Tale 13 療養の七日間(四日目-3)
ライは雷球を数発、ゴブリン集団の足元に撃ち込む。
ゴブリンは一歩、二歩下がって怯えはしたが、多勢であることを過信して逃げ帰りはしなかった。
「困ったな……」
できれば討伐は避けたいのだが、道を開けない以上、それを考慮に入れる他ない。
思慮する最中、ゴブリンが数匹殴り掛かって来た。
ライはそれを易々と躱すが、その直後、重要なことに気付く。彼が攻撃を躱しては、アイリーへの直通路を晒すことになってしまう。
慌てて彼らの後を追いかけるが、背後の集団にも気を取られ間に合わない。
(どうしよう……!?)
アイリーも再び悲鳴を上げている。ゴブリンたちにとっては御馳走だろう。
まだ幼い彼女を守るべく、ライは体が前傾しかける。肉弾戦に持ち込もうとしていた。
その時、ライの右手を慣れない感覚が刺激する。
(なんだ……?)
右手に不意に発生していた雷球が解ける様に紐上になっていった。
それを見て、ライは一か八かの行動に出る。
「いけぇぇっ!」
電気紐のような物体はゴブリンたちに向かうとその胴体を絡め取り、その場に停滞させた。
ただの拘束ではない。電流が絶えず流れる紐に縛られているのだ。その餌食になったゴブリンたちは、気絶しパタパタと地面に倒れる。
(これならゴブリンを無力化できる!)
突然の朗報に胸躍らせるライ。振り返り、先方のゴブリンたちを苦しめた雷閃をその残党に見せびらかし、蛇のように曲がりくねって威嚇させる。
「こいつらみたいになりたくなければ、道を開けてくれ」
すると、雑多な物を持ち構えていたゴブリンたちは顔を合わせる。何か会話しているように見えるが、ゴブリン語とでも言ったらよいのだろうか、その内容は人間には全く分からない。
そしてその後で、ゴブリンは息を揃えてライたちに背を見せ逃走した。
「おっと……」
ライはふらつき、視界が霞む。
「ライさん、大丈夫ですか!」
頭を抑える彼を、アイリーは心配する。
ライはまだ魔力が完全に回復しきってはいなかった。その状態での先の戦闘だ。徐々に回復していた魔力をここで使ってしまったのだから、療養計画の時計の針は逆行したことだろう。
「ふぅ……。ごめんな、怖い思いさせちゃって」
「私の方こそ、あまりお役に立てず、すみません。……帰りましょうか」
アイリーは落ち着いた笑顔を見せた。
帰路において、ゴブリンたちの襲撃はなかった。他のモンスターとの遭遇もなく、無事に鉱山を脱出することができたのは幸運だった。
長く見積もって一時間ほどの滞在だった。外の様子は入山時と何ら変化はない。
足に疲労が溜まるのを感じながらも、二人は下山した。
まず二人はギルドへと赴いた。クエストの完了報告をするためだ。
モンスターの討伐ではないため、ギルド職員が現地まで行って対象の死骸を確認することや、冒険者自信がモンスターの希少部位を持ち帰りそれを精査するといった面倒な事後処理はなかった。
ライが受けたクエストは円滑に達成印が押されることとなった。
クエストの報酬受け取りには二種類あるらしく、ギルドでの受け取りか、依頼者からの直接の受け取りだ。どちらも基本的にはクエスト発注者が用意する報酬なので、違いと言えばギルドが仲介するか否かにある。
そして、今回は後者の方式らしい。したがって、ライたちは光石の大量に入ったリアカーを引いて雑貨屋ピストリムまで向かうことになる。
道中、すれ違う人々がその荷車を覗いてくるのが少し恥ずかしかった。けれどもライの羞恥心が爆発しなかったのは現在の時刻にあった。光石は嫌でも多少は発光している。夕刻以降になれば、何十と集まったその石たちは盛大に輝くことになり、益々の注目を浴びることになるだろう。
ピストリムに着くと、ライは扉を開けた。その先には宣言通り、シルキーが店番を務めていた。
「おー! 帰って来たね」
シルキーは二人が店に入る前に、自ら外に出る。そして積み荷を確認する。
「うわっ……。随分と一杯取ってきたんだねぇ……」
取り敢えず光石を箱に詰めるということで、三人は分担して作業を行った。
