彼女は既にいなかった。
「こんなものかしら?」
耳元でそう囁かれた。
知覚した時には遅かった。神速の一振りはその背中を裂き、鮮血がマーシャルテの顔に飛び散る。
「ぐあっ……!」
ライは傷の痛みに喘ぐが、躊躇する暇なく、手に隠し持っていた鎖状の雷を後方に振る。
だが、稲妻が空にひしめくだけに終わった。マーシャルテは跳躍すると、後方へ反り返って簡単に回避する。
「ふっ、安っぽい攻撃ね」
彼女は着地と同時、長い足を横に蹴り、ライの腹を抉るようにへこませた。
真っ直ぐ大木に背中を打ち付けるライ。直前に作られた深い傷も相まって、彼を呻かせる。
「何か、思っていたよりも手ごたえないわね。私の勘が鈍ったかしら……」
余裕の表情を浮かべ、マーシャルテはライに近づく。
「まあここまで傷を負わせちゃったんだもの。苦しませ続けるのは酷ね。すぐにあの世に送ってあげるわ」
彼女は短剣をライの心臓部へと迷いなく振り下ろす。
「……かかったな」
ライが薄笑いを浮かべた次の瞬間、その身体が雷に包まれる。【蒼雷の雲衣】を発動させたのだ。
彼の計ったタイミングは完璧だった。
油断を誘うことができたマーシャルテの短剣の金属部から、雷電は彼女へと逆流していく。
痺れを感じ、すぐさま右手の短剣を地面に捨てる。それがなければ、電流はその身へ流れないからだ。
ライは落ちた短剣を茂みへと蹴り飛ばした。そして痛みを忘れて飛び上がり、頭上の枝を掴む。その反動で続けて枝に乗り上がる。
反撃開始だ。
ライは次々に矢を投下する。
マーシャルテはそれらをかわすために、益々遠ざからざるを得ない。仕留め損ねた自分に対して軽く舌打ちをして走り出す。
ライは彼女との距離を離さないように木から木へと飛び移る。そして攻撃し続けることが、今の彼には必要だ。
地面に突き刺さる矢が、森中を蒼く染め上げる。
「驚いたわ。こんなにも多彩に雷を使いこなすなんて。さっきの発言は撤回するわ」
「誉めてる場合か? この状況、どう打開する?」
「本当に困ったわ。やっぱり慢心するものじゃないわね」
マーシャルテは逃げ回りながら反省の弁を述べた。ライに誘導されているとも知らずに。
次の瞬間、マーシャルテの足元が爆発を起こした。大爆音とともに、土煙が周囲の視界を奪った。
仕掛けた張本人も火力の調整ミスをしたようで、届き渡る土埃に咳払いをした。
2022/4/16 前話の説明の追加に伴い、会話が自然な流れになるよう修正しました。




