Tale 15 真夜中の捜索(1)
真夜中のスヤスヤ亭。
宿泊客たちはその名に恥じぬほどにぐっすりと眠っているが、独り目を覚ました者がいた。
「あぁー……トイレ」
ライは尿意を催し、起きざるを得なかった。
「昨日は飲みすぎたなぁ」
昨夜の打ち上げ会では、みんなが遠慮することなく料理を頼みまくっていた。というのも、ライが持ち金に余裕があり、酒場のメニューで払えないものはなかったからだ。
そうは言って財布の紐を緩めたものの、合計金額は小銀貨二枚弱と高くついた。
原因は大量に注文したお酒にあった。
ストラティアでは十五歳になると成人となり、酒類の提供の可否もそこで線引きされている。つまり四人とも飲酒が可能であるわけだが、ライはお酒に手を出す勇気がなかった。元の世界では未成年だったからだ。
一方、慣れた様子で酒を体に流し込むリスティーに、ライはドン引きしていた。
一応同年代の女子なのだが、その飲みっぷりを見ると、とてもそうは思えないほどに豪快さが際立っていたのだ。
ユエラとアルマは嗜む程度に飲んでいたので、リスティーのことがその一瞬は異常に見えて仕方がなかったのだ。
そんな落ち着かない自分の気を紛らわせるために、ライはアルコールの入っていない飲料を飲んでいたのだが、それを飲みすぎたらしい。
彼は部屋を出て下の階のトイレを目指す。
しかしライは普段とは違う宿の雰囲気を感じた。
「あれ?」
目の前の宿泊部屋の扉が少し開いていたのだ。
(アルマも飲みすぎたのかな?)
気になってライは宿泊人の存在を確かめるべく、扉をもう少し開けてみる。
軋む音と同時に部屋の中が映った。
薄暗い室内。照明は全て消えている。
ダブルサイズのベッド。シーツと毛布は若干皺になっていて、部屋の主が寝ていたことを示している。しかしその彼女の姿は見当たらない。
ライはもう少し探索を続ける。
アルマがいつも身に着けているポーチがないことが分かった。
(アルマ、どこかに行ってるのか?)
ポーションと投げナイフの入った鞄だ。それがこの部屋にないということは、アルマがそれを携行するに値する場所にいるということが予想できる。
状況を何となく把握したところで、再び尿意がライを襲った。
「そうだった……! トイレ、トイレ……」
ライは足早に、しかし足音を立てないように配慮しながらトイレに向かった。
用を足し終え、部屋に戻ることを考えたが、いなくなったアルマのことが気になるので外を散歩することにした。
涼し気な風が街中を吹き抜ける。
「うわー……やっぱり冷えるなぁ」
普段身に着けている外套を身に着けず、部屋着のまま外に出たことを後悔するライだが、何時間も外出するつもりはない。気の向くままにギルドの方へと向かう。
人気のない、街灯だけが輝く街並みを眺めながら歩く。
「悪くないな、誰もいない街ってのも。それにしても、もうすぐ満月か……」
ライの見上げる星の煌く夜空には、限りなく丸に近い月が浮かんでいた。
「俺がこの世界に来たときは……半分だったっけ。まだ一週間とちょっとしか経ってないのか。とてもそんな風には思えないな」
濃密な毎日を送っていたライ。時に立ち止まりながら、この数日間に思いを馳せる。
そうして散歩していたが、真夜中の街に人影は現れない。
「アルマ、どこ行ったんだ?」
グリュトシルデの街はかなり広い。ライはまだ全ての場所に赴いたことはない。アルマがそのどこかに行っている可能性もある。または行き違いで、既に宿に戻っている可能性もある。
不安はあるが重く受け止めずに歩き続け、ギルドの建物前まで辿り着いてしまった。
「ふぅ……帰るか」
感触の違う街の空気を胸いっぱいに吸い込んだところで、向きを百八十度変え、宿に帰還しようとしたところ、ライの視界の片隅に生活感ある光が映る。
「あれは……マスタールーム?」
