Tale 11 少女の目覚め
ライとレイネールは必死に走っていた。
冒険者ギルドを通り過ぎ、アルマが待つ医務室へ向かう。
「アルマ!」
バタンと医務室の静寂が破られた。
アルマの眠るベッドのある治療室のカーテンは開いていて、そこには三人の人影があった。
「ライ!」
椅子に座ってアルマの手を握っていたリスティー。待ちわびていた彼を目にして立ち上がった。
もちろんそこにはユエラもいた。
「ライ君……」
能天気でマイペースなユエラ。初めて会った時、ライは彼女にそのような印象を抱いていたが、今はまるで違った。
深刻な顔で、重みのある声。
そこからアルマの容体が悪化の一途を辿っていることは想像できた。
「悪い。遅くなった」
ライは彼女の元へ向かう。
レイネールもいたが、部屋はあまり広くない。彼女は邪魔にならないよう、その入り口に留まっていた。
「いいや、よく無事に戻って来てくれた」
リスティーは何とか明るく振る舞った。
「アルマさんの生命反応はまだ微かにあります。ですが、もう時間はないでしょう」
医者の近くの机。資料が散らばり、数種類の薬品が使われた形跡があった。彼も打てる手を全て尽くしたようだった。
「ええ」
ライはしゃがみ、アルマの顔を覗く。
青ざめた顔はどこか苦しさを物語っていた。
彼は握っていた右手を開いた。
そこにあったのは浄化結晶だ。白竜から賜った時からその輝きは変わらず、神秘的に透き通っていた。
「それが浄化結晶か……」
「これでアルマが助かる……」
リスティーとユエラは初めて見る希少鉱石ないし希少生成物のその輝きに、一縷の希望を感じ始めた。
「ああ。これで呪いが治るんだ」
ライの脳裏に浄化結晶を入手する、その道中の出来事が想起した。
裏口の番人に会い、鉱山の麓から第二層侵入口を目指して登山し、その内部では多くの分岐道を探索した。迷宮のような鉱山内部でそれでも進み続けることができたのは、ライをなだめてくれたレイネールのおかげだ。きっと彼一人では、道中で塞ぎ込んでしまっただろう。
そして鉱山に棲む魔物たちとの戦い。メタルゴーレム、フローズメア、ルインスネーク。そのどれもがライたちの行く手を遮った。この戦いに勝利できたのも、知識あるレイネールと共闘したからであると言えた。
最後に二人の前に立ちはだかったのは白竜。始めは圧倒的な差を見せつけられた二人だったが、攻略の糸を必死に手繰り寄せ、解呪の宝石を得るに相応しいと認めさせることができた。
そうして掴み取った代物だ。ライは早くそれをアルマに使ってやりたかった。
だが、ライにはその使い方が分からなかった。
「アルマさんの包帯を取って、浄化結晶をお腹にかざしてください。結晶が反応を示すはずです」
ライは医者の指示通り、アルマの患部に巻いてある包帯を解く。
彼女の白く滑らかな肌が目に映ったが、それよりも強くライの目に焼き付いたものがあった。それは、昼時にクリムゾンウルフによって作られた大きな引っ掻き傷だった。
斜めについた四本の傷。血は止まっているようにみえたが、傷部分は不気味に赤く発色していた。
(これは……呪いの反応か?)
