Tale 2 召喚先の世界(2)
ライと少女リアは近くの空きスペースを見つけ、そこで休むことにした。
もう出口探しには執着していなかった。少女の迎えの者が来たら、自分もその人について行って森を脱出しようという算段だったからだ。
彼は少女とのやり取りを経て、また一つ仮説の確証に近づいていた。
(仮にこの少女がNPCで、今何らかのクエストに巻き込まれているとする。でも、NPCとこんなに綺麗に会話が成立するのはクロス・ファンタジーじゃありえないから、その線はないといっていい。じゃあ、少女が俺と同じプレイヤーならどうだ? 同じ渦が他の場所でも発生していたら、あの子もこの知らない世界に来てしまったと考えることができるが、さっき会話してみたところあの子はここに何度も来ているみたいだし、時系列的に俺よりもだいぶ前にこの世界に迷い込んでしまったことになる。そんなことがあり得るのだろうか……。やっぱり、ここは俺の知らない世界で、あの少女もこの世界の住人と考えるのが一番都合が良さそうだ)
ライが一人で考えていると、やがて少し離れて一人遊びしていた少女が戻ってきた。
「お兄ちゃん、これあげる!」
少女が握った拳を出してきた。小さくて可愛い拳だ。
流石にいらないと断ることはできない。ライは自分の手のひらを差し出してプレゼントを受け取った。
覚悟はできていた。こういう小さい子はよくダンゴムシやらミミズやらを必死に集めて、笑顔でプレゼントしてくるに違いないと。
しかし、それは無駄な心配だった。その手に乗っかった物は数個の石ころだった。
「あ、ありがとう。大事にするね」
「うん!」
受け取った物が意外と普通のもので、ライは拍子抜けしてしまった。
ライが数個の石をポケットにしまうと、鳥の鳴く声が聞こえ始めた。もう鳥たちも野山に帰る時間なのだ。
「ねえ、リアちゃん。本当に迎えの人は来るの?」
ライの声にも不安の色が見え始める。
もし迎えの者が来なければ、周辺の地理なんて全く分からないライは使い物にならない。少女と二人仲良く野宿するハメになってしまう。
そんな不安を他所に、少女の方はまだまだ平気な様子で笑顔を絶やさなかった。
「うん。大丈夫だよ。いつもならもう来てるんだけど……」
「そっか」
少女の言葉の真偽は分からないままだが、ライは少女の言う通りその迎えの者を待ち続けることにした。
「ところでリアちゃん。さっき、誰かに遊ぼうって誘われるって言ってたけど、その声に聞き覚えってあるのかな?」
ライはいつまで続くか分からない待ち時間を、疑問の解決に充てることにした。
「ないよー。全然知らない声」
「気付いたらこの森に来てるっていうのは?」
「うーん……。さっきも言ったけど、ほんとに気付いたらここに来てるの。そうとしか説明できないの」
「そうなんだ……」
全く進展がない。まだ十歳程度の子に詳しい事情を聴くことはできないと痛感した。
(この子のことは気になるけど、自分が置かれている状況についても完全に理解できてないし……。迎えの人が来たら、この世界のこともこの子のことも何か聞けるといいな)
ライが今後の方針をやんわりと決めた瞬間。遠方からの殺気に気付いた。金属に反射した光が彼の視界に移ったからだ。
ライは頭を咄嗟にずらした。
直後、自分の耳の横を、投げナイフのようなものが掠めて飛んできたので、総毛立った。
その凶器は背後の木の幹へと真っ直ぐ、音を立てて刺さった。
「……!?」
ライは少女と出会ってからというものの、その後は完全に油断していた。迎えが来ることばかりを考えていて、この世界に敵がいる可能性を失念していたのだ。
「今の無音の攻撃を躱すなんて、只者じゃありませんね」
草地を踏む音と共に、襲撃者が姿を現す。
その正体はまたしても少女だった。リアよりは歳が上のように見えたが、それでもまだ十代半ばと言った印象だ。
少女は薄い桃色のロングヘアーを揺らしながら、ライに近づく。
伸張性のある動きやすそうな服装。要所要所を守るように装着された鉄製の装甲。
先の武器の扱いからもだが、散歩をしている人ではないというのは、ライにも明らかに分かった。
「いきなりナイフを投げて来るなんて、物騒だな」
ライは軽くそう言って見せる。こんなことでビビっていたら、目の前の少女のペースに乗せられてしまうからだ。無論、多少は驚いたが。
それでも、自分のペースを乱さないように心がける。
「物騒ですって……? そういう世の中でしょ。それに、あなたも背中に立派な弓を担いでいるではありませんか」
(そういう世の中って……。人間同士で命のやり取りをするなんて、どんな世界だよ!)
ライは声に出したい感情を抑えた。
襲撃してきた少女は剣を構えて、ライを睨んでいる。
一方のライは背中の弓を取り出すことはなく、ただ彼女の目を見て対峙している。
多分僅かだろうが、ライはこの一瞬に長い時間の経過を感じた。
そんな殺伐とした空気を破ったのは少女リアだった。
「おねーちゃん!」