マスタールームの窓。そのカーテンの隙間窓から光が漏れていた。
ライはギルドの扉に手をかけて押してみる。しかし戸締りをするのは当然だ。ガタガタと小さく動くだけで、道は開かれない。
「ま、そうだよな。じゃあちょっと……」
ライは手から雷を直上に放出した。
音を立て、周囲を青白く光らせたその魔術に、魔術に精通しているギルドの長が反応しないわけがない。
何事か、と慌てた様子で窓が開かれ、カーテンがふんわり揺らめく。
「まあ、ライさん!」
「やっぱりいたんですね、レイネールさん」
顔を覗かせたレイネールだったが、微笑むとすぐに窓を閉め、部屋に引っ込んでしまった。
しばらくしないうちに、ギルドの扉が内側から開かれた。
突然の来客一人のために明るく照らされた酒場併設の階段を上り、マスタールームへと向かう。
その部屋に入るなり、ライはソファーに座らされ、彼女はお茶を淹れてくれた。
「あの、仕事の邪魔しちゃったみたいですみません」
「大丈夫ですよ。こんな真夜中にお客様をお迎えするのも、気分転換には面白いですね」
レイネールは悪戯にほほ笑む。
「それで、ライさんは何をされていたのですか?」
「昨日飲みすぎちゃって。トイレで起きちゃったんですけど、アルマがいないのに気付いて、ちょっと捜そうかなって思ったんです」
「アルマさんが……?」
レイネールの顔つきが変わり、少し険しく考え込む。
「まあ、あいつも散歩ですよ、きっと」
ライはレイネールの心配を他所に笑うが、彼女の深刻さは改善されない。
「少しお待ちください」
レイネールは立ち上がると、壁に貼られている色褪せた紙の前に立つ。
「それは?」
「この街の全体図です。今からアルマさんを捜してみましょう」
「捜すって、どうやって?」
「皆さんにお渡ししている冒険者カードには、実は探知機能が備わっているのです。といっても、それを使えるのは私だけ、しかもこの地図の前に限られますけどね」
「そんな機能が……。つまり、アルマの冒険者カードの位置がそこに映し出されるってことですか?」
「はい。今からやって見せますね」
レイネールの手が古紙にかざされると、彼女の魔力がそこに反応し、青紫の光が古紙全体に行き渡る。
その結果を見て、レイネールは不安を浮かべた。
「……おかしいですね。街の中にいれば、アルマさんのカードの位置が出てくるのですが……」
彼女の言うことはライにも分かっていた。実際、古紙上には点などの場所を指し示すものが浮かんでいなかったからだ。
二人の目には古紙の縁が発光している様しか映らなかったのだ。
「もしかしたら、アルマさんは街の外にいるのかもしれません」
「街の外? なんでこんな時間に……」
「……心当たりはあります。ライさん、ついて来ていただけますか?」
レイネールがそう言うので、ライは彼女を追いかけた。アルマがいなくなった見当がつかないので、そうするしかなかった。
ギルドを出た二人は静かな街中を歩き、とある一軒の前に辿り着いた。
(ここって確か……)
既視感がライを襲う。
その家には明かりが灯っていた。ということは住人がまだ起きているということだ。
レイネールはその戸を優しく叩く。すると扉が開かれ、若い女性が顔を覗かせた。
「はい、どちら様でしょうか……」
(やっぱりだ。あの時の……)
ライがストラティアに召喚された時、アルマに冤罪を背負わされかけたきっかけとなった少女リアナの母の顔だった。
「夜遅く申し訳ありません」
レイネールは深々とお辞儀をする。
「レイネールさん……ですよね?」
「はい。あの……当ギルドの冒険者アルマが見当たらないのですが、何かご存じでしょうか?」
母は服の胸の辺りを掴みながら、ゆっくり口を開く。
「アルマちゃんは……うちの子を捜しに森に行きました」
そう告げられた事実に、ライは驚きを隠せなかった。
2022/4/15 全体を少し修正。




