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Tale 9 グリュトシルデ鉱山深層(4)

 レイネールと冒険者の合わせて五人は第三層と同じ心構えで探索していた。


 モンスターの奇襲に備え、無理のない範囲で探索を進める。焦らずとも、大事に至らなければ時間をかけても良いと考えていた。


 そんな風に考えることができたのは、この白光の正体を正確には理解していなかったからだ。


 白光は白竜の仕業。それは分かっていたのだが、具体的にどんな意味があるのか。それまでは事前調査していなかったのだ。


 そのツケを、己が身を以て痛感することとなる。


「悪い。少し休まないか」


 最初にそう言ったのは大剣使いだった。

 彼の顔色は悪く、足もふらついていた。


「そうね……っ。私も頭が痛いわ」


「ゴホッゴホッ……」


 頭を押さえる女剣士に、咳払いをする魔術師。


「何なんだろうな、この吐き気みたいなのは」


 槍使いは苦い顔でそう言う。


 雇われた冒険者四人は全員症状を訴えていた。

 レイネールはというと、彼女はまだ無事だった。


「皆さん……。申し訳ありません」


「謝らないでくれ。さっきも言ったけど、俺たちは自分から雇われに来たんだ。依頼主のあんたが申し訳なさそうにする必要はない」


「そうよ。これからは謝るのは禁止。それならありがとうって言われた方が、私たちも嬉しいわ」


「ありがとうございます」


 レイネールは四人の心の広さに感謝する。

 その言葉を聞いて、他四人も嬉しそうだ。少しでも体調不良が緩和されただろうか。


 その後、五人は自身に起こる異変に苦しみながらも、何とか歩を進めた。

 しかしそれが通用したのも数十分が限界だった。その時を境に悲劇が発生した。


 丁度、ホワイトスライムというゼリー状の白いモンスターを相手していた時だ。

 ストラティアでのスライム種は危険度が高く、身体に纏わりつかれたら最後、捕食されてしまうほどの脅威を持つモンスターだ。


 唯のスライムならばまだよい方だが、独自の進化を遂げた個体には苦戦させられる。ホワイトスライムも、この鉱山深くで進化を重ねた個体の一つだ。


 ゼリー状の身体には、刃は通らない。女剣士、大剣使い、槍使いの攻撃は全く以て軽度の傷すらつけることが出来なかった。

 魔術師とレイネールの魔術攻撃だけが頼りだった。


 しかし三人は後ろで突っ立ってみているわけにもいかない。ホワイトスライムの注意を引きつけるべく、しっかりと前線に構えていた。


 だが、その隊列も崩されることになる。


「何だ!? 急に前が……」


 大剣使いは大声で放った。視界が真っ暗になったらしい。

 彼は道中、視界が揺らぎ、掠れるのを感じていた。

 その末期症状が、今発生したのだ。


 前後も左右も把握できなくなった大剣使い。このままではスライムたちの餌となってしまう。

 しかし闇雲に対抗するのは危険だった。大剣という武器種を扱っているのだ。他の仲間たちにも攻撃が当たりかねない。


 ゆえに彼は狼狽えていた。大柄な肉体には似つかわしくない無様な様子だった。

 そしてホワイトスライムは彼に全体で覆いかぶさろうとする。


「……」


 敵の接近気配を感じるが、どの方向に(かわ)せば良いかまでは、今の大剣使いには知覚不能だった。


 しかし彼は間一髪、その捕食を回避することができた。


「ぼーっとしてないで、ちゃんとしなさいよね!」


 女剣士が大剣使いを押し出したのだ。自身の頭痛と戦いながら。


 しかし、代わりに女剣士は喰われてしまった。


「あぁあああ!」


 彼女は動くことが出来なかった。剣を地面に落とし、頭部を両手で必死に押さえた。

 深層での滞在時間に比例するように、痛みが積み増しされていたのだが、遂に限界を迎えた。


 頭を割るような激痛。正常でいられないのは当たり前だ。

 彼女の瞳も充血し、次第に血が涙のように流れ出る。


「逃げ……て」


 女剣士が最後の力で言えたのはそれだけだった。

 その直後、彼女はホワイトスライムのゼリーに包まれた。


 彼女の姿はもはや体言不可能。スライムの強酸で溶かされていた。

 この様子が見えなければ不幸中の幸いだったのだが、ホワイトスライムのゼリーは半透明なのだ。嫌でも目に入ってしまう。


 そう。前線を維持していた槍使いには衝撃の光景だった。

 彼は悲鳴を上げ、その場に膝から崩れ落ちてしまう。そして吐しゃ物が床に広がる。


