Tale 16 声の正体(3)
(ここで大丈夫でしょうか……?)
アルマが隠れているのはただの木の裏だ。とはいえ、周囲には丈の長い草や低木が茂っていて、身を潜めるには相応しくないとは言い難い。
ただ、今彼女たちが相手にしているのは一般の人間ではない。既に命を落としている幽霊体なのだ。歩行ではなく、浮遊が可能な存在だ。
アルマはもう少し意外性に長ける場所を選ぶべきだった。
幸いにも彼女はまだ発見されていない。その間、鼓動が大きく鳴り、彼女の冷静さを欠かせる。
周囲を確認したいが、少しでも動けば葉が擦れて物音が立ってしまう。ただじっとしていることだけが彼女の今の仕事だった。
頭だけは自由に動かせるのでアルマは上を向く。薄闇に枝葉が広がる光景が視界に入る。
――その視界に丁度、何かが接近してきた。
目が闇に慣れていたとはいえ、接近物の形状までは分からない。彼女の皮膚に接触して初めて、それが何であるか、嫌な予測が浮かんだ。
柔らかな顔の上を這う、弾力のある物体。伸びては縮みを繰り返している。
アルマは小さく震えながらもそれに手を伸ばして掴み、
「これ……夜刻蝶の幼虫じゃないですか!?」
目を丸くして、小声で言う。虫が苦手な彼女はその芋虫を瞬時に振り払う。そして触れていた手をハンカチで拭く。
「はぁ……びっくりした」
虫を怖がって自分から居場所を鬼に知らせるのは滑稽だ。そうならなくて良かったとアルマは安心する。
しかし彼女に安寧は訪れなかった。
途端に頭上の木々が揺れる。アルマの頭に、腕に、服に、先程の芋虫が降りかかる。それも一匹ではない。雨のように落ちて来る。
夜刻蝶の幼虫だけではない。他の数種の虫も含まれていた。毛虫のチクチクした感触が彼女の皮膚を刺激すると、
「い……いやあぁぁっ!」
身を潜めている場合ではないアルマは、体の動かせる部位を総動員して虫を追い払う。
大暴れした甲斐あってか、襲いかかる虫は全て彼女から去っていく。
しかし露出する皮膚の所々はかぶれてしまった。虫の効力か、それとも彼女の拒否反応によるものか。瞳には涙が浮かんでいた。
だが今はかくれんぼ中。彼女の悲鳴に反応する者はいなかった。
愉悦に浸るただ一人を除いて。
「あははははっ!」
イデアが浮遊しながら、泣きじゃくるアルマの頭上に現れた。
「ゆ、ゆゆ許しません!」
アルマは剣に月明りを反射させる。そしてイデアに斬りかかる。小さな胴体を何度も貫通するかの如く、アルマは軽快に、しかし無鉄砲に腕を振りまくる。
だが相手は霊体。彼女の剣は、その刃は少女を傷つけることはできなかった。
それを承知で、イデアは逃げようとはしない。アルマの満足のいくまで、彼女の鬱憤晴らしに付き合う。
「は、反則です! 苦手な物を使って炙り出すなんて……」
「いや、明確にルール設定はしてないし……。まさかあそこまで虫が苦手だとは思わなかったけどねー」
意地汚い小刻みな笑い声がアルマの耳にこびり付く。
しかしこれ以上何をしても無駄だと思ったアルマは剣を納める。
その後で思い出したかのように、イデアは彼女の肩に両手を置いた。
「まずは一人目、みーっけ!」
アルマは大きなため息をついて、まさかの一人目の捕獲者であることを気にもせず、隠れていた場所から出る。
「私の負けですね……」
「あっちの広い場所に行っててね。他の人もじゃんじゃん見つけるからさ」
「分かりました」
アルマは示された方角へと歩いて行った。
彼女のいく方向とは真逆の方向へ、イデアは捜索を続けた。
アルマが発見された後は、工場の生産ラインのように参加者たちが流れて集まった。自分に寄って来る幽霊の集団を前に、自分が異端であるのかと疑い、生きている心地がしなくなった時もあった。
最後まで残ったのはユエラとリスティー。イデアは二人の捜索を前に、一度広場に戻って来た。
「うーん……大分見つけたね。後は……君のお仲間さんかな?」
「二人は手強いですよ。あなたに見つけられますか?」
「もっちろん! 見つけるまで諦めないよ」
アルマの挑戦的な言葉に、イデアはこれまでと同様、傲慢と自信に溢れた返事をした。
「それじゃあ私行ってくるー」
イデアはふわりと宙に姿を消した。
そして少し離れた場所で彼女は再び姿を現す。
「さーて、どこに隠れてるかな?」
広場の周囲はあらかた捜索した。少し離れた場所、その木々の上を調べることにする。
すると運が良かったようで、木々のかなり上の方、その太い枝が伸びる上に女子が一人座っていた。
ユエラはこの高さまで木登りできないだろう。その姿は肉体派が成し得ることだ。
「おー、やっと来た! 助けてくれよ」
「これは……どういうこと?」
イデアは戸惑いながら尋ねる。
「いやー……かくれんぼなんて久しぶりでさ。気合入れて隠れるぞ! ……って思ったらさ、こんなとこまで登ってた」
自分の行動力に自惚れしているリスティー。
「あぁー……そうなんだ……」
「なあ、ここから降ろしてくれよ」
「えっ?」
イデアは驚いてリスティーを振り返った。
「登ったはいいけど、この高さは流石に下りられん。飛び降りようにも、足やられちまうだろうし」
「はぁー……。お気楽な人ですね。……駄目。自分で何とかして」
イデアはそっぽを向き、年上のお姉さんの頼みを無下に拒む。
「ええっ!? そこを何とか、お願いしますぅ」
枝から落ちないようバランスを取りながら、リスティーは遠ざかる小さな背中に縋る。
そんな彼女をお構いなしに、イデアは益々遠ざかって行く。
(えぇ……マジで?)
リスティーが次第に後悔と絶望に満ちていく。
その彼女の視界から突如イデアは消滅し、
「どろん!」
リスティーの背後に再登場した。
「なーんてね! 冗談冗談。ほらっ……いくよ!」
イデアが両手を大きく振り上げる。それと呼応するように、リスティーは宙に浮いて落下し始める。
自由落下の作用だけが働いているわけではない。着地が負担にならないように、イデアの魔術のような特殊な力に彼女は包まれていた。
ふわっとリスティーは地上へ降り立った。草花が優しく揺れる。
「ほんっとに助かった! サンキュー」
「いいよいいよ。それじゃあ私、最後の一人を捜すから……」
そう言って離れていくイデアを、リスティーは引き留めた。
「そっちじゃないぜ」
「えっ?」
「こっちだよ」
手招きするリスティーにイデアは引き寄せられる。彼女の頭に重さのない尻を乗せ、イデアは高い視点から森を観察する。
隠れる人の気配のなくなった森で、二人は広場へと歩いて行った。
2022/4/16 全体を少し修正。




