Tale 9 グリュトシルデ鉱山深層(5)
この大蛇が二人の目指す方向から来ていたら状況は最悪だっただろう。遠回りを強いられる可能性が高くなるからだ。
二人は驚きつつも、目指す方向を見失わず大蛇に背を向けて走っていた。
「レイネールさん、何あれ!?」
ライが後ろを振り返っても、はっきり見えるのは赤褐色の大蛇の巨大な顔だけだ。
大蛇は時に大口を開けて、舌を伸ばす。その舌も巨大だったが、それに二人が捕らわれることがなかったのは、走り始めが早かったからだろう。
「ルインスネーク……。それもかなりの大型種です!」
大型もいい所。規格外のさらに規格外と言っても嘘偽りない程の迫力だった。
「あいつはここの番人みたいな奴ですか!?」
「いいえ。ルインスネークはもっと広くて人気のない場所を好みます。間違ってもこんな迷路のような場所にはいないはずです!」
ライは後方を確認する。
ルインスネークは二人に向かって這い続けている。
三者は同速。すなわち、気を緩めれば一瞬でパクリと食べられてしまうのだ。
確かに、ルインスネークはその身を時折側方に上方に下方に打ち付けているように見えた。ただの這いずりの反動にも見えたが、レイネールの言う通り、この場所にいるのは本望ではないのかもしれない。
(逃げながら後ろに矢を撃つなんて無理だし、こんな逃走劇をいつまでも続けるわけにはいかない……)
もちろん、白竜のもとに早く辿り着くには今のように走り続ければいい。しかし、この空間は今まで以上に危険度が高い。それは深層の雰囲気からもひしひしと伝わるし、背後の大蛇もそう物語っている。何より、レイネールの過去話の前例があるのだ。
さらに言えば、深層の敵がこの大蛇だけとは限らない。
一本道を逃げ走っている二人だが、もし前方から別のモンスターが来た時には、対処が間に合わないことだろう。
そんな挟み撃ちだけは避けたかった。
そしてレイネールの体力も懸念点だ。今は大丈夫だが、このまま休憩なしに走り続ければ先に食われるのは彼女だろう。
接近して大蛇に攻撃するなんて芸当は、ライには無理だった。
ライは何とか後方の追跡者の動きを止めようと、雷撃の魔術を放つ。
しかし走りながら、しかも前方も後方にも注意を払わなくてはいけない状態で、狙いが定まるわけがない。
数を撃てば何発かは当たるだろうと、牽制の意味を兼ねて雷撃はもっと放たれる。
やはり雷撃はほとんどが地面に、壁に向かって不発となったが。
(一発でもいいから当たれ!)
その後も乱雑に雷撃を放っていく。そしてようやく一発が顔面ど真ん中に向かっていった。
(よし! ん……?)
しかし雷撃は大蛇にダメージを与えるどころか、命中すらしなかった。
命中したのは、大蛇の頭部の前に突如出現した紫の障壁だった。
(またあの壁か……! 一体何なんだ!?)
