Tale 2 召喚先の世界(1)
大の字で伸びていたライは目を覚ました。
木漏れ日が目に染みる。
「うぅ……。ここは……?」
怪奇な渦に吞まれてから数分が経ったのか、それとも数時間が経過したのか。彼には全く分からない。
「森……? 転送されたのか?」
周辺に確認できる者は茂る草花と木々だけ。
そして時刻は夕方。橙色の空を見れば一日の終わりを実感し安心できそうだが、今はそれどころではない。
「そうだ、みんなは!?」
ライは頭を左右にブンブンと振る。先程までの、ぐったりとした気分なんかはすぐに吹き飛んでしまった。
しかし、ライは完全に孤立していた。
「はぐれた……のか? それ以前に、ここはクロス・ファンタジーの中なのか?」
ライがそのような疑問を呈するのは、普段と置かれた状況が違うからだ。
攻城戦の後、システムによって転送される先は各ギルドのギルドホームという、いわば拠点のような場所だ。その転送もギルドメンバー全員で一斉に行われるのが普通だ。
そして、その際の転送演出はもっと簡素なものだった。決して、渦に呑み込まれるというものではなかった。
何らかの不具合と考えることもできたが、それにしてもイレギュラーが多すぎるとライは思っていた。
次に、ライは自分の体を確認する。渦に呑まれた影響で、ダメージや状態異常が発生した可能性があると考えたからだ。
自分の腕や足、その他体のあちこちを身を捻りながら、触りながら確かめていく。
「体に異常は……ないな。……あれ?」
クロス・ファンタジーでは、プレイヤーがイメージすれば、ステータスや装備などの情報が載った仮想ウィンドウが開く。今、ライはそのウィンドウを開きたいと思ったのだが、望みのものは表示されなかった。
「ウィンドウが開かない……。ウィンドウオープン」
今度はライは声に出して、ウィンドウを開こうとする。これでも一応開けるのだが、やはりウィンドウは表示されなかった。
「画面は出ない……。だけど、姿はアバターだよな……」
ライは自分の置かれている状況の違和感に戸惑ってしまう。
「ここは本当にクロス・ファンタジーの中なのか……? だったら、これを確かめれば……」
ライはそう言って、背中に担ぐ弓を取り出した。
そして少し離れた木を狙って弓を絞る。呼吸を落ち着かせた後で、ライは矢を放った。
ゲームで鍛えられた射撃技術もあって、その矢は寸分の狂いもなく幹に刺さった。
刺さった矢が消えることはなかった。
「撃った矢が消えない。……ということは、ここはシステムの影響しないどこか別の場所ということなのか……?」
クロス・ファンタジーでは、攻撃に使用した矢や石などの投擲武器を使用すると、それらは一定時間後に消滅して回収不可能になってしまう。しかし、今はその矢の回収が可能のようなのだ。
開けないウィンドウ。消滅しない矢。そこから、ライはゲームシステムが介入できないような世界に来てしまったのではないかという仮説を立てたのだ。
「でも、そんなことがあるのか……? そんなファンタジー小説の世界じゃあるまいし……」
自分の仮説にまだ半信半疑のライ。狙った木の幹の矢を回収しに、その方へ向かい、矢に手をかける。
「結構深く刺さってるな……」
少し驚いた様子でそう言った。別に本人は力を込めて撃ったつもりはなかったからだ。
木の材質が柔らかいかと言われればそうでもない。単純にライの力が強かった、いやそのアバター姿での筋力値が継承されていたがために、矢が深く刺さったのだ。
「……よし」
抜いた矢を、今度は別の木に向かって放つ。
矢は先程と同じように刺さった。
「矢を再使用できる。クロス・ファンタジーではできない行動だ。……となると、やっぱりここはゲームとは別の世界ってことになるのか?」
ライは黙ってしまう。
「……分からないけど、今はそのつもりで動いた方が良さそうだ」
ライは弓を納めて周囲を見回す。確認できる範囲では、森内部は道が整備されておらず、草木が生い茂っている場所が多い。森を抜けるどころか、進むのも一苦労しそうだ。
