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Tale 13 療養の七日間(二日目)

 療養二日目。


 この日、ライは朝早く目覚めた。


 前日は睡眠過多と言ってもいいくらいに寝てしまった。さらに、寝ている彼の元へ紫色をしたポーションの差し入れがあった。彼はそれを飲み、その魔力回復促進効果のおかげで最低限動けるほどの魔力は回復したのだ。


 アルマも同じ物を貰っていたので、もしかしたら彼女の体調も良好かもしれない。


 そう思い、彼女の寝ている部屋へ向かう。


 部屋にノック音を響かせると、適度な間を開けて返事が返って来た。

 たまに子供のようにはしゃいでしまう彼女だが、今は落ち着いた声だった。鍵はかかっていないようで、ライは静かに扉を開ける。


 彼の目に映ったのは、上体を起こし少し笑っているアルマの姿だ。

 設備の充実した病院の一室に入院しているかのような、その見舞いに自分が来てしまったのではないかと光景を錯覚してしまった。


「おはようございます」


「ああ、おはよう」


 アルマと顔を合わせると、不意に思い出す。彼女の呪いを治した日、自分が彼女に抱きついたことを。


 今になって思えば、随分と大胆なことをしてしまったとライは反省する。しかしその行動に至った気持ちは偽りではない。後悔は決してしていない。


 対して目の前のアルマはそれを覚えていないのか、気にしていないのか、平然とした様子だ。


「もう動けるようになったんですね」


「まあな」


「窓を開けてもらえますか? まだ体が言うことを聞かなくて……」


 ライは言われたとおり、一つしかない窓を開けた。その後で冷たい風が侵入する。


 アルマの少し長い髪がなびいた。


「気持ちいいですね」


「うん」


 一日ぶりに浴びる外の空気はとても新鮮だった。


「今日はどうする予定ですか?」


 しばらく風に当たっていると、アルマが聞いてくる。


「今日はまだゴロゴロしていようかな……って」


 まだ動けない彼女を思ってのことでもあったが、ライは十分に戦えるほどの状態まで回復しているわけではなかった。彼もまだ療養中なのだ。


「そうですか。それじゃあ、一緒にゴロゴロしていましょう!」


 アルマは嬉し気にそう言う。


「おーっす!」


 楽しそうな会話に釣られたのか、いつもの二人組がやって来た。


「おはよ」


 顔を覗きこまれた後でリスティーが、


「……二人とも、だいぶマシな顔してんじゃんか。良かった良かった!」


 ニッコリ笑った。


「おかげさまでね」


 その後、四人での一日ぶりの朝食の時間が訪れる。

 アルマが動けないので、会場はもちろん彼女の宿泊部屋だ。そこでのイレギュラーな時間を過ごすことになったが、話題が絶えず賑やかな食事となった。


 リスティーとユエラは何でもクエストに行くそうで、完食するなり出発してしまった。

 こうして今はライとアルマ二人だけになったが、彼らは宣言通り自分たちのベッドでゴロゴロしていた。


 とはいっても、ライは途中で飽きた。行動が昨日とほぼ同じなのだからそう感じるだろう。

 ちょくちょくアルマの部屋にお邪魔しては無駄話で暇を潰した。


 何度目かの往来時、二人に来客が現れた。


「失礼致します」


「「レイネールさん!」」


「お顔の色も良好なようで安心しました。お送りしたポーションも効果があったようで」


 レイネールは笑みを浮かべている。


「おかげさまで。ありがとうございます」


 ライが頭を下げると、アルマも同じくピョコっと頷くように礼をした。


「あれは……私なりの罪滅ぼしです。お礼を言われるようなことではありませんよ」


「それで、どうしてここに?」


 アルマが無垢な声で尋ねる。


 ギルドマスターであるレイネールがこの小さな宿亭まで足を運ぶのは珍しいことだ。その立場上、訪ねられることの方が多い。


「本日は、お二人に依頼していたクエストの報酬金を支払いに参りました」


「そういえば、俺たちクエストを受けてたっけ……」


「本来、クエストはギルドのカウンターでの報告、そしてギルド職員が内容の達成を確認するという工程を踏んで、無事完了と見なされます」


 巨大狼との一戦後、ライはクエストそっちのけでアルマを救うことで頭がいっぱいだった。クエストの完了報告までが義務だとすれば、クエストを放棄したと言っても同義だろう。


