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Tale 13 療養の七日間(一日目)

 白竜から浄化結晶を(たまわ)り、死に至るまで魔力を蝕み続けるという侵蝕熱(しんしょくねつ)の解呪に成功した後のことだ。


「じゃあ帰るか」


 ライ、リスティー、ユエラ、レイネールの四人は医務室を去ろうとしていた。

 そうして背中を向ける四人をアルマは引き止めた。


「ま、待ってください! 私も行きます」


 アルマは慌ててベッドから降りる。しかし意識を取り戻したばかりの彼女はふらついた。


「あ、あれ……」


「さっき回復したばっかりなのに無理するな」


「……すみません」


 ライに支えられ、アルマはベッドに座らせられる。


「今日はここでゆっくり休め。医者もいるんだから」


「でも……」


 アルマはどうしても宿泊先のスヤスヤ亭に帰りたがっていた。


「いや、でもなあ……」


 我がままを言うアルマにライは困るが、


「構いませんよ」


 まさか医者からそう告げられるとは思っていなかった。


「え……いいんですか?」


 ライの問いかけに医者は小さく頷く。


「はい。侵蝕熱は無事治りましたし、あとはアルマさんが回復するのを待つだけです。別の病気にかかるなんてことがなければ問題ありません」


「ありがとうございます!」


 アルマは目を輝かせていた。喜んだ勢いから、ベッドの土台が軋む音が聞こえた。


「じゃあ、早速……」


 アルマは調子に乗ってベッドから立ち上がる。

 しかし、やはりふらついた。


 ライは再び彼女を支え、ついさっき見た構図になった。


「馬鹿か。安静にしてろ」


 ライはそう言った後、アルマを抱きかかえた。


「え……。ちょ、ちょっと……!」


 いわゆる、お姫様抱っこというやつだった。


「病人なんだから、丁重に扱わないとな」


「い、嫌です!」


 アルマは暴れるが、病み上がりの彼女には振り払うだけの力を出せなかった。


「おー。いいなー」


「十分堪能するといい」


 ニヤニヤしながらからかう友人二人。


「……もー!」


 アルマは腕で赤面する顔を覆い隠した。

 その姿に他の全員は大笑いした後、解散するのだった。




 そして外に出て映った、いつも通り静かな夜のグリュトシルデ。今はその静かさに浸りたいほど、一行は疲れていた。


「それでは、私はここで失礼します」


 冒険者ギルドの建物前。レイネールは立ち止まった。


「レイネールさん、今日はありがとう」


「いえいえ。元はと言えば私が招いてしまったことです。今後このようなことが起こらないよう、肝に銘じます」


 深々と頭を下げるレイネール。


「自分を責めないでください。私はこの通り大丈夫なので、顔を上げてください」


「アルマさん……」


 レイネールとアルマは微笑み合った。


 再び歩き始め、小ぢんまりとした宿が見えてくると、一同は声を上げた。


「やっと着いたな」


 ライにとっては長かった一日。その終着点が見えたことで、本当に安堵する。


「さあ、入ろうぜ!」


 ライは手が塞がっていた。そのため、リスティーが扉を開けてくれた。


 その先には――。


「アルちゃーん!」


 半泣き状態のスヤが飛びついてきた。


 しかし扉を開けたのはリスティーだ。涙で視界も定かではなかっただろうスヤが直進した先はその人だった。


「んー。前が……」


 スヤの顔面には、リスティーの手があった。女の子の中では少し大きな彼女の手のひらは、顔面を掴もうと少し力んでいた。


「何泣いてんだよ」


 アルマが目を覚ました時、リスティーも泣いていたはずだが、今はスヤに威張っている。彼女なりの威厳というものがあるのだろう。


「だって、だって、アルちゃんがー……!」


 スヤの泣き具合は悪化していく。それを一旦緩和させたのはアルマだった。


「スヤ……。心配かけてすみません。私は大丈夫ですよ」


 リスティーの後ろから、アルマが顔を覗かせた。

 彼女の無事を知り、顔を見ることができて、スヤはその場に座り込み、安心してしまった。


「アルちゃんだぁー!」


 結局スヤの泣きは悪化することとなり、スヤスヤ亭とその一帯は彼女の声で満たされた。

 自分の顔が崩れていることもどうでもいいようで、涙が枯れるまで泣いていた。


「……おい。そろそろいいか? うちらも入りたいんだけど」


 リスティーがイライラを募らせている。

 スヤはすぐさま立ち上がった。


「うん。もう大丈夫」


 そして自分の顔を両手ではたく。


「よし!」


