Tale 9 グリュトシルデ鉱山深層(6)
「ライさん……!」
レイネールはその場に座ると、ライを抱え、膝に乗せた。
「いけない……。幻覚が併発してる……!」
ライの瞳は輝きを失いかけていた。全身の筋肉は弛緩し、自力では歩行不可能な状態だった。
かと言って、ライを背負って進むことは彼女にもできなかった。そんな筋力は元よりないし、彼女もいずれ同じ状態になってしまいそうなほどに疲弊していたからだ。
ライの視界には霞んだ景色が映るが、それが何であるかももはや分からない。
(ごめんな、アルマ……)
次第に意識が現実と切り離されていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
声が聞こえる。無邪気でありながらも真面目さを感じさせる少女の声。
俺はこの声を知っている。
最近聞いたばかりだ。
初対面で俺を誘拐犯呼ばわりした失礼な少女だ。本当に、早とちりも大概にしてほしい。
さらにはモンスターに襲われて拘束された挙句、成す術のなかったブロンズの冒険者だ。
だけどあいつは拘束されても、目の前の偽りだけど……その犯人を捕まえることを諦めていなかった。そんな強い志を持った奴だ。
そして自分の過ちを認めることもできる、根はいい奴なんだ。
俺はそんなあいつに毛頭信じられない話を聞いて貰って、その上居場所を与えてもらったんだ。
そう言えば、レッドウルフとの戦いで、あいつ互角の戦いをしてたっけ……。
決してあいつは強くはなかった。戦闘力的な意味で。
だけど、強くなりたいって意思は伝わってきたんだ。だからこそあの巨大な狼との戦闘からも逃げなかったし、最後まで諦めなかったんだ。
俺のサポートが不十分なばっかりに、大怪我負わせちゃったのは俺の落ち度だ。
でも無理しないっていう約束は破ったな……。ははっ……。じゃあ、お相子だな。
針千本の刑は勘弁してやるか……。
……こんなところで寝てる場合じゃないよな。先に進まなきゃ。
俺はあいつを助けたい。
行き場のなかった俺を導いてくれたあいつを……今度は俺があいつにできることをやってやりたい!
そして必ず“ありがとう”って伝えるんだ!
だから、待っていてくれ……アルマ!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……さん。ライさんっ!」
普段の振る舞いからは想像できない、焦りの含んだ、ちょっと珍しいと思ってしまう声が聞こえる。
同時に、ライの目元に水滴が落ちる。
目を開けると、レイネールが涙を零していた。
彼女は意識を失ったライを前に、過去を再び想起していた。
亡くした冒険者たちと彼が重なり、募る思いが、後悔が、自らの未熟さが彼女を責め立てていた。
「レイネール……さん?」
「……!」
彼女は嬉しさと安堵から、さらに涙が止まらなかった。
「泣か……ないで……ください。俺はまだ……生きてますよ」
「良かった……」
ライの後頭部は温かかった。
原因がレイネールの膝枕であることに、ゆっくり気付く。
そして、起き上がって自分の記憶を辿った。
「俺、確かルインスネークに追いかけられて、それで……」
ライの脳内はごちゃごちゃしていた。自分の意識がどこで途切れたのか、その記憶すらもあやふやだった。
しかし今の状態が、大蛇に追いかけられていた時のように切迫していないことだけは分かった。
視界には動かない巨大蛇の死体があったからだ。
「ルインスネークは……もう動きませんよ」
涙を拭うレイネール。
「レイネールさんがやったんですか?」
「はい。危機一髪でしたが、何とかなりました」
ライは立ち上がる。すると、自分の身体が軽快に、言うことを聞くことに驚いた。
「あれ……。そう言えば、何で俺動けるんだろう?」
「私にもよく分からないのですが……」
「光が……消えてる?」
ライはあることに気が付いた。あの美しくも忌々しい、白い光が無くなっていた。どこにも発生していなかったのだ。
この体を精神をも蝕む光がなくなったことで、内部は暗くなっていたが、その問題はレイネールの魔術が解決していた。
「進むなら今ですね。行こう、レイネールさん」
「はい」
二人は光の玉を連れ、レイネールの魔力感知を頼りに歩き始めた。
そして進み続けること数十分。
幸いにも、白竜の術が再発動するようなことはなかった。さらにモンスターとの遭遇もなかった。ルインスネークの徘徊のせいで、他のモンスターたちは住処を変えてしまったのだろうか。あるいはその餌となってしまったのか。
それは二人には知る由もなかったが、この機を逃さないようにと、より深くへ潜って行った。
「レイネールさん、一つ聞いてもいいですか?」
「はい。何でしょう?」
「レイネールさんはあの後、白竜に会うことは出来たんですか?」
レイネールは黙り込んだ。
“あの後”というのは、彼女が行動を共にした四人の冒険者と悲惨な別れをした後のことだ。
「ごめんなさい。どうしても気になったので……」
「いいんです。あの後は、私は必死で走り回ってとにかく下へと進みました。もちろん、頭痛や吐き気に苛まれましたが、運よく白竜の元へと辿り着くことが出来ました」
運が良かったのは確かだ。それは探索に使える時間が少しでも多かったことによる賜物なのだ。
レイネールは当時から強靭な精神力を備え合わせていた。ゆえに今も昔も、白竜の奇怪な術の影響が遅延したのだろう。
「それで、白竜には……?」
「白竜は眠っていました。しかし、私がその前に立つと、声が聞こえてきたのです」
「声?」
「はい。白竜の声です」
(喋るのか……!)
「私は白竜に用件を伝えました。……ですが、白竜がそれに応じることはありませんでした」
「なぜ?」
「私はそこに辿り着いた時、既に限界だったのです。恐らく白竜は力を示せと言いたかったのでしょうが、私に余力はありませんでした」
「それで、レイネールさんはその後どうしたんですか?」
疲弊し切ったレイネールが復路を辿るのは不可能だっただろう。きっと、深層の道中で消滅してしまう。
ならばどうやって帰還し、今こうしてライの横を歩いているのか。
「白竜は自分のもとへと辿り着いた褒美として、私を転送してくださったのです」
「ワープですか?」
「はい。気付くと私は鉱山の入り口にいました」
「そうだったんですか。話してくれてありがとうございます」
「いえいえ。私も昔のことを話して、少し胸の痞えを取ることが出来ました」
二人は探索をさらに進める。
「ところで……なんか寒くないですか?」
ライは体を擦りながら歩いていた。
考えてみれば、彼らは陽光の差さない鉱山内部にもう何時間もいる。体温が低下してもおかしくはない。
「そうですね……。いや、これは……」
通路を進んでいると、レイネールは何かを感じ取った。
彼女はその正体が分かっていた。過去にも体感したものだったから。
「ライさん!」
後ろを歩いていたライは彼女のもとへすぐに駆けつける。
「どうしましたか?」
「見て下さい」
レイネールに促され、ライはその方向を見る。
二人の足元。そこから整備された石の階段が伸びていた。鉱山には明らかに場違いな階段。下へ下へと続くその先からは、光が差し込んでいた。
二人にとって、それは希望に見えた。
「これは……もしかして」
「間違いありません。この先に白竜がいます」
二人は息ぴったりに深呼吸をすると、その階段に足をかけ始める。
その足取りは決して軽くはなかった。一段一段しっかりと踏んで下りる。スローリズムな足音の反響音が二人の緊張をさらに強める。
そうして眼前に開けた大空間。その中央奥に、真っ白な神々しい竜が眠っていた。
2022/1/13 全体を少し修正