大きさや発光具合、傷物かどうか。それらを総合的に判断して、箱ごとに仕分けした。
その作業が終わると、ライは店内に招かれた。
「いやー、ありがとね。助かったよ」
「この程度の作業ならまたいつでも手伝いに来るよ」
「ありがとう。それで、報酬の話だね。えーっと、採って来てくれた光石の数が……」
シルキーは仕分けした箱とその中身を思い出しながら、数を数える。どうやら今回の報酬は歩合制だったらしい。
「よしっ! これくらいだね」
シルキーは硬貨が仕舞われている引き出しから一枚を取り出す。
やがてライの手のひらに乗った小さい銀の硬貨。たった一枚だが、この価値がそこそこ大きいことはつい先日知ったことだ。
「いいのか? 小銀貨なんて貰っちゃって……」
「いいよ。確かに光石の価値はそんなにないけど、これだけあればまたしばらく楽できるしね。それに、妹の面倒を見てくれたお礼もしたいしね」
ライはシルキーに言われて思い出した。なぜアイリーを同行させたのか、その真偽を聞いた。
すると姉の口から出た言葉は、なんとなく、の一言だった。
魔物が潜む場所に戦闘経験もない少女を送り込むのは如何なものかとライは思ったが、シルキーは先の回答に続けて寂し気に話し出した。
「アイリーちゃんさ、街の外に出ることってあんまりなくなっちゃったからさ、気分転換になったらいいなーって思ったの」
「もしかして、火事が原因か?」
ライは小声で聞く。というのも、アイリーも同じ空間にいるからだ。彼女は今、店の掃除をしており二人の近くにはいないが、念を入れてのことだ。
「……ああ、聞いたんだね。そう、私たちは村が焼かれたっていう知らせを聞いて慌てて戻ったんだけど、その時には人っ子一人いなかったんだ。その時の光景がアイリーちゃんには重く映ってね。しばらくは塞ぎ込んでいたんだ」
「でも、今はそんなことないように見えるけど……」
ライはアイリーの方をちらっと見る。彼女は鼻歌を刻みながら、棚の埃を落としていた。
「アイリーちゃんが今の状態になったのは、店を始めてからしばらくたった頃だよ。生活していくのにお金は必要だったからね。最初は私一人で切り盛りしてたけど、アイリーちゃんが自分から手伝うって言ってくれた時は嬉しかったなぁ」
「シルキーは大丈夫なのか?」
「私? 私は……ね。過去を見るよりも現在を、未来を見た方が楽しいじゃん。もちろん、父さんも母さんも言葉交わすことなく逝っちゃったのは、寂しいし、悔しいけどさ。お姉ちゃんだから……弱い所は見せてられないよね」
「……」
「って、そんな思い詰めた顔しないしない! でもありがとう。親身になって考えてくれて」
「今日知り合ったばかりの俺なんかに、そんなこと話してくれて、こっちこそ礼を言うよ」
時間の経過を感じたライは店の入り口に向かった。
「良かったらさ……また来てよ。きっとアイリーちゃんも喜ぶよ」
「もちろん」
二人で会話を続けるところに、アイリーが割って入って来る。
「ライさん、もう行っちゃうんですか?」
ライの脳内に、親戚のおじさんが返ってしまうのを残念がる子供の姿が浮かぶ。
「また来るよ」
「ほんとですか? やったあ」
アイリーには今の満面の笑みが似合うと、ライは断言できた。
ここまで感情を露わにされると、ライとしても次回の来訪が意欲的になるものだ。
そして店を後にする直前、シルキーは大事なことを忘れていたようで彼を呼び止める。ライが光石を必要としていたことを思い出し、それを幾つか譲ったのだ。
こうして当初の目的を果たし、新たな人物関係を築き上げたライは、次なる目的地フェイズの武具店へ急いだ。
【キャラクター紹介】
◇シルキー・ピストリム……グリュトシルデで雑貨屋を営む姉妹の姉。妹のことを『ちゃん』付けで呼び妹思いだが、商品の補充を怠るという経営者としてあるまじきガサツな一面がある。
◇アイリー・ピストリム……グリュトシルデで雑貨屋を営む姉妹の妹。経営面においては姉よりもしっかりした対応を取るが、故郷の村を失った悲しい過去をずっと引きずっている。
2022/2/22 全体を少し修正