 そして心労が重なり、槍使いはその場に気絶した。彼をすぐに助けられる者はこの場には誰もいなかった。


 大剣使いは失明しており、方向感覚を失っている。


 魔術師は正気を保っているように見えるが、実際は不明だ。


「皆を助けないと……!」


 レイネールは全員の中でもまだマシな状態だった。

 近くの男魔術師に声をかけるも、彼から返事はない。


「……?」


 レイネールは彼を一瞥する。

 魔術師は視点が合っていないようだった。片手に持つ杖を前方に向ける。


 彼の視界には大剣使いの男がいた。

 その姿は白いスライムにぼんやりと変化しては、元の大男の姿に戻りを繰り返している。


 そんな幻覚を見ている状態で、彼は魔術を放ってしまった。

 彼にはホワイトスライムに見えていた、大剣使いの男に一直線に鋭い石片を飛ばした。


 大剣使いの男は失明しているので、自分のもとに飛来する凶器に気付くことが出来ない。

 殺傷性の高い石片は彼の腹に突き刺さり、彼を通路の壁に貼り付けに処した。


 大剣使いの男は起こった事態を知る由もなく、血を吐いて息絶えた。


「そんな……」


 レイネールはこれ以上の言葉が出なかった。

 そして仲間を(あや)めてしまった魔術師が苦し紛れに言う。


「早く……行け」


「え……?」


「道を引き返して戻れって言ってんだ!」


「で、ですが……」


「依頼の内容はあんたの護衛だったはずだ。俺らにはそれを果たす義務がある。それに、俺たちはもう……助からない」


 前方を見れば、大剣使いの男も槍使いの男も、ホワイトスライムに捕食されていた。


「あんたは……まだ大丈夫そうだ。俺の気が確かなうちに……頼む! 行ってくれ!」


 レイネールはこの魔術師から良い印象を抱かれていないと思っていた。彼の口ぶりが、そう思わせていたのだ。

 しかし、その彼が身を呈して自分を逃がそうとしている。彼の信念も、他の冒険者三人と同一だったのだ。


 レイネールは彼の言葉で決意する。


「分かりました! どうか、ご武運を!」


 レイネールは来た道を引き返した。出来る限り走って、この現場から逃げる。


 少し離れたところで、男魔術師の呻き声が聞こえて来た。


 その直後、レイネールの足元に数個の石片が到達した。


「きゃっ!」


 彼女は転倒した。後ろを振り返れば、まだまだ石片が飛来してきているではないか。


「【大障壁(プロテクトウォール)】!」


 生成された障壁には亀裂が入り、破壊されるのは時間の問題だろうが、体勢を立て直すだけの余裕は生まれた。


 レイネールはそのまま坑道の角を曲がった。


「はあっ……はあっ……」


 振り返れば、弾幕は収まっていた。魔術師がどうなったのかは彼女には分からなかったが、戻るわけにもいかない。彼女は逸る動機と軽微な頭痛に耐え、必死に歩き回った。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「この辺りで止めておきましょうか」


 レイネールの眼には涙が浮かんでいた。

 思い出したくない過去をこうして話すには、それなりの覚悟が必要だった。


「そんな……。彼らは……」


 ライは決して、彼女を責めているわけではなかった。今自分たちがいる地で、人を亡くしたという事実が衝撃的だったのだ。


 冒険者という荒くれ稼業を営む者たちであっても、少なくとも依頼を請け負っている間は仲間だ。信頼関係が必要だ。彼女に力を貸してくれた冒険者四人を弔いたかった。


「今はもう、姿かたちはないでしょう」


「……」


 ホワイトスライムに捕食されたか、白竜の術の影響で消滅してしまったのだ。ライは骨すらも残っていない現実を無情に感じた。


「行きましょう。私たちはこの先に進むために来たのですから」


「そうですね」


 レイネールの過去話で十分ほど消費していた。これ以上の時間の経過は、彼らの生命に直結するかもしれない。


 ライは祈るために合わせていた両手を元に戻し、レイネールの後に続いて歩き始めた。


 しかし行動を開始して間もなく、異変は起こった。


 大きな地響きが発生する。


「何だ!?」


 二人は振り返った。


 彼らが目指す方向とは反対の道。

 そこから道を埋め尽くすほどの巨大な大蛇が地を這い迫って来ていた。

2022/1/13 全体を少し修正

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