Tale 13 療養の七日間(三日目)
療養三日目。
アルマの調子はまだ優れず、ライは一人グリュトシルデの街に繰り出していた。
彼女はライについて行こうとしたが、まともに立てやしないのだ。その現実を受け止めるしかなく、今も大人しく横になっている。
ライは武装を整えた状態だった。愛用する弓と、少し傷がついたが役割をまだ果たせる外套。
そして彼の片手には皮製の袋が一つ。昨日レイネールから受け取った硬貨袋だ。
それを持ってただ街をふらついていたわけではない。
「えーっと……ここだっけ?」
街の全体をよく把握できていないライは、自身の記憶だけを頼りにこの場所まで辿り着いた。
どれだけ歩いても変わりない彼の疑念は、無骨な看板を見ることで確証へと変わった。
鍵のかかっていない、その扉を押す。
すると少し鈍いベルが来客を知らせた。
「いらっしゃい。 ……おお、この前の兄ちゃんか!」
ライの正面、そこには店内の渋く淡白な雰囲気に似つかわしい店主が座っていた。
「久しぶりだな」
久しぶりと言っても、初対面から現実時間で三日ほどしか経っていない。ライがそう言ってしまったのは、彼の体感した時間がそれ以上だったということに他ならない。
軽く挨拶を交わし歩を進めると、視界に入るのは相変わらずの薄暗い店内。照明はあるはずなのに、なぜかその存在は希薄だ。
「聞いたぜ。なんかアルマの嬢ちゃんがヤバかったとか」
フェイズの耳には正確な情報は届いていなかったらしい。正しい情報が洩れるとすれば、医務室を訪れた者からだけで、数は限られている。大方、噂好きの奥様が流した情報が伝播したのだろう。
「まあな。鉱山にも行ったけど、散々だった」
「ほぉ……。鉱山に行ったのか。詳しく聞きたいな」
苦手な目の輝きを向けられるライは、初めて会話を交わした時のことを思い出し、それが表情に少し出てしまう。
「それはいくらでも話すから……。今日は頼みがあって来たんだ」
「何でも言ってみな!」
ドンと胸を張る店主。
彼の目の前に、ライは自身の弓を置いて見せる。
そしてフェイズは目を大きく開く。
「いいのか……貰っちゃって!?」
「あ、あげるわけないだろ!」
一度は弓を手放したライだが、その筋肉琢磨しい店主から相棒にも相応しい弓を守るように抱き寄せる。
それを見て、フェイズは大笑いした。
「冗談だ。こっちだって商売人だ。そんな真似はしねぇさ」
譲り受ける時は、最低でもそれに見合った額を支払うと言っているようだった。
「それで、こいつをどうしてほしいんだ?」
「手入れを頼みたいと思ってな。俺はそういうことにあんまり詳しくないし、専門家に任せるのが一番いいと思ってね」
「そいつは嬉しい相談だ。いいぜ、頼まれようじゃねぇか」
店主は快諾し、早速弓の状態の確認に入る。
「……ちょっと時間がかかるかもしれん。まあ適当にしていてくれ」
フェイズの顔は険しくなる。
その手に持つ弓が、彼の経験に存在しないほどのものなのか。
ライはその様子を眺めているわけにもいかなかった。それでは退屈してしまう。だから、立ち上がると店内を見て回った。
やはり彼の目を引くものは弓だった。クロス・ファンタジーの武器屋でも、弓にしか眼中にないほどにその存在に惹かれていた。
「これ、見てもいいか?」
「もちろんだ。弓を引いてみてもいいぜ」
一応、店主の許可を取る。
フェイズは、壊すなよ、などという野暮なことは言わなかった。
言葉に甘えて、気になったものを手に取った。
木製の濃い緑色の弓。自然を感じ、心が落ち着くというのが第一印象だ。
しかしライは魔術をよく使う。もし彼がこの弓を握れば、それは十分な役目を全うすることなく破壊されてしまうだろう。使うならば通常射撃に留めようと思った。
次に手に取ったのは全体が鉄製の弓だ。一つ前の弓とは対照的に、ひんやりとした感触が彼を魅了する。
だが、これも彼が魔術をよく使うという観点から、通常の使用に留められるだろう。
やはりこの店には彼の弓に及ぶスペックのものはないようだった。店主が今も頭を悩ませている様子からも、それは明白だった。
しかし色々と物色していると、唯一強く目を惹く物があった。
