Tale 15 真夜中の捜索(2)
ライが起きる一時間前のことだ。
アルマはその日の打ち上げ会に満足していた。
「今日は楽しかったなぁ。たまにはみんなで賑やかに夕飯も悪くない……ですね」
同時に、アルマの脳裏に異なる食事の風景が映る。
幼少の彼女と血の繋がる三人と囲む食卓。過去のことではあるが、彼女にとってはかけがえのない日常だった。
「いけないいけない! あんまり思い出しちゃ……寂しくなっちゃう」
アルマは深呼吸して心の乱れを整え、窓から外を覗く。
「今日は天気もいいしちょっと外でも歩こうかな。食べすぎちゃったしね」
そう言って宿を出たアルマ。もちろん部屋着のまま、ポーチは携行していない。
肌をやんわりと刺し、薄桃色の髪を躍らせる夜風を気持ちよく思っていたところに、人影が現れた。
(あれって確か……)
アルマはその女性のもとへと小走りで向かう。
「あの、どうかしましたか?」
アルマが声をかけると、女性は一縷の希望を見出したような顔で彼女を見る。
よく見ると、女性、リアナの母は涙を零していた。
「ア、アルマちゃん……」
「ほ、ほんとにどうしたんですか!?」
「実は……リアナがいなくなったの」
リアナの母は涙を拭いながら言う。
「リアナちゃんが!? どうしてこんな時間に……」
アルマはもちろん驚く。というのも、リアナがこの時間に失踪したことはなかったからだ。これまでは遅くても夕刻にそのような事態が起こっていたのだ。
「私も分からないの……。さっき、ふと起きたらリアナの姿がなくて……」
「戸締りはちゃんとしていたんですか?」
「それが……家の鍵はちゃんとかかっていたの」
「そうですか」
リアナが家を抜け出したのに、肝心の出入り口には鍵がかかっている。この矛盾にはアルマはあまり驚かなかった。これまでの失踪の際にも同じ現象が起こっていたからだ。
「私が捜してきます。行き先は多分あそこでしょうし」
「本当に? でもこの時間に街の外に出るのは……」
「大丈夫です。これでもブロンズの冒険者です。街の周辺地理については把握していますし、危険が潜むのも十分承知の上です。それよりも、そんな場所にリアナちゃんがいることの方が心配です」
不安に押しつぶされそうになっているリアナの母を元気づけようと、アルマは気丈に振舞う。
「……そうね。ではお願いします。くれぐれも気を付けて」
「はい。では、私は身支度を整えてすぐに出発することにします」
アルマはぺこりと頭を下げると、来た道を戻る。
そしてスヤスヤ亭の階段を急ぎ足で上る。
少々荒々しい音を立ててしまったが、それに起こされる者はいなかった。
リスティーは泥酔しているのでもちろんのこと、ユエラも眠りは深い方だ。
アルマは自分の部屋に入るなり、着替え、持ち物の確認を行い、鞘に収まった剣を持つ。そして部屋を出て立ち止まった。
(寝ているところを起こしちゃ駄目ですよね。それに、リアナちゃんを連れて帰るだけ。多分大丈夫です)
アルマはゆっくり歩き出し、階段を転げ落ちないように下りる。
そうして彼女は、月光照らす街の外へと繰り出して行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なるほど。それでお子さんが行方不明になったと」
リアナの母から知りうる限りの事情を聴きだしたレイネールは考え込む。
そして彼女はライを優しい眼差しで見下ろした。
「俺が捜しに行きますよ」
彼女の信頼に答えないわけにはいかなかった。無論、レイネールがどんな行動をとろうが、ライは捜索に出るつもりだったが。
「そちらにいるのは……? 確か、この前アルマちゃんと一緒にいた人?」
「そうです。アルマの同僚って感じです」
ライは軽く頭を下げる。
「こちらは当ギルドのゴールドランク冒険者のライさんです」
「ありがとうございます。どうか、二人のことをよろしくお願いします」
(アルマじゃ心配だったのか。はは……)
二重遭難の捜索に掛かるライは、自信も遭難しないようにと肝に銘じた。
二人はその後、ギルドの方へと戻る。
「ライさん、今回の件、どう思いますか?」
「リアナちゃんは俺と初めて会った時、気付いたら森にいるって言ってたんです。そしてお母さんの話から聞いた、家の鍵はかかったままという事実。これってもしかして一種の召喚能力が働いているんじゃないかって思います」
「私もそう思います。『気付いたら』という証言は、おそらく召喚行為により視界が急に切り替わることを示しているのではないかと」
「だけど気になるのは、リアナちゃんを森に呼んで、召喚主は何を考えているのかってことです。これが全く分からないんです」
ライは悩むが、やがて思い出した一言を呟く。
「一緒に遊ぼう」
「……ライさん?」
「一緒に遊ぼう。確か、リアナちゃんはそう言われた後に森に呼ばれるって言ってました。これ、どういう意味だと思います?」
「そうですね……。もし悪意ある者の犯行だとすれば、リアナちゃんをおびき寄せる口実ということになりますね」
「それがもし、虚言じゃないとしたら?」
「……?」
「一緒に遊ぼう、というのが召喚主の本心だとしたら?」
「確かにそう捉えることもできますが、その場合は……」
レイネールは可能性の低さから、ライの湧いて出た考えを否定しそうになるが、それを彼に遮られる。
「あくまで可能性の一つです。そういうケースも想定しておいた方が良いのではないか、ってことですよ」
「そうですね」
「じゃあ、俺は支度を整えてすぐにアルマたちを捜しに行きます」
「どうかよろしくお願いします」
丁度ギルドに辿り着いたところで、二人は別れ、ライはスヤスヤ亭を目指して走る。
そして手短に支度を整えて、階段を下りる。
――わけではなかった。
その手前の扉を叩く。
すぐには扉は開かれなかった。
しかし何度かノックを繰り返すことで、ようやくその部屋の宿泊客が顔を覗かせた。
「なーに? こんな時間に……」
閉じかけの細い目をしたユエラだ。
「ごめん、起こしちゃって。ちょっと頼みたいことがあるんだ」
その頼みとやらは日が昇ってからにしてほしい、と思っているだろう眠そうな彼女に申し訳なく思いながらも、ライは彼女のまともに稼働していない脳に事情を詰め込み始める。
「うん、分かった……」
一通りの説明を聞いたところで、ユエラの返事が欠伸と一緒にライの耳元に届いた。
2022/4/15 全体を少し修正。