それを覚悟の上、ライは森を進むことにした。
そして森を進み始めて十数分、ライはまた幾つか発見をしていた。
まずは痛覚が現実と遜色ないということ。
それに気づいたのは、最初に茂みを掻き分けて進んでいた時だ。進む道がなく、仕方なく茂みを強引に進むことにしたのだが、葉や枝がライの皮膚を引っ掻き傷付けた。
クロス・ファンタジーの中では、ゲームを楽しむことに重きを置いていたので、痛覚の再現レベルはかなり低かった。
次に、クロス・ファンタジーで習得していたスキルが使えること。
スキルとは、その世界では何らかの条件を満たすことで任意に、または自動的に発動する特殊な力のことだ。
ただ歩くだけでは退屈だったので、ライは木々に矢を放ち、一人で射撃ゲームのようなものを催しながら進んでいたのだ。その際、実験的に前方に二本の矢を放つ【双対の破壊矢】というスキルを使おうとしたのだが、これが見事に発動したのだ。
そして最後に、少し前から自分の後ろに知らない女の子がついてきているということ。
少女はニコニコしながらライについてきている。彼が気がついた時には、すでに後をつけられていた。おそらく彼の放った、あちこちに刺さる矢に興味を持ったのだろう。それらを辿って本人を見つけたようだ。
現在、ライはその少女に気付いていながらも、声をかけることはしなかった。
道中でたまに止まってみると、後方からの足音も消える。つまりは少女も立ち止まっていることから、狙いは完全にライのようだった。
ライは内心、少し怖かった。相手が自分よりも何周りも小さい少女であっても、自分の知らない場所で笑顔でいるのだ。油断した瞬間に、自分に危害を加えてくるのではないかとも考えてしまった。
さらに言えば、言葉が通じるかも分からなかった。話しかけて、いざ知らない言葉で返されても困ってしまう。話しかけて不安を払拭したいという行動は躊躇われた。
しかし、この状況を維持していても何ら進展はない。そう思ったライは、自分の恐怖の感情を隠し、それどころか余裕ある声で少女に話しかけた。
「えーっと……君はどうしてこんなところにいるのかな? 一人で森に入ったら危ないんじゃない?」
少女は元気な声ですぐに答えた。
「リアはね、ここに遊びに来てるの!」
(よかった……。言葉は通じるみたいだ)
リアというらしい少女にライは続けて質問を浴びせる。
「へぇ、遊んでるんだ。どんなことしてるの?」
「うーんとね……。なんかわからないけど、『遊ぼう』って言われるの」
少女はそう答えるが、ライには疑問が残った。
(言われるって、誰にだ……? それに、こんな森林地帯で一体どんな遊びをするんだ……?)
ライは情報を探ろうと、再び質問する。
「リアちゃんはどうやってここまで来るの?」
「お家を出て、気付いたらここに来てるの!」
(意味が分からない……)
「帰りは?」
「帰りは、いつもこの時間におねーちゃんが来るんだけど……」
(お姉ちゃん? 良かった。家族が迎えに来るんだったら安心だな)
ライはそれまで進めていた歩を止めて、後ろを振り返る。
目線の下には、本当に少女がいた。
正直、幽霊にでも取りつかれたのだろうかと疑った時もあったが、それが現実でなくて良かったと心から思っていた。
少女の年齢は十歳くらいだろうか、それよりも少し幼いか。体型もその年齢の平均くらいといったもので、可愛らしい女の子だ。格好は白い半袖シャツにベージュのスカート。ゲームに例えるなら、村人少女Aが適当だろう。
ライは少女と同じ目線になるまで屈んだ。
「じゃあ、迎えが来るまで俺が一緒にいるよ」
「ほんと!? やったー」
少女は無邪気に返事をした。
【補足】
少女リアが巻き込まれているこの件はChapter 2 で主に描かれているので、Chapter 1 を読み進める上では忘れてもらっても大丈夫です。
2021/10/6 Tale 2 タイトルを修正(内容に変更なし)
2022/4/16 能力を変更:【スリーショット】→【双対の破壊矢】