Tale 10 白竜戦(4)
「どうだ!?」
ライは白竜を睨む。レイネールもまた、地の竜から目を逸らさない。
白竜の翼が焼け焦げた、慣れない匂い。それが二人の鼻を刺激すると同時、確かな手応えを感じさせていた。
手負いの竜はゆっくりと体を動かし、自分の傷を確認する。
「うむ……」
短く唸った後、白竜の損傷部が発光した。そして翼の穴の開いた箇所はその光で満たされていく。
「「……!?」」
光が収まると翼は完全元通り。それどころか、他の箇所の傷も完治していた。
「そんな……!」
攻撃が通る隙を必死に作って放った一撃。その結果がこんなにもあっさり翻されてしまうと、ライは心に来るものがあった。
「まずまずの攻撃、連携だ」
「合格か……?」
ライは僅かな期待を込めて聞いてみる。
「残念だが、私はこんなもので満足するような器ではない。だが、私はお前たちを侮っていた。こちらも少し力を解放させてもらう」
「そうか……。なら、もう一回行くぞ!」
ここで、「はいそうですか」と帰るわけにはいかない。帰りを待ってくれている仲間、助けたい仲間がいるのだ。傷一つ回復されたことを嘆いている場合ではなかった。
時間の経過がライを焦燥に導くが、眼前の白竜を認めさせなければアルマは助からない。
彼はレイネールと顔を合わせ、飛び立つ白竜をもう一度捉えた。
「ちっ……。もう矢がないのか」
ライは今日のクエスト出発前にしか矢の補給をしていない。
赤い狼、鉛色のゴーレム、凍結の悪魔と戦ったのだ。そして先程までの白竜戦。
手持ちの矢筒では、矢がなくなるのに丁度良い頃合いだった。
こうなってしまった今、執れる攻撃手段は現状たった一つだ。
弓を引く形をとって、その手に魔力の矢を生成した。
「ちょっと強引だけど、一気に仕掛ける!」
白竜が「力を解放する」と言ったこの状況で、様子を窺うことに徹していては、先にジリ貧になるのはライたちの方だろう。
彼は矢を拡散させる要領で、魔力の矢を大量に放った。
白竜はそれらから逃れるように羽ばたいて、さらに距離を取った。
「適当に撃ったか。数撃てば当たるとでも思ったのか?」
白竜は口から白い球状の球を吐く。それらは白竜を捉えていた魔力の矢一本一本に当たって、白い爆発を起こし相殺していた。
(大したことはないな。やはり外れか……)
白竜は心の中で落胆した。
しかし、当たり外れを吟味している場合ではなかった。
対面した時からずっと変化がなかった表情。
それが初めて驚愕に変貌した。
白竜の視線の先。光る矢がその身の尻尾に刺さり、さらには翼に後方側から刺さっていた。
(何……!? まさか矢が追尾していたとでも言うのか。それならば、始めに放たれた大半の矢は……)
白竜の予想通り、ライは無作為に矢を放っていたわけではなかった。
全ての矢に意味を持たせていた。
正面で迫る矢を相殺させることに集中させ、他から気を逸らさせる作戦にまんまと掛かっていた。
いや、正確には今も引っ掛かっている。
白竜に牙を剥いた魔力矢が次々に刺さっていく。
(な、何故だ……!? 何もない場所から次々と矢が現れるなど……。いや……!?)
白竜は虚空に目を凝らす。
すると、空間が歪むようにその眼に真実が浮かび上がった。
白竜が意識を集中させて初めて視認可能になった魔力矢。
それを細工したのは言うまでもなく、弓術師たるライだ。
彼は白竜が無数の矢に遊ばれている間に、自身にも術式を掛けていた。
(そう。俺の放った矢のほとんどには【視認阻害】が掛けられている。【視認阻害】は術者本人以外からの認識を阻害する魔術。そしてその効果を他者が見抜くには、ある程度の集中力をそこに割かなければいけない。クロス・ファンタジーではそういう仕様だったけど、この世界でも同じようだな)
少し感じた余裕から胸中を語り、今は白竜の死角を目指すライ。
裏口の番人の【視認阻害】を看破したからこそ、その予想ができていたが、見事に的中していた。
白竜は矢の対処に追われているため、ライ自身を対象にした認識阻害を見破ることは未だできていない。
(あとはレイネールさんが上手く引きつけてくれればいいけど……)
一方のレイネール。彼女の視点からも、真空波もといステルス状態の魔力矢が白い巨帯に鮮血をまき散らす様が窺えていた。
「【溢れる豪水】!」
白竜の頭上。青色の魔法陣から高水圧が襲い掛かる。
手応えは十分にあった。
白竜の甲殻が傷付いていた。重量感ある豪水により背中がへこむように押され、僅かではあるが飛行高度が下がっていく。
加えて処理しきれていない魔力矢も無慈悲に襲い続ける。白い球状のブレスだけではとてもではないが相殺し切れていなかったのだ。
(このままでは……!)