クリムゾンウルフ戦と同じ現象だった。
とにかくルインスネークに今は攻撃が通らない。障壁を破壊できるだけの高威力の一撃を放つには、一瞬でもいいから集中する時間が必要だ。
状況を把握したライはレイネールにそれを頼んでみた。
「レイネールさん、少しでいい。頼みを聞いてくれませんか?」
「はい。構いませんが……」
「ありがとう。俺は……っ!?」
突然、頭痛がライを襲い、頭を抱えた。
(頭が痛いっ! これが白竜の術か……)
「ライさん……!」
「大丈夫。俺は少し先に行きます。時間を一瞬でいいから稼いで下さい!」
「分かりました!」
二人は目を合わせると、行動に移った。
ライは加速してさらに前方へと走る。
レイネールはその場に残され、
「【大障壁】!」
スムーズに魔術を唱えた。
レイネールの後方。大蛇の行く手を阻むように、半透明の壁が出現する。
大蛇はそれに怯むことなく、突進を続ける。壁は一回衝突するだけですぐに崩れていってしまう。しかしそれが何回も続いたことで、距離が少しだけ開いた。
「ライさん!」
やがてレイネールはライに追いついた。
彼は弓を構えて止まっていた。既に攻撃の準備は整っており、あとは手を離すだけだった。
迫りくる大蛇には頭部に打ち傷ができていた。全身を守る障壁であっても、自らの突進ではその防御効果は発動しなかったようだ。
「【巻き風の猛追】!」
傷周辺に追い打ちをかけるように、ライは矢を離した。
放たれた矢は一本のはずだった。それなのに、いつの間にか眼前には何十本もの矢が現れていて、それらは風に吹かれるように前方に向かっていった。
風に乗った矢はルインスネークと距離を詰め、巨大な頭部を貫こうとする。
だが、例の如く紫色の障壁が現れた。
始めは何本かの矢がそこにひびを入れながら弾かれた。しかし中盤からは風の勢いが増し、矢も攻撃性を強めた。その甲斐あって、障壁は破壊された。
大蛇の頭部は串刺しにされた。大蛇にとってその攻撃が致命打になったのかは分からない。
なぜなら、放たれた矢の全てが大蛇を攻撃し終えた今、その対象は動き続けていたからだ。
「嘘だろ……」
この展開はライも予想外だった。命令を制御する脳を攻撃してしまえば、活動が停止すると考えてとった行動だったからだ。
「すぐに距離を取って……もう一度攻撃を……がっ!?」
ライは再び走ろうとした。
しかし彼は膝をついてしまった。
頭痛が悪化したのだ。そして足も自由に動かせなくなっていた。
白竜の術。それがライに様々な障害を発生させていたのだ。
同時にレイネールにも変化があった。
彼女は隣に立っていたが、険しい表情をしていた。今やっと術に蝕まれ始めてきた頃合いだった。
そんな状況下で容赦なしにルインスネークは迫って来る。
突進の勢いは失われていたが、二人を睨みつつ顔を乱暴に振り回していた。
(ここで……ここで朽ち果てるのか……!?)
先人たちと同じようにここで屍となる。想像もしたくなかったが、この状況を目の前にしてはそう思うしかなかった。
ライがそう覚悟した瞬間。
「【多重大障壁】!」
巨大な壁が何重にもなって現れ、ライたちを守った。
もちろんこの障壁を展開したのはレイネールだ。
彼女は体に起こる異変と戦いながら、障壁の維持に全力を注いでいた。
障壁のおかげでルインスネークはそれより先に進めない。
しかし一枚目の障壁に亀裂が入り、破壊されるのは時間の問題。
このままでは状況変わらず、二人とも大蛇の晩飯になってしまう。
それを予想して、レイネールは一段上の魔術を行使したのだ。
本来、障壁を同時に展開する行為は上級者でないと難しいが、彼女はそれをやってのけた。
二枚目、三枚目、と障壁を前方に押し出し、大蛇の侵攻を許さないレイネールの絶対の意思は見事に叶った。
最後には、押し返された勢いから、大蛇は頭上の天井に大きな穴を開けて、そのままぐったりと倒れた。
数々の矢はライの狙い通りしっかりと頭部を串刺しにしていた。
大蛇にとっても最後の足搔きだったのだろう。
二人は巨大蛇に勝利したのだ。
「はぁ……はぁ……っ」
二人とも白竜の術に苦しんでいた。
「ライさん……。大丈夫ですか……?」
レイネールは辛うじてまだ歩けていた。普段通りとはいかなかったが、あと少しもすれば歩行も難しくなるだろう。
「うぅ……。レイネール……さん」
ライはレイネールが見える方向に手を伸ばす。
しかしその手は空を掴んだ。
それなのに何を思ったのか、ライは安堵した表情で
「良かった……。無事で……」
と言い倒れた。
2021/1/13 全体を少し修正
2022/4/17 能力を変更:【アースウォール】→【大障壁】
能力名称を変更:【ハリケーンブラスト】→【巻き風の猛追】