「ですが、あの時は非常事態でした。後の手続きは私の方で済ませておきましたのでご安心を」


「ありがとうございます。俺たちがやらなきゃいけないことなのに……」


「いえいえ。それで、こちらがお渡しする報酬金となります」


 レイネールの右手には、膨らんだ革袋が握られている。

 それを近くの机に置くと、硬貨同士が擦れる音が微かにした。


 ライはその紐を(ほど)いて、その中身を一掴みして見せる。

 その手には、大小異なる銅色と銀色の硬貨が少しずつ確認できた。


「これがこの世界の貨幣……」


 冒険者に斡旋(あっせん)される依頼をこなしたことで手に入れた初めての収入。重みがあり、塗装の高級感があり、感慨深いものがあった。


「そういえば、ライは別の世界から来たんでしたっけ……」


「でしたら、貨幣について少しお教えします」


 思い出したように放ったアルマの一言に、レイネールが反応した。


 その世界での金銭感覚を身に着けることは、その場所で生きていくためには必要不可欠なことだ。


 ライは甘んじて教えを乞うことにした。


「お願いします」


「ではまず、硬貨の種類から。硬貨には五種類、小銅貨、中銅貨、小銀貨、中銀貨、金貨があります」


 ライは自分の手元を見る。パッと見で彼女の言う物の内、該当するのは三つ。


「それぞれ、中銅貨は小銅貨百枚、小銀貨は中銅貨十枚、中銀貨は小銀貨十枚、金貨は中銀貨十枚の価値があります」


 中銅貨と小銅貨間の交換レートだけ異なるのは、小銅貨が生活上最も使用される貨幣だからだ。小銅貨で価格を刻むことによって、取引の価値を細分しているのだ。


 そのように考え納得するライに、アルマが補足を挟む。


「ちなみに、私たち冒険者が一日を過ごすのに必要とされる金額は、小銅貨五十枚ほどです。食事代が一食小銅貨十五枚で、宿代が大体小銅貨五枚程度です。色々と切り詰めれば二十枚くらいに抑えることは出来ますが……」


 アルマはあまり良い表情をしていない。その経験があるのだろう。


「もちろん贅沢をしたいと思えばそれ以上のお金がかかりますし、武器の手入れや道具の調達などを考えると、幾らあっても足りないかもしれませんね」


「へぇ……。あの、銀行とかは?」


 小銅貨ばかり持ち歩いていては重荷になる。ライは預け入れのできるシステムがあれば嬉しいと思った。


「銀行……ですか? 聞いたことのない言葉ですね」


 レイネールは首を(かし)げて返す。

 しかし彼女はライが異世界出身であることを信じる一人だ。おおよその察しはついているようだった。


「お金を預けて、好きな時に引き出せると言った場所なんですけど……」


「なるほど。ライさんの世界ではそう言った場所があると……。残念ですが、ストラティアには存在しませんね」


「そうですか……」


「ですが、両替なら出来ます。ギルドカウンターにいらして下されば対応しますので、持ち歩きに困った際はお越しください」


 ライは積極的に両替施設を活用しようと決めた。


「それで、その袋には一体幾ら入っているのですか?」


 アルマの視線はいつからか机上の硬貨袋に向いていた。


 彼女の声には隠しきれていない期待が込められていた。その袋に銀貨が入っていたからだ。


「ちょっと開けてみるか」


 そう言ってライは中身を落とさないように、そっと口を広げる。

 そして同じ種類の硬貨を重ねて、計上していく。


「えっと……小銅貨が八十枚、中銅貨が三枚、小銀貨が二枚」


 小銅貨換算で言えば、その数二千三百八十枚だ。平凡な生活を送るのであれば、五十日弱は暮らせる。


「うわー、大金ですね!」


 アルマは目を輝かせる。


「レッドウルフの分が銅貨、クリムゾンウルフの分が銀貨になっています」


 束になっていた数十匹のレッドウルフの討伐が小銅貨三百八十枚の見返りに相当し、たった一匹のクリムゾンウルフの討伐が小銅貨二千枚の見返りに相当するのだ。ゴールドランク相当の依頼ともなれば、その報酬も破格だった。


「本当に貰っちゃっていいんですか?」


 ライも二人の話を聞いただけだが、貨幣価値の程度は察しがついた。ゆえに、目の前の金額の多さに驚いている。


「もちろんです。これはお二人の努力の証の一部のような物ですから」


「ありがとうございます」


 ライは積まれた硬貨を一銭たりとも()くさないよう袋に戻す。


「では、私はこれで」


 軽く会釈をすると、彼女は本来いるべき場所へと帰って行った。


 かくして、療養二日目が終わった。

2021/10/31 貨幣価値の設定の一部を修正(金貨1枚=中銀貨100枚を、中銀貨10枚に変更)

修正による物語への影響はありません


2022/2/14 誤字を修正。その他、全体を少し修正。

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