全てを無に帰すあの光線を使えば、処理能力は格段に上がるだろう。しかし先程の会話で、それは使わないと言ってしまった。その約束を無碍にするほど白竜は薄情ではないし、約束や契約の一方的な破棄はドラゴンという種族の威信に関わる。
落石の初直撃が白竜にとって、そして二人にとっても転機となっていた。
そして今、潜伏者が手負いの竜の眼前に現れた。
「さあ食らえっ!」
最初に白竜に放った物よりも、強い輝きを持つ青電の矢。
白竜は眼を見開いた。
(やはり、隠れていたか……!)
白竜が彼の潜伏を看破できなかったのは、それを許さないために放たれた無数の魔力矢とレイネールの落石攻撃による妨害行為のおかげだ。
(しかし、このままでは……)
ライと白竜はほぼゼロ距離。白竜の立派な顔に、雷閃がバチバチと伝わる。
白竜は自身の危機を察知した。ゆえに、全てを翻す一手を打つことにした。
「止むを得ん……か」
「……?」
白竜を睨むライの表情が変化する。不意に放たれたその一言に、少しばかり警戒し始める。
しかし彼は矢を離す寸前。この攻撃の機会を自ら捨てるわけにはいかなかった。
だが結論だけで言えば、ライは攻撃を中断し白竜と距離を取るべきだった。
「【絶対守護】」
白竜を中心として、球状の膜が発生する。それは使用者を覆うまで巨大化し、外敵とみなす者全てを弾き除外した。
当然、ライはその障壁に弾かれた。折角整えた攻撃態勢もむなしく崩れ、そのまま地面に落下した。
「な、なんだ……?」
ライは上方を見上げるも、障壁に囲われる一体の白い竜がそこにいるだけ。
白竜はその状態を保ったまま、攻撃に転じることはなかった。
どういうことかと目を白竜から離さずにいると、レイネールが駆けて来た。
「【絶対守護】は如何なる攻撃も通さない障壁で自身を守る“禁忌魔術”の一つです」
「禁忌魔術? 何ですかそれは?」
「使用を禁じられている魔術のことです。厄災を招くもの、超越的な力を得るものなどが主です」
「あの様子もその一種ということですか?」
ライは上空を指して言う。
「はい。【絶対守護】の効果中はどんな攻撃も意味を成しません。同じ禁忌魔術による攻撃ならば障壁を貫通できるかもしれませんが……」
「でもあんなの使われたら、勝ち目なんかないんじゃ……」
ライの言うことは最もで、その能力を連発されれば、折角生み出した攻撃の機会が無駄になる。
しかし、白竜に奥の手を使わせたという事実が重要だった。
「あの魔術が使用できるのは圧倒的な生命力と魔力を有する者だけです。その超越的な防御能力を得ることと引き換えに、生命力と魔力を膨大に消費してしまうのです。それが【絶対守護】が禁忌とされている所以です」
「つまり、能力発動による生命力の減少量よりも、俺たちの攻撃による生命力の損失の方が大きいと判断したということか……」
そうでなければ、白竜は算数のできない知能低い竜と認めることになる。その可能性は最初に会話して、万に一つないと分かってはいるが。
「はい。そして効果中は使用者は一切行動できません」
レイネールの言葉が示すこと。それは、この一時が休戦期間であるということだ。
「じゃあ、俺たちも態勢を整えよう」
レイネールが懐からポーションを取り出し、二人はそれを飲んだ。
飲んでいる間も眼前の白竜に変化はなかった。
その直後、
「危ない!」
ライが叫んだ。
絶対を誇る障壁が薄くなると同時、その核部分から光の魔術弾が目に捉えられない速さで迫った。
ライはそれが着弾する寸前に、何とか雷の壁を展開できた。
クロス・ファンタジーでは【蒼雷壁】と呼ばれたスキルだ。今は魔力を消費しないと展開できないようになっている。この高電圧の雷を通り抜けることは、並大抵の精神では不可能だろう。
そして二人に直撃するはずの光弾を雷壁が引き受けた。
壁を貫通する恐れもあったが、その時はその時と思うしかなかった。彼らには一瞬のこと過ぎて、これ以上の対応は出来なかった。
実際、その二つの勢力は相殺する形で大爆発を起こした。
煙が上がり、二人の視界が狭まる。
「大丈夫ですか、レイネールさん?」
「はい。ライさんが反応していなければ今頃……」
そうやってお互いの無事を確認し、煙が収まり白竜の姿も再認識できるようになった頃。
「「……!」」
二人は威圧された。竜の蒼白く光った瞳に。
2022/1/17 全体を少し修正
2022/4/17 能力名称を変更:【ステルス】→【視認阻害】
能力を変更:【ストンフォール】→【溢れる豪水】
これに伴い、一部戦闘描写を修正しました。