素材は白い水晶で、一体どうやって弓の形状を保っているのか疑問に思ったが、それは考えても無駄だろう。ここは魔術が存在するファンタジーな世界なのだから。
これを一目見たライは、その弓には期待したようで初めて弓を引き絞ろうとする。
耐久性は彼が愛用する千年大樹の魔弓と同水準。殺傷性はどれほどあるのか分からないが、そこそこは期待できるだろう。
そして期待が高まり、少し魔力を込めてみる。
明るい雷が発生し、空間が照らされる。
元々暗かった店内だ。視界の隅で光が発生したことに気付いたフェイズは、慌てて彼を止めた。
「お、おい! 抑えろ!」
「あっ」
やっぱり魔術を使うのはまずかっただろうか。一応は商品だ。試し撃ちとはいえ、傷でもついたら取り返しがつかない。ライはすぐさま魔力の流出を体内に留めた。
「すみません!」
下手に出ようとしたからか、言葉遣いが敬語になった。
「あー、いや……。そっちじゃない」
「……?」
ライは水晶の弓を傷つけてしまったのではないかと謝ったが、フェイズが起こった要因はそこにはなかったらしい。
「兄ちゃんが睨んだ通り、その弓は魔力に対して幾らか耐性がある。だから試しに魔力を込めてみるのは問題ないんだ」
「じゃあ何が……?」
フェイズは天井を指した。
照明器具としての発光する鉱石がガラス製の器に取り付けられている。
だが、その様子はどこか普通ではなかった。
ライが初めてグリュトシルデの街を訪れた時、彼の目に映る眩さはより強いものだった。もちろん、時刻が夜だったから一層そう思ってしまったのかもしれないが、それにしても今の目に映るその輝きは弱々しかった。
その光源は明滅していた。それが何回か繰り返されると、石は割れ、輝きを失った。
「あちゃー。こりゃあ逝っちまったな」
面食らった様子のフェイズ。同時に仕方がないと割り切っているようにも見えた。
「俺のせいかな……?」
「まあそう見えるが、寿命が近かったんだ。しょうがないな」
「これって、何なんだ?」
「なんだ……光石を知らねぇのか?」
「光石?」
それが街の光源の正体らしい。
「光石ってのはな、文字通り勝手に光る石だ。前に黒煌鉄について話したけど、光石も魔力を吸収できるんだ」
「魔力で光ってるってことか?」
「そうだな。だが、魔力を注げばずっと光ってるってわけじゃあない。単純に使いすぎると寿命が来るんだ。魔力を吸収できる素材全てに共通することだが、使い続けるとその能力が減衰していくんだな」
「俺が強すぎる魔力を送っちゃったせいで、壊しちゃったのか」
ライの雷魔術が近くの光石に反応を与えてしまったということだった。
そしていくらフェイズが寿命と言えども、その石の一生に終止符を打ってしまったのは紛れもなくライなわけで、彼はそれが頭から離れなかった。
「まあ自分を責めるな。これくらいは痛くもかゆくもねえ」
フェイズは励ますように言うが、彼は困っていた。
「とは言え、明かりがないんじゃ作業が捗らないな」
ただでさえ薄暗かった店内は、今やカーテンを閉め切ったような一室だった。日光は窓から差しているので、その周辺だけは淡く明るかったが。
「俺が光石を取って来る」
せめてもの罪滅ぼしだ。これくらいはしないといけないと思った。
「助かるぜ。光石は街の雑貨屋に売ってる。ちょっと待ってな」
フェイズは暗い中、手元を動かしながらペンを走らせる。
そして完成した一枚の紙をライに渡す。
「一応、雑貨屋の場所だ。分かんなかったらこれを見ていけ」
「ありがとう」
「あとよ、別に今日じゃなくていいぞ。明日にでも届けてくれ」
「店は大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。真っ暗闇なわけじゃあねえから、商売できないってわけじゃないしな! それに、お前さんの弓は、やっぱりもう少し詳しく見たくてな」
「……分かった。じゃあ明日持ってくるから、それまで俺の弓を堪能してくれ」
「ああ!」
暗がりで笑みを浮かべるフェイズを背に、ライは店を出た。
時刻はまだ昼下がり。
しかしライもまだ病み上がりなのだ。今日は宿に戻ることにして、光石の調達は明日行うことにした。
2022/2/21 全体を少し修正