ライが結晶を傷に近づけると、その疑問の答えはすぐに出た。
浄化結晶は今まで以上に白く、神々しく発光した。
「浄化結晶が呪いに共鳴しています。今なら結晶を砕けるはずです」
ライは手に力を入れてみる。すると、浄化結晶に亀裂が入る感覚がした。
「アルマ、起きてくれっ!」
ライはそのまま力を強める。
浄化結晶は砕け散り、細かい粉となった。
煌く粉はアルマの腹部を中心として、身体全体に降りかかる。やがて付着した粉は、彼女の身体に浸透して行き光を放った。
その光は白竜から感じたものと同じだった。
光が収まると、アルマの傷の赤みは自然に薄れていった。
呪いが体から抜けているに違いないと、ライは必死に呼びかけた。
「アルマ……! アルマ!」
すぐには反応は無かった。
「……!」
臥してからは全く好色な反応を示さなかったアルマだが、リスティーは嬉しさのあまり、目に涙を浮かべていた。
アルマはゆっくりと目を開けた。
その場の全員は言葉が出なかった。
アルマが快復すること。その切なる願いが叶った奇跡を目の当たりにし、時間が止まったかのように硬直していた。
「み、皆さん……?」
まだ意識がはっきりしていないのか、アルマは口をゆっくり動かしながらそう言った。
視線だけを動かし状況を確認していた。
そんなアルマを覚醒させたのはライだった。
「えっ……!?」
ライはアルマを病床から起こして、抱いていた。
「どうしたんですか!? は、恥ずかしいです……」
アルマは顔を赤くする。異性の人に抱きつかれるだけでも恥ずかしいのに、それを周りで見ている仲間たちがいるのだ。アルマは益々赤面した。
「は、離してください! ……っ!?」
アルマは募る羞恥心から、ライを突き放そうとした。
しかし、その感情はすぐ消えてしまった。
ライは泣いていたからだ。
乱れる呼吸を必死に抑えていたが、最も近くにいるアルマには隠せていなかった。
「ごめん……。本当にごめんな……」
巨大狼戦での慢心。それがアルマを苦しめることになったことを改めて悔やんだ。それを今初めて謝ることができたのだ。
「私、確かクリムゾンウルフに……。それで……」
アルマは記憶を辿り、自分の置かれている状況を把握していく。
そんな彼女を他所に、ライは続けざまに、
「ありがとう。本当にありがとう」
と言った。彼としては、アルマが手の届かない場所に行ってしまう前に、お礼を早く言っておきたいという一心からの行動だった。
「お礼を言うのは……私の方だと思うのですが……」
昨夜から言いそびれていたことを、彼女の耳に何度も届ける。
それを聞くアルマ本人は意味不明に思いながらも、抱きつかれていることにはもう抵抗していなかった。
「ありがとう……ございます、助けてくれて……。私はもう、大丈夫ですから……」
彼女は「泣かないで下さい」とは言わなかった。
代わりに、ライの頬を伝う涙を空いている手で拭った。
柔らかいアルマの手。ライは彼女の優しさに改めて触れ、彼女の生を実感した。
やがて涙が収まり呼吸の乱れも無くなると、ライはアルマから離れた。
そして彼女に向かって笑い、
「おかえり、アルマ」
「はい。ただいま」
こうして、その日暮らしの冒険者となったライの長い長い初日は終わった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
舞台は変わって、とある一室。
石壁に覆われた暗々としたその場所に、長身の赤髪の女性が立っていた。
人型に見える女性だが、よく見ると人間には決して付属していないものがついている。
それは尻尾だ。細身のもので、鋭利に見えるそれには、神経が通っているようで、女は自在に滑らかに動かしてる。
「また一つ、反応が消えたわね」
女は室内をただ歩き回る。
「今日だけで三つ。一体何が……」
女は机上の葡萄酒のコルクを抜きながら、そう言った。
「まあいいわ。所詮はただの駒に過ぎない。補充はいくらでもできるわ。……あの方のためにも、そろそろ作戦を実行に移しましょうか」
女は優雅に椅子に座ると、グラスに注がれた酒を口に運ぶ。
そして、酒を味わった後で、石が幾つか抜け落ちた小穴を覗く。
近いようで遠い空に浮かぶ月。部屋に差し込む月明りを浴びながら、彼女は不敵に口角を釣り上げた。
これにてChapter 1完結となります。ここまで読んで下さり、本当にありがとうございます。
2022/1/17 全体を少し修正