 一瞬でいつものスヤに戻った。涙の跡が顔についていることを除けば、普段の元気全開のスヤだった。


 占拠されていた入り口がようやく解放され、一同はぞろぞろとスヤスヤ亭に入った。


 そのまま宿泊部屋へと向かう途中のこと。


「そうだ! ライ君の部屋はアルちゃんの向かいの部屋だからね」


 ライはスヤから声を掛けられる。


「いいのか?」


「いいよ。部屋空いてるしね」


「ありがとう」


 ライはそう返して、皆と一緒に階段を上って行く。

 二階に着いて、ライが最初にするべきことは一つだ。


 アルマの部屋に入ると、抱きかかえていたアルマを広々としたベッドの上に下ろした。


「ありがとうございます」


「気にするな。今日はゆっくり休めよ」


「はい。ライも疲れを取ってください」


 ライはアルマの部屋を後にすると、二歩三歩進んで、用意された部屋に入る。


 二人はその後すぐに眠りに誘われることになる。己の一日の溜まり切った疲労と、心を満たす安心感によって。




 そして翌日の療養一日目。


 二人は中々室内から顔を出さなかった。


 心配したリスティーとユエラが部屋を覗きに来るが、当然最低限のセキュリティーは備わっている。部屋には鍵が掛かっていた。


「お前らー。起きてんのかー?」


 反響するノック音もリスティーの声も今はやかましく聞こえる。ライはもう少しだけ、欲を言えばあと何時間でも布団に潜っていたい気分だった。


 彼女に対する返答は明確なものではなかった。「んー」とか「うぅ」とか、そう言った(うな)り声だけが開かずの客室から聞こえた。


 これを聞いて心配した二人は、亭主スヤのもとへ相談に行く。


 数分すると、いつもの二人の会話にもう一人が参加して階段を上ってくる気配がした。

 そして先程聞こえたノック音とは対照的な静かな音が聞こえる。


「ライ君、起きてるかな? 開けさせてもらうけど、いい?」


 なぜここまでして強引に扉を開けるのかと言えば、とっくに昼食の時刻に近づいているからだ。

 いくら何でも部屋から顔を出さないのはおかしいと扉の向こうの三者は思ったのだ。


 ライの眠る部屋の扉が開かれた時、そこで三人が見た彼は、初対面時の長身ではなくとも勇ましい姿ではなく、気怠(けだる)そうな姿だった。


「あ、みんな……おはよう」


 ライはゆっくり入り口に目を向ける。


「いや、もうおはようって時間じゃないんだけど」


 リスティーが不用心に近づく。彼女はライと同等の背丈を持つ。今はライは接近する彼女に迫力を感じた。


「そうなんだ……はは」


「シャキッとしろよな! ほら……」


 リスティーが体を掴んで起き上がらせようとしてくる。

 しかし彼女の行動は、ライの身体に触れた時点で止まる。


「ってなんかお前、身体冷たいな」


 彼女はこの感覚を知っていた。


「まさか、魔力欠乏か……?」


 ライは昨日の長い長い冒険の末、魔力を大量に消耗してしまっていた。魔力が極端に低下すれば、その状態を自覚できるものだが、彼にはその感覚がまだ掴めていなかった。


 何せ、彼はこのストラティアという世界に召喚されてまだ日が浅い。

 クロス・ファンタジーというゲームの世界では、MP(マジックポイント)という数値がスキル、使用に必要な物であって、それが減少しているという感覚が実体と連動している訳がなかった。そもそもMPが減るという事実はあっても、それが感覚として作用することは万に一つないのだから。


 ライは魔力という生命を構成する一要素を、MPを消費するかのようにバンバン使っていったのだ。もちろん、魔力の出し惜しみが許されない状況下に置かれていたので仕方がないのだが。


 そして魔力が低下しきった状態になった彼だったが、アルマを助けたという安心感でそれが紛らわされていたのだ。その皺寄せが現れたのが今と言って間違いなかった。


「悪い……そうみたいだ。びっくりだよ。こんなに体に力が入らないなんて……」


「無理すんな。食事は持ってきてやっから、今日は寝てろ」


「そうするよ」


 まともに動けないのだからこれ以外の選択はあり得なかった。


 そして同じような会話が隣室から聞こえて来る。

 スヤとユエラはアルマの容体の確認に行ったらしい。


 彼女は昨日から生命力も魔力もギリギリなのだ。二人の反応は意外性もなく、それ相応だった。


 諦めが悪いと言えば聞こえが良いが、アルマは何かと口答えする性格だ。彼女に対して、念を押すように今日は寝るようにと言う亭主の強気な声が聞こえた。


 こうして、一日がただ寝るだけで経過した。

2022/2/14 全体を少し修正

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