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Tale 13 療養の七日間(五日目-2)

 シルキーの視線に釣られて、来客の二人はその陳列棚へと向かう。


 棚には数種類の形状の鞄が置いてあった。無難なリュックサックに、かごバッグ、トートバッグが主だ。


 素材はモンスターの皮や麻などの植物繊維を編み込んだものなど多様だ。特にモンスターの皮にはさらに種類があるようで、鞄ごとに放つ色や照り具合、質感が異なっている。


 その数多(あまた)なる中より、ライは中段あたりにあった鞄を手に取った。


 アルマの持つ物と同じウエストポーチだ。彼女の物との差異を上げると、素材は蛇の鱗を使用していて、その色は黒に近しいことだ。しなやかな手触りで硬さを無駄に感じさせない職人の技巧が伝わって来る。


 正直、ライにとってこれ以外の選択はあり得なかった。

 彼の使う弓のことを考えると、背中に荷物を担げない。手が塞がるような物も(もっ)ての(ほか)だ。したがって、今店内にある物の中ではその一つに帰結した。


「それ、結構良いやつだよー」


「どんな所が良いんだ?」


 ピストリムに置いてある商品はどれも上品に見えるが、情報はあるだけ嬉しい。ライは購入意欲を掻き立ててくれる説明を期待した。


「えーっとね……素材はダークサーペントだったかな」


「ダークサーペントって何だ?」


「帝国領の黒祖(こくそ)の森にいる蛇型のモンスターのことだよ。猛毒を持ち合わせていて、噛まれたら即解毒しないと……死んじゃうくらいに危険なんだよ」


 まるで危険さを感じさせない軽薄な話し方に、アルマが驚愕と同時に(いぶか)しんだ。


「今、黒祖の森って言いましたか? それ、相当グレーな商品なんじゃないんですか?」


「何がそんなにグレーなんだ?」


 ストラティアについてまだまだ疎いライには理解の及ばない話だった。


「まず、ざっくり言うと私たち人間が暮らす大陸は大きく分けて二分されているんです。一つが王国側、もう一つが帝国側です」


「俺たちはどっちなんだ?」


「王国側です。なので、基本的に帝国側とはあまり関わりを持たないんです。それに、帝国は倫理観と道徳に欠けた事を行っていると聞いたこともあります」


「例えば?」


「そうですね……。この鞄絡みで言うと、モンスターの改造……とか?」


 半信半疑でアルマはシルキーを覗く。


「ちょっと待ってって! それはただの憶測だよ! 確かに、帝国の良くない噂は聞くけどさあ……」


 迷惑(こうむ)った様子のシルキーは首を傾げる。


「少なくとも、その鞄は大丈夫。知り合いの職人に頼んで作ってもらったオーダーメイドだからさ」


 そう言うと、アルマは(くだん)の鞄について益々怪しんだ。


「その知り合いって言うのは……?」


 アルマは中々に疑心暗鬼だった。彼女の脳内では、その職人が何か手を掛けたのではないかと思っているのか。


「ああもう、違うよ! 王都にいる知り合いの革細工職人だよ! ダークサーペントの素材をうちの常連の冒険者から貰ったからさ、折角と思って作ってもらったの! もちろん、今のアルマちゃんみたいにあんまり良い顔はされなかったけどね……」


「良い顔をされないって?」


「さっきも言った通り、帝国は思考も行動も危険な人が多いようなんです。それゆえに王国の人々は、彼らを毛嫌いしている節があります」


 根本的な国の在り方、目指す場所が違うのだと、ライはなんとなく理解した。そのせいでそれぞれの民同士でのいざこざも発生し得ないと考えれば、自分が今いる場所は平和そのものだと感じた。


「そうなんだ……」


 ライは手元に持つ黒の鞄を見た。正直言って、たかが一種のモンスターの素材を使った商品ごときで何か問題が発生するとは思えなかった。


 さらに言えば、アルマの話を聞いただけで、実際に国同士に亀裂があるのかはその目で見てみなければ分からない。ライは二国の関係を軽視している節もあった。


「私たちは冒険者という職業柄、国の境界を(また)ぐことも珍しくありません。その際は十分に注意しなくてはなりません。まあこの街は大陸の端っこですから、そう荒波に揉まれることはないと思いますが」


 アルマはまだ警戒していたが、自分に正直になったライを誰にも止めることはできなかった。


「よし、買うよ!」


「毎度ありー」


「いくらだ?」


「小銀貨五枚だよ」


「えっ!?」


 完全に予算を超えていた。さらに言えば、それに達する額を持っていない。今のライには払えて小銀貨三枚が限界だった。


 そんな困り果てた彼の顔を見て、シルキーは舌を少し出して悪戯に微笑む。


「あー嘘嘘。小銀貨二枚だよ」


 実は小銀貨三枚でも、今後の生活が気になるほどの目減りになるので避けたいところだった。


 先の態度は商品にいちゃもんを付けたことへの仕返しのつもりだったのかもしれないが、今シルキーの提示する金額が、快く捻出できる丁度良い金額だった。


「なんだ……それじゃあ」


 ライはそう言って銅貨や銀貨が入った袋を開ける。

 そこに手を入れた所で彼は止まった。


「あっ……。アルマ、使ってもいいか?」


 当然、レイネールから貰った小銀貨二枚とちょっとの金額は、アルマとライが二人で稼いだ物だ。ゆえに、その使用権は彼女にもあった。


 一人で盛り上がっていたライが申し訳なさそうにアルマを見ると、彼女は笑顔で返す。


「構いませんよ。私には勿体なさすぎる金額です。どうぞ使ってください」


「そ、そうか? じゃあ遠慮なく……」


 喜びの零れるライは、シルキーの手のひらに銀色の硬貨を二枚載せた。

 フェイズに言われた通り、銀貨は使い時があるということを多少は実感できた瞬間だった。


「はい、確かに」


 そうして商品を受け取り、ライは早速身に着けてみる。

 残念ながら鞄のボディは外套に隠れてしまっているが、あまり見せびらかすような代物でもないようなので、丁度良いのかもしれない。


 移動の阻害にはならず、今後の戦闘を始め、冒険者活動に支障をきたすこともなく思えたので、彼としては満足だった。


「おー、結構似合ってますね」


 鞄の色とライの髪の色がほぼ同じ濃さだから、一体感が生まれているようだ。


「うん! いいんじゃないかな」


 そうやって二人に持て(はや)されるライ。時間が()てば()つほど、むず痒くなった。


 その声が店奥まで届いたのだろう。奥からもう一人の店員がやって来た。


「あれ、ライさん、どうしてここに!?」


 アイリーが驚いた顔で、その声は喜びの成分たっぷりに現れた。


「やあ、アイリー。今日は冒険鞄を買いに来たんだよ」


「ちょっと、お姉ちゃん! どうして教えてくれなかったの!?」


「えっ? ……ああごめん、忘れてたわ」


 シルキーは妹を軽くあしらった。


「くぅ……」


 アイリーは姉を底の方から睨む。

 その様子を見て、姉は勘弁してくれと言うように目を(つむ)った。


「もう、ごめんって! 次からは気を付けるからさ」


 アイリーは不満そうに頷く。


「それで、もう帰っちゃうんですか?」


「そうなんだよね……」


 言葉の通り長居する理由もないので、ライとアルマはピストリムを後にした。

 アイリーとは後日一緒に出掛ける約束をして、今日は何とか見逃してもらった。


 本当に帰る間際だったので、アルマとアイリーは挨拶一つ交わすことなかった。

 しかし、アルマは店を出てからこう思う。


(あの子、どこかで会ったことあるような……)


 記憶を辿っても答えはすぐには出なかった。

 彼女が歩くごとに、その疑問も薄れていくことになる。



 一方、雑貨屋ピストリムでは。


「ねぇお姉ちゃん」


「なあにー?」


「ライさんと一緒にいた人、どこかで会ったかな?」


 アイリーも同じ疑問を抱いていた。


「さあ……。街のどっかで見かけたとかそう言うのじゃないのー?」


 シルキーはそう言うが、アイリーはあまり外に出ない。果たして街で偶然見かける人に対して、そこまでの疑問を抱くだろうか。


「じゃあ私、今日のご飯当番だから、あとは店番任せたよ」


 姉が店奥に引っ込み、妹は客の来ない店内でしばらく考え込んでいた。

2022/2/28 王国と帝国の関係性が分かりやすくなるよう、記述を修正しました。

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